姫君と公爵殿下の密会

もも(はりか)

姫君と公爵殿下の密会

 この国は二つに割れている。

 王家を支持する者と、アシュカスター公爵家を支持する者とに。

 王家は反逆する歴代のアシュカスター公爵を何度も罰してきたが、事態は変わらない。

 わたしは王女だが、末娘であまり目立たない。しずかに暮らしている。



 王宮のお気に入りの薔薇園で一瞬だけ失神してしまった。

 渇きだ。

 最近アシュカスター公爵が法律を国王父上に承認させて、侍女や侍従からも血を吸えない。

 アシュカスター公爵家の強弁により開発されたばかりの人工血液が強制されている。でもわたしは人工血液を飲んだら蕁麻疹が出て死にかけた。

 だから最近、血液不足──渇きが襲ってきてたまらない。

 急いで自分の腕に牙を当てて、自分の血を吸う。

 自分の血を吸うと、血の気が引いて寒くなる。でも背に腹は代えられない。


「ベアトリクス様! おやめください!」


 柔かな男性の声が聞こえて、腕を払われた。わたしはまたもや地面に倒れ込んだ。

 すぐに抱き起こされる。

 まっすぐとした栗色の髪の青年がわたしを抱きしめていた。

 最近この薔薇園でよく会う。セシルという名前だそうだ。彼はわたしのちりちりとした色素の薄い髪を撫でてきた。


「ベアトリクス様、渇きが襲ってきてらっしゃるのですか?」


 わたしは無言で頷く。セシルはあたりを見回すと、わたしといっしょに近くの小屋に入った。



 少し蒸し暑い小屋のなかでセシルは襟元を緩めた。


「どうぞ。少しくらいなら」


 わたしはうつむいた。


「でも」

「大丈夫ですよ」


 わたしは頷き、彼のうなじに舌をおずおずと這わせた。


「……んっ」


 彼はたじろいだ。次第に、彼の体の力は抜けてとろりとした目でわたしを見始めた。

 わたしの唾液には痛覚を和らげて人を恍惚とさせる効果がある。兄上や姉上みたいに、相手を美貌で誘惑しながら血を吸うなんてしち面倒臭いことはしない。これはちょっと自慢。


「あんまり吸わないようにするわ」

「……はい」


 セシルはうっとりしながら頷いた。彼の襟のボタンをそっと外しても抵抗してこない。白くがっしりした肩がむき出しになるほどまで襟を広げた。

 うなじに牙を立てる。

 欲していた血液がゆっくりと身体を満たしていく。


「気持ちいい?」


 そうくと、セシルは小さく喘ぎながら頷いた。

 血を吸われた人は、血を吸われることを気持ちよく感じる場合もあるのだという。

 セシルはずっとわたしを抱きしめていた。もっと吸ってほしいようだった。

 でもセシルが死んでしまうのは嫌だから、ここまでにしておく。


 唇を離す。口が血塗れになってしまった。

 セシルが持っていたハンカチで唇を拭いてくれる。


「どうです? 私の血っておいしいんですか?」


 そう聞いてくれるのがとても嬉しかった。


「おいしいわ」


 にっこりと微笑む。


「でも最近、疲れてるんじゃない? そんな血の味をしている。ゆっくりして何かおいしいものでも食べたほうがいいわよ」


 セシルはその言葉に苦笑していた。頭をぽんと撫でる。


「もう少し、仕事がすんなり進むといいんですけどね」


 ***


 この国は二つに割れている。

 王家吸血鬼を支持する者と、アシュカスター公爵家人間を支持する者とに。


 王宮を出ると馬車のなかで目眩が襲ってきた。貧血だとすぐに分かる。


 ──末王女に吸われすぎたかな。


 小さく溜め息をつく。

 すると一緒に乗っていた側仕えのエヴァンが顔を覗いてくる。


「どうなさいました」

「いや、なんでも」


 私は首を横に振った。ベアトリクスと逢っていたなど話せるわけがない。

 エヴァンはなおも続けてくる。


「お身体をおいといください。セシル様。……アシュカスター公爵殿下」


 百年前、吸血鬼に乗っ取られてしまったこの国。


 アシュカスター公爵家は最後まで逆らったが、私の祖父は国王に口にするのも疎ましい方法で惨殺された。

 祖母は王妃の「食糧」となった。

 父も国王に血を捧げて死に、母も王妃のみならず王子王女たちの食糧となった。話を聞けば、まだ幼かったベアトリクスは怖くてその間に入っていけなかったらしい。

 姉は恐ろしいほどの美貌の王太子に求婚されたが、結局最後は血を吸いつくされた。


 吸血鬼など滅んでしまえばいいのに。


 最近、国王に反発する人間たちが私たちアシュカスター公爵家を奉じて吸血鬼打倒運動を起こしている。

 私は大変それが嬉しい。

 国王の心臓を吸血鬼を殺せる銀の剣で刺し貫ければどれだけ気が晴れるだろうと思う。


 吸血鬼の恐ろしさはベアトリクスが教えてくれている。


 恐ろしいほど容姿の美しい少女だ。

 大理石のような素肌に、薄い金の細かな巻き髪にルビーのような瞳をしている。華奢な体つきをしていて、抱きしめると折れてしまいそう。

 一見人畜無害だ。


 だが、ベアトリクスは私を覚えていないが、私が幼い時期、彼女の側仕えだった頃から彼女は一切容姿が変わらない。

 十代後半の容姿をしている。


 そして吸血されるときも恐ろしい。唾液に触れると身も心も彼女のものになってしまう。あのようにして皆王家に身を捧げたのだろうか。


 何より恐ろしいのは、国王王妃やベアトリクスの兄姉を殺すことはできるが、彼女自身を殺すことは躊躇ちゅうちょするだろうという自分の不思議な心理だ。


 ベアトリクスが自分の血を自分で吸おうとしていたとき、わざわざ声を掛ける必要などなかった。倒れた時、抱き起こす必要などなかった。

 恐ろしい吸血鬼なのだから、一匹でも多く死んだほうがいいのに。 


 あれは恐ろしい女だ。早く殺さなければならない。


 私はエヴァンに言った。


「もう少し、がすんなり進むといいと思ってね」

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