第6話 歓喜の余韻

嵐のような拍手が収まった夜、ホールは静けさを取り戻した。

人々は興奮冷めやらぬまま外へ出て、通りには「ブラボー!」の余韻があふれていた。

若者たちは腕を組み、口々に歌った。

「歓喜の歌、マジで爆上がりするわ!」

「ドロップのとこヤバすぎ!」

「ウィーン最高!」


ベートーヴェンは舞台袖に一人残っていた。

耳は相変わらず沈黙したまま。

だが胸の奥では、あの夜の重低音がまだ鳴り続けていた。


彼は譜面を見下ろした。

そこに書かれた音符たちは、もはや“記号”ではなかった。

震えの痕跡だった。

身体で感じ、心で翻訳した震えを、どうにか人に伝えようとして記された証だった。


「……音楽とは、音を楽しむことではない」

彼は独りごつ。

「楽しんでいるのは、身体であり、心なのだ」


そのとき、ふと夜空を見上げた。


──二十一世紀では、あなたの音楽こそが“レジェンド”なんです。


アヴィーチーの言葉を思い出す。

「わしが今日、成し遂げたこと。本当に“伝説”になるのか?」

「……いや、そうなるに決まっておる。あの、若き二人が言っていたではないか。彼らはわしの“子孫”であると」


ベートーヴェンは口元に笑みを浮かべ、目を閉じた。

——音楽に救われた。

それは神の奇跡ではなく、遠い未来からの贈り物によって。人間という希望によって。


後世の研究者たちは記す。

十八世紀に現れた一人の巨匠は、交響曲に合唱を取り入れ、オーケストラを拡張し、音楽を人々のものとした。

それは革命だった。


——しかし、彼の胸の奥にあった秘密の震えを知る者はいない。

あの夜、教会に轟いたワブルベースと、未来からの旋律を。


ベートーヴェンはただ、静かに微笑んでいた。

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歓喜のアンセム: ベートーヴェン、EDMと出会う。 伽墨 @omoitsukiwokakuyo

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