カササガリ

神田 るふ

カササガリ

 カササガリ、という怪異がいるらしい。


 ネットで検索しても、書籍をあたっても、そんな怪異は見つからないが、まことしやかに巷間こうかんで語り継がれている怪異である。


 カササガリとは如何なる怪異か。


 話によれば、傘を盗んだ人に憑くなのだという。


 出来心で他人の傘を窃盗すると、その傘を持っている手が、だんだん重くなってくる。


 不思議に思い、傘の柄に目をやると。


 自分のものとは異なる別の手が、傘の柄を握りしめていた。


 ……という怪異なのだそうだ。


 カササガリに憑かれると、よくないことが起きるという都市伝説じみた話もある。


 何とも不気味で、怪異である。


 そもそも、カササガリの正体とは、いったい何なのだろうか。


 傘を盗んでしまったことに対する罪悪感なのか。


 他人の物を盗んではいけません、という道徳的かつ教導的な戒めなのか。


 それとも、本当にそういう怪異がいるのだろうか。


 だが、私にとって、カササガリは無縁の怪異である。


 何故かと言えば、私は他人の傘なんて盗らないからだ。


 真っ正直に生きている者に、怪異が寄り付く理由はない。


 正直者、万歳。

 

 そんなくだらないことを考えながら、突然降り始めた驟雨しゅううを眺めつつ、私は友人の到着を駅の入り口で待っていた。


 ずいぶん、遅い。


 もう二十分も約束の時間を過ぎている。


 流石に少々苛立ち始めた私の視界に、女子が持つには場違いとしか言いようがない紳士用の黒い傘をさしながら、こちらに向かってくる友人の姿が目に入った。


 やっと来たか。


 傘を開いて駅から離れ、雨の中、友人と合流し、二人並んで町の路を進む。


「ずいぶん、遅かったじゃない」


「いやー。ごめんごめん。今日はずいぶんと―」


 傘が重くって。


 思わず、私は彼女が手にしている傘の柄から目を逸らした。


 私は真面目な人間だ。人の傘なんて、盗まない。


 そんな私に怪異が憑く筈はない。


 そう、


 だが。


 


 もしを見てしまえば、私は彼女の人間性を疑ってしまう。


 彼女を否定してしまう。


 明日からは彼女を友人として見れなくなってしまう。


 そんなのは、

 

 カササガリ。


 恐怖とは、何と罪深いものだろう。

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カササガリ 神田 るふ @nekonoturugi

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