「君たちの世界、たぶんゲームだよ」と真理を説いたら、魔王には弟子入りされ、勇者は病んだ件について
さそり
真理に至った男
第1話 真理に至った男
次元の隙間に浮かぶ小さな島で、一人の男が座禅を組んでいた。
髪は腰まで伸び、髭は胸元を覆っている。何年もの間、この男——ロゴスは思索に明け暮れていた。
食事は島に自生する果実と湧き水。娯楽は哲学書を読み、考えること。そんな隠遁生活を続けて早十年が経とうとしていた。
「……ああ、そうか」
突然、ロゴスの目が見開かれた。
長い長い思索の果てに、ついに辿り着いたのだ。究極の真理に。
人生に意味などない。神など存在しない。仮にいたとしても、それは全知全能の超越的存在ではなく、ただの自然現象に過ぎない。
そして何より——この世界は、どこか別の次元の誰かが作ったシミュレーション世界である可能性が極めて高い。
「なるほど、全てが繋がったな」
ロゴスは立ち上がり、軽やかに笑った。真理を知った今、もう何も怖いものはない。所詮は仮想現実なのだから、気楽にいけばいいのだ。
その時、島の向こうから爆音が響いた。
「うおおおお! 貴様らを皆殺しにしてくれる!」
「神よ、我らに力を! 悪を討つ正義の剣を!」
血生臭い怒号が空気を震わせる。ロゴスは首を振った。
「また戦争か。本当に学習しないな、あの連中は」
島の向こうを覗いてみると、案の定だった。黒い甲冑に身を包んだ魔族たちと、白銀の鎧を纏った人間の騎士たちが激突している。血で血を洗う、文字通りの死闘だった。
中央で指揮を執るのは、巨大な角を持つ魔王——バルザーク。対するは金髪碧眼の美青年、勇者アルフレッドだ。
「魔王バルザーク! 今度こそ貴様を倒し、平和を取り戻してみせる!」
「ハハハ! 勇者よ、今日こそ貴様の首を取り、人間どもを絶望の淵に叩き落としてやろう!」
二人は激しくぶつかり合う。魔王の魔剣が閃き、勇者の聖剣がそれを受け止める。周囲では数百の兵士たちが命を賭けて戦っていた。
「......なんて無意味なことを」
ロゴスは深いため息をついた。真理を知った今、この光景があまりにも愚かしく見えた。
意味のない戦争で、意味のない命を散らしている。放っておけば無駄な殺戮が続くだけだ。
「仕方ない。少し教育してやるか」
ロゴスは島から出て戦場に向かった。
長い髪と髭をなびかせながら、ゆっくりと戦場へ降り立つ。
「おい、そこの君たち」
戦場に響く、穏やかな声。
あまりにも場違いな言葉に、魔王と勇者が剣を交えていた手を止める。周りの兵士たちも振り返った。そこには、まるで仙人のような風貌の男が立っていた。
異様であった。
その男は忽然と勇者と魔王の近くに現れたのだ。
「誰だ……貴様は」
魔王が男を訝しげに見つめる。
「あなたは……?」
勇者は戸惑いを露わにする。
「ああ、すまないね。邪魔をするつもりはなかったんだが」
ロゴスは苦笑いを浮かべた。
「ただ、君たちがあまりにも無意味なことをしているので、つい口を出したくなってしまって」
「無意味だと?」
魔王の顔が怒りで真っ赤に染まる。
「この私の崇高なる使命を無意味と申すか! 愚か者めが!」
「今の言葉は私も聞き捨てられない」
勇者も剣を向ける。
「我々は正義のために戦っているんだ」
「正義、ね」
ロゴスは興味深そうに首を傾げた。
「勇者よ、君の言う正義とは一体何だい?」
「決まっている。悪を滅ぼし、善を守ることだ。 魔族という邪悪な存在を排除し、平和をもたらす。これこそが正義だ!」
「なるほど。では、悪とは何かね? 善とは何かね? 誰がそれを決めたのかね?」
「そんなことも分からないのか!」
アルフレッドは鼻で笑った。
「魔族は人を害する存在だから悪で、人間は平和を愛するから善に決まっている! 神がそう定めたのだ!」
「神?」
ロゴスの目が細くなる。
「君はその神を見たことがあるのかね?」
「見る? そんな不敬な……神は信じるものだ! 信仰によって存在するのだ!」
「つまり、君が信じなければ神は存在しないということかね? それは神ではなく、君の心の産物ではないかね?」
「馬鹿な! 奇跡が起きるではないか! 私の聖剣だって神の力で——」
「君の言う奇跡とは、単に君が理解できない自然現象ではないかね? 君の剣が光るのも、魔法エネルギーの物理的発現に過ぎない。それのどこが超自然的だというのかね?」
アルフレッドの顔が青ざめ始める。
「そ、それは……だが教会で教わったことは……」
「教会で教わった? つまり、誰か他の人間から聞いた話ということかね? その人は神から直接聞いたのかね?」
「それは……その……」
勇者の言葉が詰まる。確かに神官たちも、古い書物から学んだと言っていた。では、その書物を書いたのは誰なのか?
「ふざけるな!」
突然、魔王が割って入った。
「貴様の詭弁など聞く耳持たん! 我は魔族の王として、民を導く使命がある! それが我の存在意義だ!」
「使命、ね」
ロゴスは魔王を見つめた。
「その使命は、一体誰が君に与えたのかね?」
「生まれながらに備わっているものだ! 魔王の血族として、当然の責務だ!」
「本当にそうかね? もしかして、君はただ周りの期待に応えているだけではないかね? 魔王だから魔王らしく振る舞わなければならないという思い込みではないかね?」
「思い込みだと?」
バルバトスの声が震える。
「我は生まれた時から魔王として育てられ——」
「そう、育てられたのだね」
ロゴスは微笑んだ。
「つまり、君の価値観は他人によって植え付けられたものだ。君が本当にしたかったことは何だったのかね?」
魔王の表情が揺らぐ。確かに、幼い頃は花を愛でることが好きだった。美しい音楽を聞くのも楽しかった。
だが魔王として生まれた以上、そんな弱さは許されないと——
「そんな……では我は一体……」
「考えてみたまえ」
ロゴスは続けた。
「君たちがどれほど善だの悪だの言ったところで、結局のところ、それは君たちの主観に過ぎない。客観的な善悪など、最初から存在しないのだよ」
「そんなことがあるものか!」
勇者が叫ぶ。
「善悪は絶対的なものだ! でなければ、この世界に秩序などない!」
「秩序?」
ロゴスは肩をすくめた。
「君の言う秩序とは、強者が弱者に押し付けたルールに過ぎない。それを神が定めたと言い張っているだけではないかね?」
「うっ……」
「第一」
ロゴスの目が鋭くなった。
「君たちは重要な可能性を見落としている」
「可能性?」
「この世界そのものが、どこか別の次元の誰かが作ったシミュレーション世界だという可能性をね」
戦場が水を打ったように静まり返る。
「シミュレーション......?」
魔王が呟く。そんな概念は、今まで考えたことがなかった。
「そうだ」
ロゴスは静かに続けた。
「君たちの行動、思考、感情、全てがプログラムされたものかもしれない。君たちが自分の意志だと思っているものも、実は設定されたデータに過ぎない可能性がある」
「そんな……そんなことが……」
アルフレッドの手が震える。
「考えてもみたまえ」
ロゴスは指を一本立てた。
「なぜ君は勇者として生まれたのかね? なぜ魔王は魔王として生まれたのかね? まるで物語の登場人物のように、役割が最初から決まっていたのではないかね?」
「あ……ああ……」
魔王の巨体が震え始める。確かに、自分の人生を振り返ってみると、まるで台本があるかのように決まりきった展開ばかりだった。
この世界がシミュレーションだという仮説。それはこれまで世界を支配しようとするために起こした数々の行動は、自分の意志などではなく、何者かの意志によるものということ。
プライドが高い魔王にとってそれは到底受け入れ難かったが、同時に聡明であった魔王はその仮説に対しての反論が全く思いつかなかった。
「それに」
ロゴスは畳み掛ける。
「この世界の物理法則は妙に都合よくできていないかね? 魔法というチート能力があり、レベルアップという成長システムがある。まるでゲームのようではないか」
「ゲーム……」
勇者の顔が青ざめる。言われてみれば、確かにそうだった。なぜ魔物を倒すとなぜか強くなるのか、なぜ薬草を食べると傷が治るのか、今まで疑問に思ったことがなかった。
「そうか……そういうことか!」
魔王が突然膝をついた。
「全て……全てが作り物だったのか! 我の使命も、我の誇りも、我の憎しみも!」
「ちょっと待て!」
勇者が叫ぶ。
「だとしても、僕たちには感情がある! 意識がある! これは本物だ!」
「本物の意識と、プログラムされた意識を、君は区別できるのかね?」
ロゴスは冷静に問う。
「もし完璧にプログラムされた意識があったとして、君はそれを本物と区別できるかね?」
「それは……」
アルフレッドの言葉が止まる。確かに、区別などできるわけがない。
「でも……でも……」
勇者の声が震える。
「じゃあ僕の人生は何だったんだ……僕が頑張ってきたことは……」
「無意味だった、ということだね」
ロゴスは優しく微笑んだ。
「だが、それがどうしたというのかね?」
「何って……」
「意味がないからといって、君の体験が偽物になるわけではない。痛みを感じれば痛いし、喜びを感じれば嬉しい。それで十分ではないかね?」
魔王が顔を上げた。涙を流している。
「先生.……」
「ん?」
「もっと……もっと教えてください!」
巨大な魔王が、子供のように縋りつく。
「私は何も知らずに生きてきました! この世界について、存在について、真理について! どうか私を弟子にしてください!」
一方、勇者は膝を抱えて丸くなっていた。
「意味がない……僕の人生に意味がない……正義も……神も……全部嘘だったんだ……」
「アルフレッド君」
ロゴスは勇者の肩に手を置いた。
「意味がないことを、そんなに恐れる必要はないよ。むしろ解放されたのだ。もう誰かの期待に応える必要はない」
だが勇者は答えない。ただ虚空を見つめて呟く。
「でも……でも僕は何のために生まれて……何のために生きて……」
「うむ」
ロゴスは頷いた。
「どうやら彼はニヒリズムの沼にはまってしまったようだね。まあ、通過儀礼のようなものだ。いずれ立ち直るだろう」
魔王バルザークは必死にロゴスの袖を引っ張っている。
「先生! 私にも真理を教えてください! 本当の生き方を教えてください!」
「分かった、分かった」
ロゴスは苦笑した。
こうして魔王は弟子入りし、勇者は人生の意味を見失った。
「君たちの世界、たぶんゲームだよ」と真理を説いたら、魔王には弟子入りされ、勇者は病んだ件について さそり @usausakenusa
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