第15話

 そのミッションを告げるメールを受け取ってから、大吾の母、京香は表情には出さないが密かに狂喜乱舞していた。

 京香はイレギュラーに心当たりがあった。

 他ならない自分の息子、大吾だ。

 自分の身代わりとしてゲームに参加させるために連れてきた大吾だが、結局その目論見はうまくいかず、京香はゲームに参加する羽目になっていた。

 しかし、本来ゲームに参加するはずのない大吾まで参加させられているのを見て、憤慨していた。

 決して大吾の身を案じて憤慨したわけではない。

 大吾を参加させるのならば、自分は不参加でもいいではないかと。

 なんとも身勝手な言いがかりも甚だしい言い分だが、京香はそれが正当な主張だと思っている。

 しかし、その怒りもメールを見た今ならば許せる。

 大吾はこのために参加させられていたのだと理解して。

 そして、大吾を殺せば自分は助かり、しかも賞金までもらえる。

 まだ他の参加者はイレギュラーが誰なのかさえわかっていない。

 ならば、チャンスだ。

 そこに実の息子を殺すことに対する忌避感などない。

 あるのはただただ己の保身と賞金に対する欲望だけ。


 思わず笑みがこぼれそうになるが、それを我慢する。

 今、変な行動を起こしてあらぬ疑いをかけられるわけにはいかない。

 なぜならば、今この瞬間、この場は一歩間違えれば戦場となりえるのだから。

 場には張り詰めた緊張。

 もしかすればこのメンバーの中に潜んでいるかもしれない、イレギュラーとそのパートナーである狼を警戒して。

 メールによれば、イレギュラーは参加者である羊に偽装している。

 となれば、そのパートナーである狼もまた、羊に偽装して参加しているはずだ。

 もしかしたら、武器を持った狼が何食わぬ顔をしてこの中にいるかもしれない。

 そう思えば、メンバーたちが疑心暗鬼に陥るのは当然だった。


 メールを受け取った直後から続く緊張感。

 この中にイレギュラーとそのパートナーである狼はいるのか?

 猜疑の目が他のメンバーに向けられ、場の空気は険悪になりつつあった。

 それをリーダーである昭信が言葉を尽くしてなだめようとするが、メンバーたちの猜疑心は晴れない。


「なあ、もしかしてあんたがその狼なんじゃないだろうな?」


 メンバーのうちの一人が、昭信にそう言ったことから、場の空気はさらに悪くなった。

 考えてみれば、本来争い合っていてもおかしくないはずの赤の陣営と、青の陣営、両方の参加者を引き入れている時点でおかしい。

 普通ならば同じ陣営同士で組むはずで、このような混成チームができあがることはまずない。

 それは、昭信が狼で、獲物を一所に集めるためだったんではないか?

 そう考えればつじつまが合う。


「違う!」


 昭信は否定するが、その必死な姿が逆に疑いを深める。


「違うってんなら証明してみせろよ!」


 そんな無理難題を言われる。

 不在の証明ほど難しいものはない。

 それと同じで、昭信には自身がイレギュラーでも狼でもないことを証明する手段がなかった。

 京香はここにイレギュラーがいないことをよく知っている。

 が、それを口にすることはない。

 せっかくイレギュラーの正体を知っているという、他の参加者から一歩進んだ状態を、自ら手放すつもりはなかった。

 しかし、言うつもりはないが、事態はまずい方向に進んでいっている。

 このままではこのチームは空中分解する。

 そうなれば、京香は寄生先を失い、頼りないパートナーと二人でこの過酷なゲームを生き残らなければならなくなる。

 大吾を見つけることさえできればこんなチーム出し抜いてさっさとゲームからおさらばできるが、それまではこのチームに何とか存続してもらった方がいい。

 そう思うが、ここで昭信のことをかばうなんて目立つ行動は起こせない。

 余計なことをして疑われるなんて御免だ。


「そいつは狼じゃない」


 喧々囂々と言い合いが続く場で、それでもその声はよく通った。

 声の主は、今まさに戻ってきた裏切りの狼、和正だった。

 その手には食料の入ったケースが握られている。


「イレギュラーが誰なのかは知らんが、その相方の狼はついさっき遭遇した」


 そんな爆弾発言を、戻ってきて早々にした。


「よりにもよって俺が探していた式守優がそのイレギュラーの相方だ。参加者が着る赤い恰好をしていたからまず間違いない」


 吐き捨てるように断言した和正の言葉に、一瞬奇妙な空白が生まれた。


「信じられるか! お前だって狼なんだろ!? そいつと共謀して俺らをはめようってんじゃねえだろうな!?」


 昭信を責めていた男がなおも言い募る。

 しかし、その口調にさっきまでの威勢はなく、自分の主張が間違っていたことを認めたくないがために言いがかりをつけているのは、誰の目を見ても明らかだった。


「そんなに嫌なら抜ければ?」


 そんな男に、冷ややかな声がかけられる。

 和正と一緒に戻ってきた、浩司だ。


「別に一緒にいることを強制してるわけじゃない。そんなに疑うなら出ていけばいいだろ? もちろんその場合この食料を渡すわけにもいかないし、今後助けを求められてもそれに応じることはできない。けど、それでいいだろ? 出てけよ」


 ぞんざいな浩司の物言いに、男は顔を真っ赤にする。


「おい! 年長者になんて口の利き方するんだ! ええ!? みんなもそう思うだろ!?」


 同意を求めて周囲を見回す男。

 が、男に返ってきたのは白い目か、さっきまで男に同調していたために気まずげに目線をそらすかのどちらか。

 その反応で、どちらに分があるのか男も理解したようだった。

 顔を真っ赤にして悔しそうに唇をかむ。


「で? 出てくの? 他の連中も、出ていくならば勝手にすればいいじゃん」


 浩司の言葉に従って出ていく人間はいなかった。

 喚いていた男だけは小さく体を動かしたが、その手をパートナーの女性がとって首を大きく横に振ったことで、その動きを止めた。


「足立君はああ言ったけど、僕はここにいる全員で生きてこのゲームを乗り切りたいと考えてる。どうしても抜けたいのならば止めないけれど、もう少し、僕のことを信じてついてきてくれないだろうか?」


 昭信の真摯な訴えに、今度は誰も何も言わなかった。

 言える雰囲気ではなかった。


「ひとまず、ここから未来エリアへ移動する算段を整えよう。幸い、まだ時間はある。とりあえず、荷物になりそうな食べ物はここで食べてしまおう」


 昭信はそう言い、つい今しがた和正と浩司が回収してきた食料を配り始めた。






 大吾はそのメールを受け取り、混乱していた。

 イレギュラーとは自分のことだと、働かない頭でも理解していた。

 理解したからこそ混乱し、思考が停止している。

 イレギュラーを殺せというミッション。

 それはつまり、大吾を見つけて殺せというミッション。

 このメールが送られてきた瞬間から、大吾は狼だけでなく、他の参加者全員から狙われる立場になってしまった。

 これからはたとえ同じ赤の陣営の服を着ていようとも、敵として接しないといけない。


しかし、いま気にすべきはそれではないと大吾は思った。

 これまで大吾たちが遭遇した他の参加者は少ない。

 南雲のおっさんとそのパートナーの瞳。

 名前も知らない眼鏡の青年とさわやかな少年、そしてそのパートナーの女性二人。

 昨日食料を恵んでくれた胡散臭い男とそのパートナーの少女。

 合計で四組。

 初日に目の前で爆散させられたカップルを含めても五組だけ。

 隠れていれば、意外と他の参加者と接触する機会は少ない。

 だから過剰に警戒しても仕方がないと大吾は考えた。

 それに、仮に見つかったとしても、大吾がイレギュラーだと相手にはわからない。

 格好だけ見れば大吾は他の参加者と同じ、赤の陣営の服を着ている。

 それだけではイレギュラーだと判断することはできない。

 だから、上手く誤魔化せば凌げる。


 大吾が今気にすべきなのは、他の参加者のことではない。

 大吾のすぐ隣で、一緒にスマホの画面を覗いている少女の存在だ。


『そのイレギュラーはこわーいこわーい狼が守ってるから!』


 メールの最後の一文。

 その意味を、大吾は理解しようとした。

 しかし、思考が空回って上手くいかない。

 何度も何度も最後の一文を読み返す。

 文字をしっかりと読んでいるはずなのに、その言葉の意味が頭の中に入ってこない。

 あるいはそれは、その内容を理解するのを大吾自身が拒絶しているからか。

 それでも、いつまでも目を背け続けるわけにはいかない。

 じわりじわりと、長い時間をかけて大吾の脳内に、その文の意味が浸透していく。


 大吾は恐る恐る、横を向いた。

 そこには、このゲームが始まってからともに苦難を乗り越えてきたパートナーがいる。

 小柄な小動物のような外見に似合わず、なかなかに度胸のある頼れるパートナーが。

 しかし、今、そのパートナーが、得体の知れないもののように感じられた。

 そのパートナー、優と大吾の視線が合わさる。

 その目はまっすぐに大吾に向けられ、固定されたかのように動かない。

 大吾は何も言わない。

 優もまた何も言わない。

 痛いほどの静寂の中、ずっと見つめ合う。


 どれだけの時間そうしていたのか。

 永遠に続いていたようにも、一瞬だったようにも感じられる見つめ合いは、大吾が視線を逸らすことによって終わりを告げた。

 優から顔を背けるその態度には、無言の拒絶が表れていた。

 狼に対する恐怖や、今まで騙されていたという怒り。

 それらをぶつけることなく、大吾は心の壁を作り上げ、拒絶し諦めることによって平静を保とうとした。

 恐怖も怒りもある。

 が、それをぶつけることはしない。

 そんなことをするよりも、完全に拒絶してしまったほうがいいから。

 少なからず大吾は優に心を開きつつあった。

 それは死と隣り合わせという状況で、それを協力して乗り越えてきたからこそ培われた信頼。

 人間不信気味の大吾が、僅かな日にちで優のことを信頼し始めていたのは、特殊な状況下だからこそ。

 何の変哲もない日常で二人が出会ったのならば、その歩み寄りはもっと長い時間をかけなければならなかった。

 急速に近づいたからこそ、その距離が離れるのもまた一瞬。

 ああ、やっぱり他人なんか信用することはできない。

 もう、他人を信じるのは諦めよう。


大吾は無言で立ち上がり、歩き出そうとした。

その手を、優が握り締める。

そのままの状態で、また動きが止まる。

二人の間に会話はない。

大吾が優の手を振りほどくことはなかった。

完全に拒絶するのであれば、振り払って去るべきだと思うのに。

大吾は優のことを拒絶しきれない自分がいることに、内心で驚いていた。

同時に、優が狼であると知った今でも、優に殺されるというビジョンだけは浮かばないことにも。

 他人はみんなクソだ。

 特に女は最悪だ。

そう思っていたはずなのに、ここ何日間で絆されてしまったらしい。

築き上げた信頼が崩れるのは一瞬。

しかし、その全てが崩れてなくなるわけではない。


「これだけは、信じてください」


 今にも消え入りそうなか細い声。

 大吾は少しだけ後ろを見た。

 そこには、捨てられる寸前の子犬のような表情の優がいた。


「大吾君を守るのは、運営とか関係ない、私の、私だけの意思です」


 それは自分が狼であり、運営の回し者だと認める発言。

 しかし、それとは関係なしに、大吾のことを守ろうと行動してきたと、そう言っていた。

大吾は優に手を握られたまま、天井を見上げた。

まだ、頭の中はごちゃごちゃと混乱している。

優のことを信用できない気持ちと、優のことを信用してもいいんじゃないかと思う気持ちがせめぎ合い、結論を出せないでいる。

諦めたはずだった。

他人は信用できないと。

けれど、このゲームを通じて、大吾は助け合うということを知った。

他人と苦楽を共にすることを知った。

協力して危難を乗り越えれば一緒に喜び、誰かを守るために立ち上がり、足でまといになることに悔しさを覚える。

それは、これまでの人生の中で遠ざけ、自分にはできないと諦めていたことだった。

そして、知ってしまうと悪くないと思えることだった。

それを教えてくれたのは、他ならない優だ。


 大吾は迷った。

 優の手を握り返すか、それとも振り払うか。

 しかし、大吾はそのどちらも選択することはなかった。


「っ!?」


 優が背中にタックルするように飛びついてきた。

 小柄な優の体当たりなんて、そこまでのダメージにはならない。

 しかし、完全に想定外のことに、身構えていなかった大吾の体は前のめりになって地面に倒れた。

 直後、さっきまで大吾がたっていた場所を、何かが通過していった。

 地面にうつぶせに倒れた大吾はその通過していったものが何かを確認できない。

 が、何かが通り過ぎたということは音でわかった。

 まるでバイクの音のように聞こえた。


 すぐにのしかかっていた優の重みが消える。

 大吾が慌てて起き上がった時には、優はマシンガンを構えていた。

 そして、大吾が優の視線の先に目を向けると、そいつらはいた。

 前面にチェーンソウのような刃を展開したバイクに乗った男。

 さっきの音の正体はまるでも何も、バイクの音だった。

 ただ、そこにチェーンソウの音が加わっているが。

 大吾の脳裏に浮かんだのは狼という単語。

 どう見てもそのバイクは狼の持つ武装。

 しかし、それにまたがる男女の装いが大吾の予想を裏切る。

 バイクにまたがる男の服は青い。

 それはつまり、青の陣営に属する参加者だということ。

 狼を逆に狩る、羊。

 狼よりも厄介な相手だった。


 走り去るバイクに向けてマシンガンが火を吹く。

 バイクに乗った男はそれほど広くない建物内の通路で器用に蛇行運転し、優の放った弾丸をやり過ごしてしまう。

 それどころか、スピンして向きを反転させ、再びそのチェーンソウの刃を向けながら突進してきた。

 大吾は咄嗟に優の手を引き、すぐそこのバイクが入ってこれないような狭い通路に逃げ込む。

しかし、その判断が間違いだったことを、すぐに思い知ることになった。


 逃げ込んだ通路に、何かが浮いていた。

 それはプロペラのついた、小さなドローンのような物体。

 ただ、丸みのあるその見た目は、ドローンというよりかはまるで手榴弾のように見えた。

 咄嗟の判断だった。

 大吾は偶然そこにあった、優がついさっき大量に確保してきた食料の入ったケース、その山の後ろに飛び込んだ。

 直後、ケースの山が衝撃とともに崩れる。

 あの手榴弾のようなドローンが爆発したのだ。

 大吾は優を押し倒すような体勢で地面に転がる。

 その背中に、吹き飛んできたケースが降り注ぐ。

 襲いかかるその痛みに耐え、下にいる優を庇う。

 信じる信じないというさっきまでの葛藤はきれいさっぱり忘れさっていた。

 というよりも、そんなことを気にしている余裕がなかった。


 青の陣営の参加者の襲撃。

 しかも、タイミングからして大吾と優の会話は聞かれていたかもしれない。

 そうなると、大吾がイレギュラーだということも知られてしまっている。

 参加者であれば、大吾のことは是が非でも殺したいと思うはずだ。

 完全に狙われていた。

 しかも、ただの参加者ではない。

 狼を返り討ちにし、その武装を奪うだけの実力者。

 それも、二つ。

 一つは男のほうが乗っているチェーンソウつきのバイク。

 もう一つは先ほどの、爆発するドローン。

 バイクの方は機動力と殺傷力を兼ね備えた武装。

 ドローンは遠隔から操作して好きなタイミングで爆発させられるものだと大吾は推測した。

 ドローンの方は爆発してしまう関係上使い捨てだろうが、その残数は一つということはないと大吾は考える。

 バイクで追い詰め、その先でドローンが待ち構える。

 完全に殺しに来ている。

 その事実に大吾は吐き気さえ覚える程の緊張感を味わった。


 大吾は背中に乗ったケースを振り落とし、痛みに呻きながら立ち上がった。

 そして、爆発したあとを確認する。

 ドローンの爆発したあとは、そこまで破壊されていなかった。

 地面や壁が派手に崩壊しているなんてことはない。

 代わりに、無数の金属片が地面や壁に突き刺さっていた。

 爆発の威力のなさを、その金属片で補っているようだ。

 そこまで確認し、大吾は通路の上、二階部分に目をやった。

 この建物は吹き抜けになった二階構造。

 大吾が逃げ込んだのは、職員専用の部屋へとつながる行き止まりの通路。

 誰かがその通路に入れば、すぐそばにいた大吾と優が気づかないわけがない。

 ならば、ドローンを飛ばした人間は、通路の先ではなく、通路を見下ろせる二階部分にいる。

 大吾は頭で考えたわけではなく、直感でそれを確信した。

 その直感は正しく、大吾は二階にいる女性を発見した。

 その手にはコントローラーのようなものが握られ、背には大きな箱のようなものが背負われている。

 その箱から、さっき見たドローンが飛び出してくる。

 が、今度は女性の方が逃げ出す番だった。

 優のマシンガンが女性に向けて火を吹く。

 女性は慌てずに射線の通らない位置まで下がったのか、大吾のところからその姿を確認できなくなった。

 しかし、ドローンは飛んでくる。


 大吾は食料の入ったケースを一つだけ抱えると、通路を飛び出した。

 直後背後で上がる爆発音。

 そして、大吾たちが通路から飛び出してくるのを待っていた、チェーンソウのバイク。

 大吾はエンジンの唸りを上げて迫るバイクを躱した。

 バイクが動きにくい、展示されているロボットとロボットの間に飛び込む。

 チェーンソウが張りぼてのロボットの腕を切り飛ばし、火花を上げて優のすぐそばを通過していった。

 優がお返しとばかりにマシンガンで掃射するが、バイクに乗った男も張りぼてのロボットを盾にして弾丸を防いでいた。


 かすかに聞こえたプロペラ音に、大吾はそちらの方を見ることなく優の手を引いて駆け出す。

 背後で上がる爆発音。

 ひやりと、背中に冷たい汗が流れる。

 大吾は二回に上がるための階段を目指し、走る。

 その背後から迫るバイクの音。

 優が後ろを振り向き、マシンガンを掃射する。

 大吾は振り向かなかったが、バイクの音が背後から逸れていくのが聞こえた。

 が、優のマシンガンが弾を吐き出すのをやめてしまう。

 弾切れだ。

 優は慣れた手つきで空のマガジンを輩出し、予備のものに交換していく。

 しかし、敵もさるもので、その優のわずかな隙に接近してきた。

 人間の足と、狭くて多少機動力が落ちるとは言えバイクでは、そもそもの土台が違う。

 逃げ切れる道理はない。


 大吾は後ろを振り向き、迫り来るバイクを視界に収めた。

 そして、唸りを上げるチェーンソウも。

大吾はバイクの進路上に、ケースを地面に放り投げた。

ちょうどバイクの前輪が乗り上げるような位置に。

同時に優の手を引いて横に飛ぶ。

流石にすぐそばで投げられたケースを避けることはできず、バイクの前輪にケースが当たる。

が、大吾の目論見通りにバイクがそのケースに乗り上げることはなかった。

狭い所を走っていて速度が出ていなかったことや、ケースの厚みがあったこともあり、バイクの前輪はケースに乗り上げることなく、ケースを引きずるような形になった。

それはただ乗り上げるだけよりも大きな成果を出す。

前輪にケースがまとわりついたことによって、操縦の手元が狂い、バイクは横倒しになって大吾と優の目の前を通過していった。

ただ乗り上げただけならば、操縦者の技量もあって華麗に着地されていただけだったかもしれない。


バイクが展示されているロボットに突っ込む。

 甲高い、不快な音を立てながら、バイクについたチェーンソウがロボットの体を切り裂いていく。

 その刃がロボットの体の半ばまで埋没してしまい、取り外すのは大変そうだった。

 これで、バイクは使えなくなった。

 しかし、その搭乗者は、横転する直前にバイクから離脱しており、受身を取って転がり、そのままの反動を利用して立ち上がっていた。

 さながらアクションスターのようなその動きに、大吾はそんなのありかよと絶句する。

 上げられたその顔には、強い眼差し。

 その視線は大吾ではなく、優に向けられていた。


 バイクの男、早乙女刀也と、優の視線が交錯したのは一瞬。

 次の瞬間にはマガジンを装填し終えた優がマシンガンの引き金を引いた。

 咄嗟に刀也は回避行動を取るものの、避けきれずに血の花が咲く。


 だが、それと同時に、大吾の耳元でプロペラの音が響いた。

 そう、すぐ耳元で。

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