リカウント

ダリラー

第1話

東京近郊の地方都市に、小さな整体院「リカウント」がひっそりと佇んでいた。

院長の神谷悠真は、普通の人には見えないものが見える青年だった。


彼の眼には、人の関節や筋肉の上に小さく数字が浮かんでいる。まるで小さな時計の針のように、その数字は刻一刻と減っていく。

そしてその数字が「ゼロ」になる時、身体のその部位は限界を超え、靭帯が切れたり、骨が折れたりと致命的な障害を引き起こすのだ。


幼い頃、命の危機を感じるほどの高熱に襲われた後、悠真はこの奇妙な視界を得た。最初は夢か幻覚かと思っていたが、年月を経て徐々にそれが本物だと自覚した。

高校時代、ボランティアでマッサージをしていたとき、彼はこの数字が単なる視覚的な現象ではなく、生体の損傷や疲労に深く関係していることを知る。痛みや異常を感じる前に数字で危険を察知できるのだ。


大学ではカイロプラクティックのサークルに所属し、医学的な知識と技術を身につけた。国家資格を取得すると、地元に戻って自らの技を活かせる整体院を開業した。


施術を続けていくうちに、悠真は単に「数字を見る」だけでなく、その数字の進行具合を調整する特殊な力を持っていることに気づいた。

疲労が限界に迫るアスリートの筋肉のカウントを引き延ばし、怪我を未然に防ぐことすら可能だった。逆に無理をさせて数字を減らすこともでき、その者の潜在能力の限界を押し上げることもあった。


この噂は瞬く間に広がり、「リカウント」はスポーツ選手だけでなく、一般の患者も訪れるようになった。だが同時に、一部の人々から「詐術だ」「洗脳ではないか」と中傷され、やがて行政からの目も厳しくなっていった。


やがて匿名の告発が入り、悠真の整体院には行政の調査が入る。業務停止処分が迫り、閉店の危機に追い込まれた。


その混沌の中、悠真を支えたのは幼馴染で現在は看板娘の白石玲奈だった。交通事故で下半身不随となり車椅子生活を送っている彼女の、痛みを軽減できたことが悠真にとって何よりの励みだった。


行政の調査は厳格だった。匿名の告発を受け、「科学的根拠不足」や「安全基準の不備」が指摘され、業務停止通告の期限が迫る。


調査委員会の公聴会の席上、悠真は自らの能力の詳細は伏せ、これまでの施術記録と患者の改善例を淡々と説明した。

玲奈は、辛い痛みが和らぎ日常生活が少し楽になった体験を、ありのままに証言した。

また、複数のスポーツ選手や患者たちから寄せられた推薦状が提出され、悠真の施術が結果を出していることを裏付けた。


委員たちは当初、科学的な証拠に欠けることを理由に厳しい姿勢を崩そうとはしなかった。だが多くの患者の声と具体的な実績に抗しきれず、業務停止の通告を保留とし、さらに安全管理体制の強化や施術報告の提出を条件に再開を認める決定をした。


こうして「リカウント」は再び扉を開け、悠真は玲奈の笑顔を胸に、新たな決意で施術に臨み続けている。

車椅子の彼女の手のひらに、かすかに揺れる小さな数字を見つめながら。


未来へのカウントダウンは、まだ終わってはいなかった。

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リカウント ダリラー @nenene417

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