あの子と同じ月を見上げる

暁 葉留

2025/09/18

気温が二十度台前半になったので、クーラーを消して窓を開けた。風が秋めいていたので、ベランダに出て「エモ」がりごっこをしようと思い立った。

必要なアイテムは有線イヤホンとスマートフォン。そして、好きなバンドのインディーズ時代のアルバムを再生する。

そよぐ風が気持ちいい。音量をあげて、瞼を閉じて私は思考する。


✳︎


最近、一人の女の子と友達になった。

その子は私と趣味趣向が全くおんなじで、話し方、歩くスピード、何から何までおんなじで怖いくらいで、ただ彼女の方が私の十倍可愛くて、脚が長かった。

友達になれて嬉しかった。気が合う、とかのレベルじゃない。話が無限に続く。うっかり本音で話しそうになって思わず口ごもった。まだ出会って数日の相手が、いきなり饒舌に自分語りし始めたら怖い。

いろんなところに行く約束をした。私が水族館が好き、と言ったらとある水族館のイルカショーがすごいからと教えてくれて、そこに行く約束もした。デートかよ、と私が茶化せば、そうでしょ?と相手は笑った。好きだな、と思った。出会えてよかった、と大袈裟でなく思った。


そして、失いたくない、と強く思った。

幻滅されたくない、と私は嘘をつく準備を始めた。

自分を偽る準備だ。

私のよくない癖で、でもよくやることで、そして私はそれを認識した途端、とんでもなく自分が嫌いになった。


たまにこういう時期がくる。自分が嫌いで仕方なくなって、夜通し絶望する時期が。阿保すぎる。絶望したところで自分は変わらないのにね。

自己肯定感は高いらしい。

ただ、自分への信頼度が著しく低い。

そして最近わかったことだが、私は常にうっすら自分が嫌いな状態らしかった。

そして、私は一人暮らしである。これはまずい。誰とも話さない。対話の相手は大嫌いな自分とのみである。絶望の夜は深まる。失恋したんか?ってくらい落ち込む。ちなみに失恋したことはない。


私は今、ふるさとを離れて一人で暮らしている。

寂しくない、といえば嘘になる。

けれど一人暮らしを始めて、一人になれてホッとしている。

私には何もない。将来の夢がない。何か特別ずば抜けてできるものがあるわけでもない。

私は優しくない。共感性に欠けている私の、普段話している言葉の八割は嘘である。まじで。私は大嘘つきなのだ。流行りの性格診断では、繊細な心の持ち主で、共感力が高いとしつこいほど言われた。ふざけるな。こちとら人の気持ちがわからなくて困ってばかりなんだが。人が泣いてる理由がわからない。人の笑顔を疑ってばかりいる。人の言葉の裏の裏まで読んで、私は嘘をつく。私は疑り深い。ずっとずっと、だから人間関係の構築に十九になった今でも悩んでいる。


また、空っぽのまま、なんの志も持たずに、ふるさとを出てきてしまった。それがコンプレックスだったりもする。

今年の春、家を出る時。家族は頑張れと言って送り出してくれた。私は「何者にもなれないかも、ごめんね」と思った。

夏に帰省した時、高校の友達に「アンタ変わったね」と言われた。それは見た目か。大学生になって、私はメイクをして、髪を結んで、フリフリの服を好んで着るようになった。リボンが好きだ。キラキラのラメが好きだ。自分が意外と女の子らしい趣向をしていることを知ったのは、引っ越して一人になってからだった。

ああ、たしかに変わったかもな。でも私は田舎くさいセーラー服の方が好きでした。切りっぱなしのボブヘアーが好きでした。女子校で、女しかいねぇのに、どうしてあの日々はあんなに青かったのですか。

高校時代を懐古する。自分が意外と寂しがり屋だと知ったのも、一人になってから。

変わったんじゃない。私は、なにも変わってない。

ただ、前より少しだけ「自分」が見えるようになった。


そしてなにも持ってないくせに、小説を書くなとどいう「何かを生み出す」活動をしている。

意味がわからない。

ずっとずっと、自分が、意味わからない。

世界で一番殺したい相手は自分だ。

死にたい、なんて絶対に思わない。ただ、自分がこの世界に生きてちゃまずいだろ、と思う時はある。私は人間の形をした、他の何かなんじゃないか?アンドロイドみたいな。

誰かを困らせる。誰かに嫌な思いをさせる。人の気持ちがわからない。中身のない「ありがとう」と「ごめんなさい」が口癖になって、ついにあなたは優しいねと言われてしまった。

違うよ。

誰か、私を見破ってほしい。この世界から追放してくれ!

今日も必死に「人間」のふりをする。RADWIMPSにこんな曲なかったっけ。


✳︎


遠くの駅の、たくさんの新幹線を見送った。好きなバンドの(RADWIMPSではない)、アルバムはそろそろ最初の曲に戻りそうだ。ヴォーカルの声は変わらない。今より10年以上昔の声なのに、驚くほど変わらない。相変わらず失恋の歌ばかり歌う。ダサいなあと笑ってしまう。けれど私は、彼らのそんなダサさが大好きだった。

前のマンションに住む向かいの部屋の人が、カーテンを閉めた。公募に出す小説を進めなければならない。雨が降り始めた。雨が止んだら,またエモがろうかな。

バイトを始めて、インカムをつけるようになってから耳が悪くなった気がする。私は楽器をやってるから、これ以上耳を悪くすることは避けたい。でも、バイトはやめられない。

大学生は自由だといえど、縛りも多いなと思う。


私はカラオケ屋でバイトをしている。今日は永遠とポップコーンの袋詰めをしていた。ちなみに歌は下手。90点以上を出した記憶がない。友達にはよく採用もらえたねと言われた。うるせえ。

大学で管弦楽団に入っていて、ヴァイオリンを12年も続けている。オーケストラは、高校時代から数えて4年目だ。楽器を弾くことより、団内の人間関係の方が難しいと感じる。

六畳のワンルームで暮らしている。最近フライパンと鍋を買って、自炊を始めた。おいしいフレンチトーストも肉じゃがも作れるのに、彼氏がいない。おかしい。


そして、そんなわたしは小説を書くことが好きだ。

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