最終話 ラブコメ讃歌を歌って。

「やあ桜さん、土曜日はありがとう、すごく楽しかったよ」


「そんなガッサガサな声で言われても……」


 月曜日、屋上にて。おれと桜さんは、今日も『陰キャレッスン』のために集合していた。


「佐伯くん、大丈夫? なんかあからさまに喉にダメージ負ってるけど」


「まあね、楽しんだ代償ってやつだよ」


「もちろん私も楽しかったけど……もっと私も合間見て歌っておけばよかったね」


 たしかに、そうしてくれていれば喉の負担は少なかったかもしれない。桜さんが見てくれていたとはいえ、ほぼヒトカラだったしな。


 だからって桜さんを責めるつもりもないが。


「とりあえず、今日のレッスンなんだけど……って、なに?」


「ふふ……ううん、なんでも……ふふふ」


「え、ちょっと、どうしたの」


「ごめん、なんか……佐伯くんのガサガサ声が、なんか……面白くって」


 クスクス、と口元を両手で抑えて笑う桜さん。がんばって大笑いしないようにしているんだろうとわかった。


 が、何度も平静を装って真顔を作るが、その度にまた思い出し笑いをして、を繰り返している。


 完全にツボにハマってしまったようだ。


「桜さーん、ボクの話を聞いてよお」


「ねえちょっと、今はやめて!」


「そんなに変ですかねえええ」


「もうわざとじゃん! ふふふ、ほんとやめてお腹痛くなってきた」


「母なーる、だいちーのぉー」


「あはははは! そこで合唱曲チョイスするのはセンスありすぎるって!」


 いつもクラスにいる時のように、大きな口を開けて笑う桜さん。おれもそれにつられて笑ってしまい、その笑い声につられてまた桜さんが笑い、というループが完成してしまった。


 おれたちは、落ち着くまでひとしきり笑い合った。これじゃ全然、陰キャレッスンどころじゃないな。


 ――――――


 ――――


 ――


「落ち着いた?」


「うん、もう大丈夫。はー、おかしかった」


 目元に溜まった涙を人差し指ですくいながら、桜さんは言う。


「ねえ、佐伯くんってさ、本当に“いんきゃ“なの?」


「なに、急に。おれほど典型的な陰キャを捕まえて」


「だってさ、小説の主人公と全然違うんだもん」


 桜さんは、髪をくるくると指先でいじりながら話す。


「最初に教室で佐伯くんのこと見つけたとき、びっくりしたんだ。あまりクラスの人と話したりしないし、昼休みとか机に突っ伏して寝てるし、授業が終わったらサッと1番に教室を出ていくし。WEB小説の中で見た、私の憧れの主人公たちとおんなじことやってる人が、現実にいる! って感動したの」


「自分の行動をこうして言語化されるとだいぶキツいな」


「でも、実際に佐伯くんと関わってみたら、真面目にレッスンの内容考えてきてくれたり、カラオケでは私に合わせようとして歌の練習してきたり、さっきだって私のこと笑わせてきたり……私の知ってるクールな主人公たちとは、ほんとに全然違う」


 ここまで聞いて、気づく。そうか、この子はまだ「陰キャ=無口なクール系男子」と勘違いしているんだ。


 種明かし、しないわけにはいかないよな。


「桜さん、ごめん」


「なにが?」


「誤解なんだ。おれは、無口なクール系男子なんかじゃない。ただの陰キャなんだよ」


「え? だってそれって、おんなじ意味じゃ」


「違うんだよ。陰キャとクールは、全然別物だ」


「うそ……」


「陰キャって、人見知りで目立つのも苦手で、人とうまく話すこともできない、おれみたいな根暗なやつのことを言うんだ。要するに、悪口みたいなもんなんだよ」


「そ、そんな……」


 桜さんは、目を見開いて肩を振るわせている。


「そんな、それじゃ私……私何回も、佐伯くんのこと陰キャだって言っちゃったよ?」


「いいんだよ、事実だし」


「よくないよ!」


 屋上に、桜さんの声が響いた。聞いたこともないような声量に、呆気に取られてしまう。


「知らなかったとはいえ……私、今までずっと佐伯くんのこと、悪く言ってたんだね……最低だあ……」


 桜さんは、さっきとはまた違った意味での涙を浮かべ、その場にうずくまってしまった。


「桜さん、ほんとに気にしないで。おれが全然気にしてないんだから」


「……ほんと?」


 消え入りそうな声で、上目遣いにおれを見てくる。


「うん。たしかに世間一般では陰キャって悪口みたいなもんで、いい意味ではほとんど使われないし、桜さんが思うような、クールともほど遠い」


「……うん」


「でもさ、おれ、これはこれで楽しいんだ」


「楽しい? その、陰キャが?」


「そう。おれ、自分から誰かに声かけたり、場を盛り上げたりっていうのがすごく苦手なんだ。桜さんがうまくおれを引っ張ってくれてなかったら、こんなに話したりとかもできないんだよ」


「そう、だったんだ」


「陽キャみたいに世の中をうまく渡れたらどんなに楽しいかって、劣等感に押しつぶされそうになったこともあった。最初に桜さんと話したときも、なれるもんなら陽キャになりたいって、たしかに言った。でも、1人でじっくり本読んだり、ゲームやりこんだり、一日中ダラダラしてみたり。それはそれでけっこう楽しいんだよね」


「たしかに私も、WEB小説勧めてもらってからは、1人の時間もいいなって思えたよ」


「そう、その感じ! だから、おれは陰キャでいい! 陽キャは陽キャで羨ましいけど、陰キャは陰キャの楽しみ方があるって、おれは思うからさ」


「そっか……」


「だから謝らないで、桜さん。それと……」


 寂しいが、言わなければならない。わざと桜さんと目を合わせないよう、少し俯く。


「けっきょくおれは、桜さんが期待するような"いんきゃ"じゃないんだ。だから、どんなにおれとレッスンしても、桜さんの望むキャラにはなれない」


 戸惑いながらも、彼女はおれの言葉に頷いて、先を促してきた。


「だからこれ以上、桜さんに無駄な時間をすごさせるわけにはいかない。おれとの関わりは、もうここまでで……」


「やだ!!!」


 さっきよりも、さらに、もっと大きな声で、桜さんは言った。後ずさるほど驚いたおれは、反射的に顔を上げる。


 すると、思っていたよりずっと近くに、桜さんの顔があった。


 歯を食いしばり、頬を涙で濡らした桜さんの顔が、吐息のかかるほど近い距離に、あった。


「やだ! たしかに私、陰キャって言葉の意味を勘違いしてたけど! 私の思うキャラには、レッスンしてもなれないかもしれないけど! それと、佐伯くんとこれからも関わるかどうかはまったく別物でしょ!」


 耳が痛くなるほどの、涙ながらの大声だった。圧倒されて、おれはなにも言えない。


「ボソボソ声で話すレッスン、私楽しかったよ! 今までやったことなかったから、すごく新鮮だった! カラオケでのレッスン、佐伯くんは楽しくなかったの? 好きな歌うたった方がいいって私がアドバイスしたら、その後佐伯くんがすごく楽しそうに歌ってくれてて、少しは役に立てたのかなってすごく嬉しかったんだけど!」


「桜さん……」


「というか今さらだけど、ボソボソ声のレッスンのとき帰り際ちょっと気まずくなって、家帰ってから私落ち込んでちょっと泣いたんですけど!」


「それは初耳なんですけど!」


「あと今家で泣いちゃったアピールしたのちょっとかまってちゃんっぽいねやっぱり聞かなかったことにして!」


「無理無理さすがに無理!」


「とにかく!」


 桜さんは、ようやくおれから少し離れて、胸に手を当て、ふーっと息を吐いた。


 そして、ゆっくりと言った。


「また、一緒に遊ぼうよ。陽キャと陰キャが遊んじゃいけない理由なんて、きっとないはずだから」


 ああ。


 この子は……なんというか、本当に……。


「おれの人生史上……1番陽キャな友達ができたよ」


 おれが言うと、桜さんはパァッと顔を明るくした。


「いろいろごめん。でも、ありがとう。おれみたいなのでよければ、これからも仲良くしてほしい」


「えへへ、こちらこそ! ……なんか、あれだね、WEB小説で言うところのラブコメみたいだね、これ」


「ああ、まあ、うん……」


 別におれたちは付き合ってるわけではないから、ラブコメと言うとだいぶ違う気もするが……まあ物の例えだし、別にいいか。


「なんか……変な表現かもしれないけど、おれ今、産まれてはじめて青春を謳歌したような感じがするなぁ」


「"青春ラブコメ讃歌"を歌い上げちゃいましたね?」


「お、その言い方ちょっと面白いかも」


 青春ラブコメ讃歌か。そんなものを楽しく歌えたら……おれの高校生活も、大きく変わるかもしれないな。


 桜さんが、変えてくれるかもしれない。そんな気がした。


「ねえねえ、佐伯くん。喉が治ったら、またカラオケ行かない?」


「青春ラブコメ讃歌を歌いに?」


「それもなんだけど……実は、一昨日のカラオケで佐伯くんが歌ってたアニソン、初めて聞いた曲ばっかりだったんだけど、ノリがよくてすごい楽しかったから、うちでこっそり練習してたの」


「マジで!」


「すでに何曲か歌えます」


「陽キャ強ぇー……」


「でもまだ自信がないから……佐伯くん、一緒にカラオケ行って、アニソンの歌い方、レッスンしてくれないかな?」


 イタズラっぽい笑顔を浮かべながら、上目遣いにおれを見つめる桜さん。


「それ、結果的に陰キャレッスンになってない?」


 呆れ口調で言ってはみたが、こんなステキな提案に乗らない手はない、というのが本心だった。


 屋上特有のあの涼しい風が、背中側から強く、吹き抜けた。


 

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ラブコメ讃歌は自ら歌うものでして。 辻森颯流 @k-thujimori

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