伏線回収姉さん
大星雲進次郎
第1話 僕が姉さんの可愛さを一番上手く引き出せるんだ!
僕の姉は、頭が良くて背も高く、巷では美人判定だ。そんな自慢の姉だけど、弟から言わせれば……というのは多分に聞くところだ。僕に言わせれば、姉さんはとても可愛い。それは僕にしか見せない一面だろうけど。
そんな姉の可愛さは、彼女の少し困った癖に起因するのだ。
「弟よ、それは先週の火曜日に言っていた件の回収ね?」
「違うよ、単に宿題の提出日」
「それが伏線だというのよ。火曜日に福ちゃんが言ってた、明日提出の宿題。それを完全に忘れていて、こんな遅くに思い出して焦っている。これを伏線回収と言わず何と言うの!」
「……まあ、大きな括りで言うとそうなんだろうけど」
どれどれ、宿題みてあげようかと、姉さんは机に寄ってくる。
お風呂上がり、寝る前のぽかぽかした姉さん。
弟とはいえ男子である僕は、少しドキッとしてしまう。
「中二になるとこんなことも習うのね。お姉ちゃんの時より早くない?」
「知らないよ。集中してるんだから出てってよ」
「福ちゃんのケチ」
「ケチってなんだよ。もう、出てけ!」
姉さんは「伏線回収」が大好きだ。
伏線じゃなくたって、回収したがる。
今みたいに提出日があって当然の宿題だって、姉さんにかかれば伏線回収なのだ。
母さんが雨が降るかもしれないから傘を持って行けと言ってくれたときも、「これは何かの伏線ね」とか言ってたし(当然雨は降り、姉さんは大喜びしていた)、ちょっと古くなった大福を食べてトイレにこもっちゃった(姉さんがだ)ときも「そうか、アレが伏線だったか……」と苦しいのか嬉しいのかよく分からない有り様だった。
最近は、父さんの額の攻防戦が敗色濃厚になったときも。「誕生時からの伏線回収!さすが父さん!」なんて感動してた。やめてよ、遺伝だったら僕もじゃないか。
昔で言えば小学校の頃、母さんが晩御飯の材料で挽き肉を買ってきたときに「今日は2人が大好きなハンバーグですよ~」って早々にネタばらししたときは、大泣きしてた記憶がある。
「さてと。かかるか」
さっきまで隣にいた、姉さんの芳しい香りを堪能した僕は、日が変わる頃には何とか宿題を終えることが出来たのだった。
翌朝。
普段からそんなに早く寝ていない僕は寝坊することもなく、普通に起きて普通に支度する。
制服に着替えて、部屋を出ようとすると、
「福ちゃん、起きてる~?お姉ちゃんが起こしに来てあげた、よ……?」
タンクトップに短パンという、非常に危険な漫画的格好の姉さんが、僕の姿を見て、勢いがそがれた二流の悪役みたいに慄いている。
これが可愛いんだ。いろんな意味で。
「おはよう、姉さん」
「どどどど、どうして起きてるの!?」
「朝だし。姉さん、早く着替えなよ。友達迎えにくるよ?」
「……福ちゃんに寝起きドッキリするから来なくていいと連絡済み。それより!伏線は!?あんな時間に宿題思い出して、遅くまでやってたハズ……」
「1時には終わったから。ゲームもしたかったけど、起きれないと困るから、すぐ寝たよ」
「……私は福ちゃんが終わるまで起きておこうとしてたのに眠くていつの間にか寝ちゃったのに?せっかくの伏線回収チャンスが」
そんなに悲しいか?
なんか影から深淵の者が這いだしてきそうな落ち込み具合だ。
落ち込む姉さんも、深淵からの使者も見たくない僕は、適当に慰めることにした。
「姉さん、それが伏線なんじゃないの?弟の夜更かしを心配する姉のフラグ付き。凄いじゃない」
「……そうね!」
そんなに嬉しいか?
さっきまで闇の召喚士だった姉さんが、非常に薄着で目のやり場に困るプニプニの姉さんが、僕に抱きつきて喜ぶ。聖女だ。
朝から素敵です、姉さん。
「フラグ~♪フラグ~♪フラグ折る奴ぶっ殺せ~」
着替え終わった姉さんはまだまだ上機嫌で、過激な歌を歌っている。
「幸ちゃん、お友達迎えに来てくれたわよ~」
「は~い」
姉の友達は、色々察していつも通り来てくれたみたいだ。姉がお世話になってます。でも可愛いから良いでしょ?
「行ってきま~す!福ちゃんも!いいフラグが立ちますように!」
「うん、がんばるよ……」
中学への登校路では特に伏線もフラグも関係なく、いたって普通。
トラックは猛スピードで車道を走って行くし、トーストを咥えた少女はぶつかる前に避けた。だいたい遅刻を心配する時間でもない。
訳ありっぽいおばあさんは、前を歩く奴が助けていたし、黒猫はお行儀良く歩行者信号が青に変わるのを待っている。
「おはよう」
僕が登校したこの時点で半数くらいのクラスメートが教室に入っていた。早くても遅くてもだめ。
もとより青春イベントなんて、向こうが避けていくくらいの平凡な僕だ。
挨拶の返事だって、まともには返ってこない。
窓から2列目の前から3つ目。悪くない席だと思っている。先に来ていた隣の女子が、さっそく声を掛けてくる。可愛くて人懐っこいからクラスでも人気がある。
「明石君、明日提出の宿題なんだけど……!」
「おはよう、三木さん」
「おはよう、明石君。で、宿題なんだけど」
はて?
日々の予習復習は各自でやることになっているから、小学校と違って毎日の宿題という物はない。
たまに一週間かけて調べ物をすべしとでも言うような宿題はある。僕がまさに昨夜仕上げていたものだ。
「宿題って、歴史のプリントだろ?」
「そう。明日提出なのに、全く手つかずなんだよね。だからさあ……」
おや?
僕は記憶は記憶を漁る。次の授業の始まりの時に回収すると言っていたはずだ。
「ちょっと聞いてる?」
「あ、ごめん」
「もう!……今日学校の帰り明石君の家で、教えてくれない?って聞いたの!」
「良いけど」
「……無理ならいいんだけどね。え?良いの?」
「良いけど、提出って今日の授業の時だろ?」
「何言ってるの?今日は水曜日。歴史は木曜でしょ?」
「今日、水曜?」
「え?水曜だよね」
後ろで朝読書に勤しんでいた男子生徒に2人で問いかける。
今日何曜日!?
「……す、水曜だけど」
やらかした!
いや待てよ。
これは使える!
「ただいま~」
「福ちゃんお帰り~」
上機嫌の三木さんと仲良く下校し、我が家に着いた。
リビングから母さんの声がした。
寝そべってテレビでも見ているのだろう。
親が家にいることは、説明済みだ。
「お母さん?」
「うん」
「福ちゃん、だって」
「いいだろ」
廊下で冷やかされてコソコソ話していると、母さんがリビングのドアから顔を出した。
「あれ?お友達?」
「うん、一緒に宿題……」
「あ、三木と言います。明石君にはいつもお世話になってます!」
「ほう」
母さんは明らかに面白がっている。
あのニヤリとした顔がその証拠だ。
「何だよ。部屋で宿題してるから」
「邪魔はしないよ~」
「当たり前だろ」
「……お母さん、出かけた方がいいかな?」
そんな、「私、気の利くオトナです」みたいにとぼけなくていい。
三木さんが僕に好意を持ってくれているのは間違いないけど、
「三木さん、僕の部屋上だから」
「う、うん……」
母さんは無視して、三木さんに階段を上がるように促す。
ほら、なんか彼女も意識しちゃってるよ……。
「お母さんも美人なんだね」
明らかに間を持たせるための話題だけど、だからって母親をほめられても、どう応じていいのやら。
「お姉さんも美人だったしな~。いいなぁ」
姉さんのことはもっとほめろ。
そして夕方。
宿題は無事終わり、一休みタイム。
宿題にするほど難しくなかったね~、などと話していると、ドタドタと階段を駆け上がる足音が。
足音の主は、ノックもせずに僕の部屋のドアを開ける。足音がノック代わりだ。
「福ちゃん、お姉ちゃんが帰ってきましたよ~……っと?」
「ああ、お帰り、姉さん」
「お、おじゃましてます!」
宿題をしながら、色々聞いたのだけど、姉さんは三木さんにとってあこがれの存在なのだとか。
まあ分からなくもない。というか、姉弟として産まれていなかったら僕も姉さんのこと手の届かない存在としてただ憧れるだけだっただろう。
いつもの流れだと、お帰りのハグがくるところなのだけど、さすがに弟の友達の前ではできないか。
姉さんは恨めしそうな視線で三木さんを見つめるが、すぐに見覚えがある顔だと気付いたみたいだ。
「あれ?どこかで」
「三木です!中学の頃は何度かお会いして……」
「あ~あ~、三木ちゃん。お久しぶり~。なんかこう、女の子っぽくなられまして……。弟よ、お姉ちゃん、お邪魔?」
「丁度宿題終わって、話してるところ」
「なるほど?」
「昨日の宿題がさ、提出日今日じゃなくて明日だったんだ。三木さんがまだ出来てないって言うから、教えてたんだ」
姉さんは、あ~って顔している。
宿題の伏線回収を朝簡単にやっちゃったから、もったいなかったと思ってる顔だ。
でも姉さん、本番はここからだよ。
「それでさ僕は今日、木曜日だと思ってて、学校の準備も木曜を持って行ってたんだけど、まだ水曜日なんだよね」
「えっ」
「で、教科書は家に持って帰っててないから、今日一日、三木さんと机くっつけてみせてもらってたんだよ」
「ちょ……」
「あ、そうだ三木さんが良ければ、今日のノート見せてもらってもいい?」
「う、うん。良いよ」
「ちょっと……」
「あと、やっぱりお弁当の時も席くっつけたままは、ちょっと恥ずかしかったかな」
「えっと、ごめんね。わ、私は楽しかったけど……」
「ちょっと待って……」
立て続けに「宿題」から派生するエピソードを喰らった姉さんは、床に膝をつき僕に向けて伸ばした腕をプルプルさせている。
もう、可愛すぎる。
「弟……ねえ福ちゃん、これは回収しちゃって良いの?それともまだ続くの?」
「三木さんさえ良ければまだまだ続くけど」
「お姉ちゃんにどうしろと!」
「細切れで回収すれば良いんじゃない?でも宿題ネタは最低でも明日まで続くよ?」
姉さんの身体がビクンと跳ねる。
「クライマックスは、明日だ」
「ああ!くっ……チョット、考えさせて……三木さんは、ごゆっくりお過ごし下さい……」
息も絶え絶えに、姉さんは退場した。
「明石君!お姉さんどうしたの?大丈夫なの?」
心配してくるクラスメート。優しいな。
僕は真実を教えてあげることにした。
「姉さん、伏線回収が好きなんだ」
「へ?」
「うまく回収して、ドヤってる姿はとても綺麗なんだけど」
僕は隣の部屋で悶えているであろう、姉を壁越しに見た。
「失敗してテンパってる姉さんは、とても可愛いんだ。分かるだろ?」
「まあ、分からなくもない」
三木さんはとても良い笑顔で告げた。
僕にも仲間が出来た。
伏線回収姉さん 大星雲進次郎 @SHINJIRO_G
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