2285年 2月 旧銀座駅 地下1階
侵入した部屋の中にも、濃い闇が広がっていた。
先頭を行く俺のライトが、その闇を切り裂くように照らす。
カビの匂いをはらんだ空気が、鼻腔をくすぐった。
床には、長年放置されてきた証のように埃が積もり、層をなしている。
扉から流れ込む僅かな風に埃が舞い上がり、ライトに照らされてきらきらと輝いた。
視界の先には、今はもう動くこともない、錆の浮いた大型の機械がいくつも並んでいる。
「取りあえず……左から回るぞ。」
「うむ、了解だ。」
「の!」
「……はい!」
俺の合図にマリ、ナノ、リノがそれぞれ返事をする。
マリとナノは暗視モードだけでなく、ライトも併用していた。――俺とリノの視界を補うためだ。
埃が厚く積もったリノリウムの床を踏みしめながら、警戒を崩さず慎重に進む。
「なんだか、病気になりそうだね……。」
リノが、ポツリとつぶやいた。
「うむ。さすがにマスクは持ってきてなかったからな。」
「今度から積んどこうぜ。」
マリと俺が、軽く返事をする。
部屋の突き当たりにたどり着き、時計回りに方向を変えた――
その時だった。
ふと、胸の奥に引っかかるような違和感を覚える。
俺は即座に停止の合図を送り、その場で足を止めた。
「ふむ?マキよ、どうした?」
「いや……何かがおかしい。」
俺はライトの先を、息を詰めるようにして観察する。
「おかしい……ですか?」
リノはコテンと首を傾げる。
「レーダーには反応はないの。」
ナノが静かに報告を上げる。
「ふむ?」
マリも周囲を見回し、異変を探す。
……何がだ?
ライトに照らされた床へ視線を落とした、その時。
埃の中に、足跡と、何かを引きずった跡が残っているのが目に入った。足跡の向きを辿り、壁を照らす。
そこには――
人が一人、かろうじて通れそうな幅の通路が口を開けていた。
「足跡と……壁だ。」
「ふむ。埃の具合からして、最近ついたものだな。」
足跡とは反対側の壁をライトで照らす。
だが、並ぶ大型機械に視界を遮られ、その先は見通せない。
俺は一瞬だけ呼吸を整え、仲間たちに視線を向けた。
「……どちらに行く?」
「ふむ……取りあえず少し進んで、死角を確認してからだな。」
「おーけぃ……」
壁に背を預け、慎重に歩を進めながら、大型機械の先を覗き込む。
足跡と何かを引きずったような跡が続いているのは分かるが、それがどこへ繋がっているのかまでは見えない。
「……とりあえず通路から見ていくか。」
「うむ。」
「あ!そしたらナノが行ってみるの!みんなで行くと詰まるかもなの。」
「ナノちゃん、大丈夫?」
「大丈夫なの!」
俺は一瞬考え、頷いた。
「よし、じゃあナノ、少し先を見てきてくれ。何かあったら声をかけてくれ?」
「わかったの!」
ナノは元気よく答えると、警戒を怠らず狭い通路へと入っていった。
残った俺たちは、外部の警戒を続ける。
しばらくして、ナノから思考通信が飛んできた。
―ここ、外につながっているようなの。
―位置はわかるか?
―大丈夫なの。
―よし。そしたら戻ってきてくれ。
―の!
やがて、ひょっこりとナノが顔を出す。
「ただいまなの!この先は外につながっているようなの。」
「ふむ……。」
「お外に?じゃあ、ここから……?」
「かもしれんな。……よし、反対側に進んでみよう。後方の警戒は頼む。」
「うむ!任されよ。」
外への通路を背に、錆の浮いた大型機械のジャングルを進む。少し進むと、床には地下へ向かう大穴が口を開けていた。
「おい……穴だ。」
「む?……穴だな。」
ナノが穴の縁にしゃがみ込み、覗き込む。
「すぐ下に地面があるの。……線路みたいなの。」
「降りられそうか?」
「う〜ん……ラペリングなら行けるかもなの。」
「……一度、階段でホームに降りて、そこから行ってみよう。」
「うむ。了解だ。」
「はいなの!」
俺たちは、穴から離れ引き返えそうと、一歩踏み出そうとした――
「……ごめんなさい。」
不意に、リノが謝罪を口にした。
「え?何が?」
思わず聞き返すと、リノは視線を落とし、指先をぎゅっと握る。
「……私、自分から着いて来たいって、言ったのに……足を引っ張ってばかりで……」
その声は、地下の静寂に溶けるように小さかった。
そんな反応に、俺とマリは思わず顔を見合わせ――
同時に吹き出した。
「ハハッ、足を引っ張ってないぞ?」
「うむ。」
そんな反応に、リノは顔を上げる。
――その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「……え?」
「
「うむ。リノがいない時と比べると大幅に楽になっているぞ。」
マリの言葉を受け、俺はさらに続ける。
「それにな。……経験則だけど、こんな所でショートカットすると、ロクなことにならん。」
俺は穴を見つめながら答える。
「フフッ、そうだな。」
マリがクツクツと笑いながら肯定する。
「そうなの!リノちゃんが警戒してくれるから、ナノも安心できるの!」
「……ありがとう。」
リノは手で乱暴に涙を拭い、笑顔を浮かべた。
「……よし、行くぞ。」
「うむ。」
「はいなの!」
「はい!」
俺たちは来た道を戻り、先に見つけた改札へ向かう。
今はもう機能していない自動改札機が、地下の不気味さをいっそう引き立てていた。
――バスンッ
不気味さに足を止めた瞬間、サプレッサーで抑えられた銃声が、いきなり響いた。
反射的に姿勢を低くし、音のした方向へ視線を向ける。
そこには、立射の姿勢でライフルを構えるリノの姿があった。
銃口からは、まだ薄く硝煙が立ち上っている。
「……敵でした。」
リノがボルトを引いて排莢しながら、ぽつりと呟いた。
改札の内側に目を向けると、〈ホッパー〉が白濁した体液を流しながら、床に転がっていた。
「助かった。全く気がついていなかった……。」
「フフッ、ナイスキル。」
「ナイスキルなの!」
他の個体がいないか警戒しながら、俺は礼を言う。
改札内に入り、〈ホッパー〉の死骸を検分している時、ひとつの疑問が頭をよぎった。
「なぁ。ここ、放棄されてはいるが……コロニー内のはずだよな?」
「うむ。どこかから入り込んだか……」
「ここが出処かってか?」
「うむ。察しがいいな?」
死骸の頭部を確認した、その時。
触覚に似せた一本の鋼線が、皮膚の下から覗いているのに気づいた。
「……おい、これ何だと思う?」
「ふむ?……人工物だな。アンテナの類だろう。ナノ、この辺の電波に不審なものはあるか?」
「ちょっとまっててなの。」
ナノはそう言うと、狐耳カチューシャを明滅させる。
「……特に不審な電波はないの。観測できるのは、み〜んな微弱なの。」
「……ふむ。」
どこか納得できないといった様子で、マリが小さく頷く。
「何かあるのか?」
「うむ。これがもしも、人的に操作をするためなら、何らかの電波を飛ばしていなければならんだろ?」
「あー……たしかに。」
「フフッ、この個体が一匹だけ地下を歩いてきたか、
あるいは、ここの人間がよほど優秀なのか……」
そこまで言って、マリが立ち上がりながら続けた。
「どちらにせよ、下に行けばわかるって話だ。」
「……そうだな。この個体どうする?」
「ふむ、帰りにここを通って覚えていたら回収しよう。なかったら……」
マリが言葉を区切り、笑いながら続ける。
「フフッ、それはそれでまた問題だがな。」
「……無事に持ち帰れることを祈ろうぜ。」
俺は、階段の先の暗闇を見おろしながら答えた。
耳を澄ませて、聞こえない音を聞こうとして。
目を凝らして、見えないものを見ようとして。
俺たちは、暗闇に飲まれた階段を、一歩一歩慎重に降りていく。
――――――――――――――――――
せんでん
カクヨムコン11のために新しい小説始めました。
どうぞよろしくお願いします。
TSおじさんだって異世界スローライフを送りたい
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春はあけぼの、夏モヒカン ~TS元モヒカンはモヒカンを取り戻すためポストアポカリプス世界をゆく。~ 荒巻紙黄巻紙 @_aramaki
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