第4話 陽キャの手ほどき。

 その日の夜、寝る支度を全て済ませ、読みかけだった文庫本を開いてベッドでゴロゴロしていると、机の上に置いてあるスマホから着信音が流れ出した。


 画面には「桜 深春」の文字。


 そうだ、メッセージアプリのアカウント、交換したんだっけ。


 今日は気まずい感じで別れてしまった。


 何の用かは知らないが、なるべく明るく出なくては。


 おれは通話ボタンをタップした。


「もしもし」


「あ、佐伯くん? 遅くにごめんね、深春です」


「いや、ぜんぜん大丈夫。どうかした?」


「えっとね、明日なんだけど、少しだけ時間あったりしないかな?」


「明日……とくに予定はないけど」


「ほんと? よかった! それだったらさ、一緒に駅前のカラオケ行かない?」


「か、カラオケ? しかも駅前……またずいぶん急だね」


「ほら、最初に屋上で話したとき、私が佐伯くんに陽キャのなり方を教えてあげるって約束したでしょ?」


「そういえば……」


「それで、陽キャって言葉をネットで調べてみたんだけど、華やかで活発で明るい人? みたいな意味なんだね!」


「そうそう。ね、まさしく桜さんでしょ?」


「そうかなぁ、たしかに明るい雰囲気が好きなのは間違いないけれど……」


「いっつも友達に囲まれてて、先生ともフランクに話せて、典型例だと思うよ」


「あとなんか、すくーるかーすと、とかなんとか書いてあって、それはよくわかんなかった」


「あ、うん、そこまでいくとなんかドロドロな感じもあるからわからなくていいかも」


「あ、それでね! 華やかで明るくっていうと、とりあえずカラオケなんかいいんじゃないかなと思ったの! だれでも行けるし、陽キャに近づけちゃうかも!」


「たしかに、ヒトカラ以外じゃもう何年も行ってないな」


「それならなおさら! 1時間くらいでもいいし……どうかな?」


 こころなしか、早口な桜さん。たぶんこれ、今日の気まずさを払拭するために、提案してくれてるんだろうな……。


「うん、行きたい。行こう。誘ってくれてありがとう」


 はっと、息を飲むような音が聞こえた。


「よかったぁ……じゃあじゃあ、明日は――」


 昼頃、駅前の広場で待ち合わせて、そのまま直接カラオケへ。


 簡単に約束を取り付けて、通話を終えた。


 ふーっと長く息を吐いた。


 よく考えたら、女子と2人でカラオケに行くなんて初めてだ。しかもあの桜さんと……


 というか、電話をして耳元で桜さんの声を聞くと、放課後のことを思い出してしまう。


 桜さん、声もきれいだったな……。


「うううう〜!!」


 ベッドにうつ伏せになり、脚を思いっきりジタバタさせた。忘れろ忘れろ! 寝られなくなるぞ!


「というかカラオケって……おれなに歌おう」


 流行りの曲とか女の子受けのいい曲、ぜんぜん知らねえ。


 予習しないとまずい。


 そのあと、曲の検索をしていたせいで、けっきょくあまり寝られずに朝を迎えた。


 ◇


 ジャーン、と音楽の余韻が部屋に響き、曲が終わる。


 一曲歌い終えた桜さんに、おれは惜しみのない拍手を送った。


「すげー桜さん! 歌うまいね」


「えへへ、友だちとよく来るから、前より上手になってきたんだ」


 桜さんは、得意げに胸を張って見せた。


 天は二物を与えないと言うが、桜さんは普通に五物くらい与えられてそうだ。


「次、佐伯くんの番だよ! 曲入れた?」


「え、ああ、うん。今入れる」


 デンモクをいじりながら、おれは昨日の夜の検索履歴を全力で思い出す。


 カラオケに行って女子に引かれない曲、歌えば間違いなく女子からモテる曲、1発目におすすめの場を盛り上げる曲……


 一夜漬けの研究結果から、おれは某男性アイドルグループのとある曲をかけた。


 本人映像付きの、CMにも使われた人気曲だ。


「あ、この曲知ってる! 私も好き!」


「で、でしょ? おれも好きなんだよね」


 ウソだ。まったく知らん。


 おれは普段のヒトカラではまず間違いなくアニソンやボカロ曲しか歌わない。


 流行りのアーティストが歌う曲をおれごときが歌うなど、だれかに聞かれたら総スカンを喰らいそうだ。そしてこの卑屈な考え方こそ、陰キャたる所以である。


 なまじヒトカラで鍛えただけに、おれは決して歌は下手ではない。


 ただ……歌い慣れない。というか本人映像のアイドルがキラキラしすぎててキツい。致死量の陽キャ。


 チラリと横を見ると、桜さんが身体を左右に揺らしながら小さく手拍子をしてくれている。


 よし、選曲は間違わなかったようだ。


 おれはこのカラオケを、「陽キャのふり」をすることで乗り越えて見せる!


 ――――――――


「すごーい! 佐伯くんこそ歌上手だね! ……何やってるの?」


「ああ、いや、その……なぜか胸焼けが」


 歌い終えた頃には、おれはすっかり疲れ切っていた。やばい、光属性にやられた……自分があんなキラキラした歌詞を歌ったと考えただけで吐き気が……。


 シートに座って胸をさすって深呼吸していると、桜さんがスッとおれの隣に腰掛けた。


 そして。


「こらっ」


 殴られた。頭をポカっと。


「痛っ! え、なんで?」


「佐伯くん、無理したでしょ? 歌は上手だったけど、無理矢理歌ってるの、バレバレだよ」


 膨れっ面を作った桜さんが、じっとおれの目を見ている。


「む、無理しただなんてそんな」


「絶対ウソ! ちょこちょこリズムに乗れてなかったし、何よりあんまり楽しそうじゃなかったもん」


「うっ」


 バレるもんなのか、態度で。


「佐伯くん、陽キャになりたいって言ってたじゃん。陽キャって、明るくて華やかな人のことなんでしょ?」


「そう、だね」


「だったらまずは自分が楽しまないとダメだよ! 自分が好きな歌を歌って、『おれはこの歌が好きなんだ!』ってやらないと! きっと私に合わせて曲を選んでくれたんだろうから、そこはもちろん嬉しいけど」


 桜さんは、ずっとおれの目を見たままそう訴えた。言い方は優しいけれど、どうやら本気で怒ってくれているみたいだ。


「もしかして、自分がいつも歌ってる曲をかけたら、私に笑われるかもとか思った?」


「笑われるとは思わなかったけど……引かれるかな、とは思った。わりとコアなアニソンとかしか知らないし」


「だったらそれを歌って! 自分の好きなものを胸張って好きだって言えないとダメ!」


 陰キャに優しい陽キャこそ本物の陽キャとはよく言うが、この子は間違いなく“本物”なんだろうなと、強く思った。


 そして、反省した。おれは今日、ここに何をしにきた? いつの間にか、おれは桜さんとカラオケデートでもしにきたような気分になっていたのではないか。


 今日、ここには陽キャになるためのレッスンを受けに来ているのだ。つまり、慣れない歌を無理に歌って、楽しんでいるふりをするなんて、本末転倒だ。


 だとしたら。


 だとしたら、今ここでおれがやるべきことは、ただ一つ。



 ――――――


 ――――


 ――


「おれの歌を聞けええええええ!!!」


「イエーイ!!!」


 そこからおれは、自分がいつもヒトカラをするときに歌うようなアニソン、萌ソング、ボカロ曲を歌いに歌いまくった。


 桜さんは、部屋に用意されていたマラカスやタンバリンをジャンジャン鳴らして盛り上げてくれた。


「はいっ! はいっ!!」


 桜さんの合いの手が部屋に響く。おれはそれに負けじと声を張り上げた。


 ああ、なんだこの高揚感。


 自分の中身をみんな曝け出しているようなこの解放感……!


「これが陽キャかあああああー!!」


「そうだああ! これが陽キャだああ! よくわかんないけどおー!!」


 おれたちがカラオケを出たのは約5時間後のことだった。


 8割おれが歌ったことは言うまでもない。


 喉痛ぇ。


 

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