シャケの異常な愛情~または私は如何にして猟奇的にイクラを愛するようになったか~

秋犬

シャケの惑星

『シャーッケッケッケ! この星は我々宇宙サケがいただくぜぇ~!』


 衛星軌道上に浮かぶ恒星間移動船から、宇宙サケたちは今度侵略する太陽系第三惑星を眺めていた。


『淡水も海水もたくさんあるシャケよ!』

『たくさんいい子供たちが生まれそうシャケよ!』


 宇宙サケたちはその繁殖力で幾多の星をシャケにしてきた。シャケになった星は宇宙サケの植民星となり、産卵場となって宇宙サケの母星では行えないような変態的な受精が行われていた。


『この星には既に文明を持った先住種がいるシャケね』

『探査ドローンを放つシャケよ』


 探査ドローンが惑星の情報を持ってくるまで、宇宙シャケたちは恒星間移動船の中でこの星をどう受精場にするか妄想していた。宇宙から観測できる長い河川と広大な海。この立地をうまく使い、可愛い宇宙サケを川の上流で泳がせて海から先に一番可愛い宇宙サケのところまで辿り着くレースなど開催するのはどうだろうという案が出た。可愛い宇宙サケの産卵シーンを想像して、宇宙サケたちはまたシャーッケッケッケと笑う。


 そんな宇宙サケ的猥談をしているうちに探査ドローンが戻ってきた。宇宙サケたちはこぞってドローンからの情報を受け取った。


「調査の結果、この星の大気の成分は約80%が窒素で約20%が酸素、そしてアルゴン、二酸化炭素、その他ガスが微量に含まれています。陸地は全表面の約30%で、水が豊かに存在する星といえます」


 ドローンの報告に宇宙サケたちは色めきだった。これならシャケフォーミングをしなくてもそのまま降り立つことが出来そうだった。


「海洋には先住種が大量に生息していますが、残念ながら先住種たちは我々より原始的な生態を形成して大量に群れたり岩場に隠れて狩りなどをして生活しています」


『まるで原始時代シャケね』

『先住種にも文明を授けるシャケよ』

『可愛いシャケはいるシャケかねえ』

『早く受精させたいシャケよ』


 宇宙サケたちの猥談が最高潮に達したところで、探査ドローンは衝撃的な調査結果を報告する。


「しかし、結論から述べますとこの星は征服に適さないと考えられます」

『何故シャケ!?』


 宇宙サケたちは揃って声をあげた。


「惑星環境は非常に良いのですが、問題は先住生物です」


 先住種なら文明がないと報告があったばかりではないか、と宇宙サケたちは顔を見合わせた。


「この惑星の我々の先住種は残念ながら原始的な状態ですが、その代わり陸地で進化をした生物が覇権先住種として文明を築いています。その映像をご覧ください」


 探査ドローンは地上の様子を記録してきた映像を宇宙サケたちに披露した。陸地で四本の手足を器用に使って生活する覇権先住種たちは、宇宙サケたちには奇異のものとして受け止められた。


『こんな生物、我々の手にかかればイチコロシャケよ』

『何を恐れることがあるシャケ?』


「これらの生物の食糧についてご覧ください」


 探査ドローンは更なる映像を見せつける。地表に生える植物を刈り取って食べるもの、地表の生き物を殺して肉を食べるもの、そして原始的な先住種の死骸を棒に刺して焼いて食べるもの。


『こ、このグロ映像は何シャケ!?』

「この惑星では覇権先住種たちによって我々は食糧扱いされています。ただ狩られて食われるだけではなく、様々な方法で惨殺されています」


 宇宙サケたちは音もなくエラを揺らした。探査ドローンのグロ映像はまだ続いた。


「火でそのまま炙られるなら可愛いものです。このように生きたまま刃物で切り裂かれそのまま食われるもの、遺体を冷凍にされた後に刃物で切り裂かれてその様子を見世物にされるもの、遺体をすりつぶしてその肉をこね合わせたものを更に加熱したもの、調味料と一緒に煮込まれて金属の入れ物に密閉されるもの……」


 宇宙サケたちは自分たちが妄想していた以上に豊かなバリエーションで惨殺されている原始的な先住種に思いを馳せて、気分が悪くなった。


「極めつけはこちらの映像です」


 探査ドローンは最後の映像を流した。最初に真っ白な姿をした笑顔の覇権先住種が現れ、何かを説明している。その手に原始的なメスの先住種の亡骸が握られている。


 ――本日は鮭の採卵体験にお越しくださりありがとうございました。早速ですね、こちらのメスの鮭から採卵していこうと思います。皆さんイクラは好きですか? はい、ありがとうございます。皆さんご存じの通り、イクラは鮭の卵です。まずはこの鮭のお腹から卵巣を取り出します。


 宇宙サケたちの間から悲鳴が上がった。覇権先住種の手により、産卵前のメスのお腹に刃物が入れられ、真っ赤な卵巣がぞろりと現れた。


 ――ほら、美味しそうなイクラですね。でもこのイクラは食べません。稚魚にして放流するのに、受精させます。


 覇権先住種によってほぐされた真っ赤な卵に、これまた覇権先住種がオスの先住種から精液を絞って強制的に受精をさせる。突如現れた猟奇的なエログロ動画に宇宙サケたちの中には吐き気を催す者もいた。


 ――これを洗って水につけて、川に放流します。


『一体何のためにこんな惨いことをするシャケ!?』


 探査ドローンは、食糧として食べる先住種を確保するためと説明した。その他に他の先住種を食べるためにわざわざ狭い場所に囲って産卵と受精と強制的に行わせる施設があることも付け加えた。「ヨウショクジョウ」というその施設は、宇宙サケからすればとんでもない鬼畜の所業であった。


 ――さあ、後はイクラの味付け作業も見学します。


 その後の映像は悪夢であった。産卵前のメスの身体から摘出された卵巣が乱暴にほぐされ、謎の液体などに漬けられた後に別の先住種の死骸から切り分けられた肉とともに覇権先住種たちにより貪り食われていた。


――ご飯のお替りもありますので、遠慮なく申し出てください。


 白い謎の温かな食べ物と一緒に、冷たくなった卵と肉が合わさって器の中で赤く光っていた。緑色のペースト状になったものと、つぶれた卵が一緒に覇権先住種たちの腹に収められていく。


 ――イクラ鮭丼はおいしいね!

 ――このシソがまたおいしいんだ!


 謎の黒い液体まみれになった緑色の植物に包まれて食べられる肉を見て、とうとう一匹の宇宙サケが気を失った。


『奴らには心というものがないシャケか!?』

『なんて気持ち悪いものを見せたシャケね!?』


「ご覧頂きましたように、この星の覇権先住種は我々を食べます。いくら文明の力で相手を圧倒しようとも、我々を食糧と見なしている覇権先住種たちによって悲惨な殺サケ事件が相次ぐことは明らかです。ここは諦めましょう」


 探査ドローンの調査報告はこうして終わった。宇宙サケたちは顔色を黒くして他の星を探すことを決めた。


『しかしアレシャケよなあ……強制的に産卵させて、強制的に受精させて子供たちを育てる設備があるというのはエロいシャケよなあ…………エロいシャケなあ……ヨウショク……』


 宇宙サケの乗った恒星間移動船はどんどん太陽系から離れていく。それから宇宙サケの間で同意を得ない強制的な受精のことを「ヨウショク」と言うようになったというらしいが、イクラ鮭丼を美味しそうに食べる太陽系第三惑星の覇権先住種にはまるで関係のないことであった。


〈了〉

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シャケの異常な愛情~または私は如何にして猟奇的にイクラを愛するようになったか~ 秋犬 @Anoni

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