第2話 世界の動揺と神の怒り
「号外!号外!魔王バルバトスと勇者アルフレッドが謎の隠者に誘拐される!」
世界中の街角で、新聞売りの甲高い声が響いていた。
――魔王城の混乱
漆黒の城塞、魔王城の玉座の間では、魔王軍四天王が緊急会議を開いていた。普段なら魔王が座る玉座は空っぽで、その前に四人の幹部が困惑の表情を浮かべて立っている。
「一体何が起こったというのだ!」
雷の四天王ボルトが机を拳で叩いた。雷の魔法が暴発し、近くの燭台を粉々に砕く。
「落ち着け、ボルト」
氷の四天王グレイシアが冷静に言う。彼女の周りには氷の結晶が漂っていた。
「戦場の生存者たちの証言を整理すると、仙人のような風貌の男が突然現れ、魔王様と勇者に何やら問答を仕掛けたらしい」
「問答?」
炎の四天王イフリートが眉をひそめる。
「戦場で哲学談議でもしたというのか?」
「そして魔王様は……」
グレイシアが資料に目を落とす。
「『弟子にしてください』と懇願されたそうです」
「弟子だと!?」
闇の四天王シャドウが影から姿を現した。
「あの誇り高き魔王様が、人間の隠者に弟子入り?馬鹿な!」
「しかも」
グレイシアが続ける。
「その後、勇者と一緒に旅立ったという報告まで……」
四人は顔を見合わせた。どう考えても理解できない状況だった。
「魔術だ!」
ボルトが叫ぶ。
「きっと強力な洗脳魔法にかけられたんだ!」
「いや、待て」イフリートが考え込む。「魔王様に効く洗脳魔法など、この世に存在するのか?」
「では一体……」
その時、玉座の間の扉が勢いよく開かれた。魔王軍の伝令兵が血相を変えて飛び込んでくる。
「四天王様方!大変です!魔王様の居場所が判明しました!」
「どこだ!」四人が一斉に立ち上がる。
「森の中で……例の隠者と勇者様と一緒に……キャンプをしておられます」
「キャンプ?」
「はい……なんというか……楽しそうに談笑を……」
四天王たちは絶句した。
――王国騎士団の困惑
一方、人間の王国の騎士団本部でも同様の混乱が起こっていた。
「アルフレッド様が魔王と同行している?そんな馬鹿な話があるか!」
勇者の副官セシルが会議室で叫んでいる。彼女の金髪が怒りで震えていた。
「きっと魔王の邪悪な策略よ!アルフレッド様は人質になっているのよ!」
隣に座る神官ベネディクトが青ざめた顔で祈りを捧げている。
「神よ、我らの勇者をお守りください……きっと悪しき魔術にかけられているのです……」
だが、斥候からの報告は彼らの予想とは全く違うものだった。
「勇者様は……その……確かに魔王と一緒におられますが……」
「それ見なさい!やはり人質に……」
「いえ、あの……人質というより……なんというか……」
斥候が言いよどむ。
「何だというのだ!はっきり言え!」
「うつ病患者のような状態で……ぼんやりと座り込んでおられます……」
「うつ病?」
セシルが困惑する。
「はい……『意味がない』『何もかも無意味だ』と呟きながら……」
ベネディクトが顔を上げた。
「それは魔王の呪いに違いない!すぐに救出を!」
だが、その時だった。会議室の扉が開き、王国の情報部長官が入ってきた。
「緊急報告です。勇者様と魔王に接触を試みた我が国の使者団が帰還しました」
「どうだった?勇者様の安否は?」
「それが……」部長官が困惑の表情を浮かべる。「使者が『一緒に帰りましょう』と説得したところ、勇者様は『もうどうでもいい……』と虚ろに呟かれただけで……」
「そして魔王は?」
「『先生の哲学を学ぶんだ!君たちには分からないだろうが、これは人生を変える出会いなんだ!』と目を輝かせて語っていたそうです」
室内が静寂に包まれた。
「哲学……?」セシルが呟く。「魔王が哲学?」
――世界の混乱
その日の夜、世界各地で似たような光景が繰り広げられた。
酒場では冒険者たちが首をひねっていた。
「魔王と勇者が仲良くキャンプファイヤーって、どういうことだよ」
「しかも哲学の勉強してるって?意味がわからねえ」
学者たちの間でも話題騒然だった。
「まさか実在したのか?伝説の賢者が」
「だが哲学で魔王を弟子にするとは……一体どんな理論を……」
王侯貴族たちは戦々恐々としていた。
「戦争が終わる?困る!武器の需要がなくなれば我が家は……」
「魔王が改心したら、我々の正義の大義名分は……」
商人たちも頭を抱えていた。
「戦争特需がなくなったら商売上がったりだ」
「でも平和になれば平和特需が……」
世界は文字通り大混乱に陥っていた。
その頃、雲の上の天界では……
「なんということだ!」
純白の宮殿の玉座で、創造神デミウルゴスが激怒していた。全知全能の神の怒りは、天界全体を震わせる。
「私が完璧に設計した物語が……台本が……めちゃくちゃではないか!」
神の周りを、上級天使たちがおろおろと飛び回っている。
「魔王は世界征服を目指し、勇者は正義のために戦う。これが私の設定した物語だったのに!」
デミウルゴスの目の前には、世界の状況を映す水晶球が浮かんでいる。そこには楽しそうに談話するバルバトスと、虚ろに座り込むアルフレッドと、それを見守るロゴスの姿が映っている。
「あの隠者は何者だ!」
上級天使の一人、セラフィエルが震えながら答える。
「調査しましたが……記録にございません。まるで突然現れたかのように……」
「バグだ!」デミウルゴスが叫ぶ。「システムエラーだ!私のプログラムに混入したバグが、物語を破綻させているのだ!」
神は立ち上がり、怒りに燃える目で天使たちを見回した。
「ミカエル!」
「はっ!」
大天使長ミカエルが前に進み出る。六枚の翼を持つ偉丈夫だった。
「直ちにあのバグを排除せよ!物語を正常軌道に戻すのだ!」
「御意!」ミカエルが頭を下げる。「しかし、相手は魔王と勇者を論破したという……」
「論破?」デミウルゴスが嘲笑う。「所詮は人間の詭弁だろう。君たちは天使だ。神の正義を背負っている。人間の言葉遊びなど通用するはずがない」
「仰せの通りです」
「行け!そして秩序を取り戻せ!」
ミカエルは他の天使たちに号令をかける。
「天使軍団、出撃準備!我らの敵は、神の物語を歪める邪悪な存在だ!正義の名において、これを討つ!」
「「「おお!」」」
百を超える天使たちが一斉に翼を広げる。その光景は荘厳だった。
その夜、ロゴス一行はいつものように焚き火を囲んでいた。
「先生」バルバトスが目を輝かせて言う。「今日四天王が迎えに来たじゃないですか。彼らにも哲学を教えてあげればよかったのに」
「君が教えればよかったではないか」ロゴスが微笑む。
「僕が?無理ですよ!まだ先生の足元にも及びません!」
一方、アルフレッドは焚き火をぼんやりと見つめていた。
「どうでもいい……」
「アルフレッド君」ロゴスが声をかける。「君の仲間も心配していたようだが」
「心配……」アルフレッドが虚ろに呟く。「でも僕がいなくても、きっと誰か別の勇者が現れるんでしょう?勇者なんて、システムが必要に応じて生み出す人形みたいなものだから……」
バルバトスが心配そうに見る。
「勇者よ、君もいずれは……」
「分からない」アルフレッドがため息をつく。「今の僕には、何も分からない」
ロゴスは静かに焚き火の薪をくべながら言った。
「明日は天使が来るかもしれないね」
「え?」バルバトスが振り返る。「なぜ分かるんですか?」
「神の怒りは聞こえていたからね」ロゴスが苦笑する。「どうやら私は『バグ』認定されてしまったようだ」
「バグって……」アルフレッドがぽつりと呟く。「確かにそうかも。僕たちも、プログラムから外れちゃったんだもんな……」
「まあ、所詮はシミュレーションだ」ロゴスが肩をすくめる。「気楽にいこう」
だが、彼らはまだ知らない。明日から始まる戦いが、世界の根本を揺るがす哲学論戦になることを。
「君たちの世界、たぶんゲームだよ」と真理を説いたら、魔王には弟子入りされ、勇者は病んだ件について さそり @usausakenusa
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