レンタル何もしない魔王

綾白

何もしない。でも、それが一番やっかい。

 最近、物騒だからと母が犬を飼い始めた。


 やんちゃな犬で、ひとりで留守番させると部屋がめちゃくちゃになる。

 だから母が外出するときは僕が家にいなければならない。


 でも、遊びに行きたい……。


 そこで閃いた。


 『何もしない人』をレンタルしよう。

 うちの犬は知らない人の前では大人しい。


 さっそくスマホで検索すると妙な広告が目に入った。



 『レンタル何もしない魔王』



 魔王……?


 冗談だろうと思いつつ依頼してみた。



 時間ぴったりに現れたのは、漆黒のローブを纏い角を生やした偉丈夫。


「魔王……さんですか?」


「如何にも」


 鷹揚に頷く魔王。


 ローブの裾が風に舞い、辺りの気温が下がった気がする。

 その背に圧倒的なオーラが渦巻き、犬は一瞬で大人しくなった。


 ……まあ、いいか。


 僕は魔王をソファに案内しTVをつけてお茶を出した。

 そして、そっと家を出た。


 帰宅すると魔王はソファでくつろぎ、犬は静かに座っていた。



 だが────



 犬の首が三つに増えている……えっ!??



 愕然としつつ六つの瞳と視線を合わせると、どことなく誇らしげだ。



 ────いやいやいや、なんで!?!?



 僕は焦る気持ちを落ち着かせるために、ひとつ深呼吸をした。

 そして静かに魔王に問いかけた。


「……犬に何かしました?」


「何もしていない」


「いや、首が……」


「こやつは、地獄の番犬に進化したのだ」


 どうやら魔王は何もしなくとも、ただ居るだけで犬を進化させるらしい。

 僕はため息をつき犬を見つめた。


「……元に戻せますか?」


「造作もない」


「じゃあ、お願いします」


「断る」


「なぜ……?」


「何もしない契約だからだ」


「…………」



 仕方なくスマホで『レンタル勇者』を検索したそのとき、母が帰宅した。

 ケルベロス化した愛犬を見た母は、魔王に向かって一喝。



「自分の影響力に責任を持ちなさい!」



 ぐうの音も出なかった魔王は犬を元に戻して帰っていった。



 母はやっぱり強い。


 僕はこってり叱られた。



 その夜ケルベロス犬の画像をこっそりSNSにアップしたらバズったことは、母には内緒だ。




 ────魔王から“いいね”がついたことも、もちろん内緒だ。

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レンタル何もしない魔王 綾白 @aya-shiro

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