この15年、なにが変わったかな。
東日本大震災をテーマにした小説を書いたことがあります、実は。
https://kakuyomu.jp/works/16817330660629856623
お話の舞台は岩手県陸前高田市。私は過去に二回ほど高田の地を訪れたことがあります。
作中と同じく高速バスで現地に向かい、現地ではバスツアーに参加し、震災遺構を巡りました。陸前高田駅から見えた、ビル一つ残してまっさらだった旧市街地の景色も、凪いでいた気仙川の色も、はっきりと覚えています。そしてバスガイドさんが、「奇跡の一本松」をみてつぶやいたこの一言も。
「たった一人で生き残って、どうするつもりだったんだろうねぇ」
どんな文脈で出てきた台詞だったかは忘れましたが、私は地元に帰ってきてからもこの言葉の意味をずっと考えていました。そして、ぽつぽつとこのお話を書き始めました。
一人生き残った松を「奇跡」と呼び、保存活動まで行った事実がありながら、あの台詞はあまりに後ろ向きすぎた。
三年前、大人になりたくないと泣いていたあの子は、今年成人式を迎えました。彼らは私の一つ上の設定なので、今年の春で大学三年生になります。実はスピンオフ的なアレで本編の一年後の2024年軸の話や、ヒロイン息吹視点の話を考えたこともありますが、結局出さずじまいでした。
去年の春、私は大学生になり生まれ育った関東平野から東北地方に引っ越しました。いいところですね、東北。ぶっちゃけ地元よりも好きです。そして、何の巡り合わせか、大学で再び震災について勉強する機会がありました。相変わらずの自分の無知さに呆れました。私がもがいてる間にも、一歩一歩被災地は景色を変えていきます。
陸前高田も17の私が見た景色からまた変わっているでしょう。知らない建物がたったりしてるんだろうな。
どこまでも拙い文章ですが、この小説を読み返すたびその熱量に圧倒されます。伝えたい、伝えたい、祈りにも似た何か。震災について何も知らなかった17の私が、海の見えない街で育った私が、高田を訪れて、いろんな人に話を聞いて、隅から隅まで調べて、私なりに揺さぶられて描いた物語。たった二回訪れた程度の私が、震災をテーマにして分かったような顔で物語を作ることに、何度も後ろめたさを感じました。なにか言われた時の言い訳も謝罪の言葉も準備しました(実際何か言われたことはないです)。でもそういう悩みをも超えた「伝えたい」という衝動は、今の創作活動にも繋がっているなと感じます。
実は「初めて完結させた小説」という点でみれば、この小説は私の処女作です。このテーマで書き切った三年前の私に拍手を送りたい。すげえよお前。
ということで、今のところの私の気持ちです。
今月末締め切りのドデカ公募に絶賛熱を注ぎ中なので、カクヨムは積読気味です。ごめんなさい。中途半端にしているやつも、4月になったら必ず読みに行きます。
いつかまた、震災をテーマにして小説を書きたいと思っています。今度はあの頃より、少しだけ文章が上手になった私で。