第13話

 式守優は殺人鬼である。

 彼女のそれは育つ過程でそうなったともいえるし、生まれながらにしてそうであると定められたかのような性質でもあった。

 彼女は殺人の天才。

 身体能力が優れているわけでも、特別な技術を身に着けているわけでもない。

 だというのに、人を殺すというその一点にのみ、優れた素質を見せる。

 殴りあえばいともたやすく昏倒させられそうな少女。

 実際に年齢に見合わない小柄な優では、大半の人間に力負けしてしまう。

 だというのに、相手を殺していいという条件が付くならば、優は誰にも負けなくなる。

 どうすれば相手を殺すことができるのか、どうすれば自分が殺されずに相手を殺すことができるのか、それを本能的に理解している。

 だけでなく、信じられないような偶然が優を生かし、相手を殺す。

 大の男が為す術もなく小柄な少女に殺される。

 そんな普通に考えればありえないようなことを、優は実行してしまう。

 おおよそ常識では語れないその事実は、まるで魔法でも使っているかのよう。

 しかしながら、優にそんな超常の力があるわけではなく、どこまでも物理的にそういった結果が残るのみ。

 たとえば、マシンガンを持った屈強な男が、偶然にもジェットコースターの発進に巻き込まれて死んだり。

 ただ、その信じられない結果を前に、目に見えない何かが働いているのではないかと錯覚したくもなる。

 尤も、そんなものがあると証明する手立てはなく、結局のところ式守優には殺人の才能があるのだと言うしかない。


 そして、殺人鬼としての才能を持った彼女は、心の底から殺人鬼でもある。

 才能を持っていても、それが使われなければ意味がない。

 殺人などという才能は、本来であれば使われないに越したことはない、忌むべきもの。

 しかし、優はそれを何の躊躇もなくふるう。

 彼女にとって殺人は忌むべきことでも何でもなく、ただ生きているうえで自然とこなしてしまうこと。

 人が呼吸を行うかのように、優にとって殺人は生理反応や日々の日課のごとく自然と行ってしまうもの。

 それをやめようとは思わない。

 優にとって殺人は善悪で判断することではなく、損得で判断すべきものだからだ。

 この人間は殺しても損にはならない。

 この人間は殺すと損をする。

 この人間は殺すと得だ。

 この人間は殺すと得にならない。

 そこに善悪の基準はなく、スーパーで野菜を買う時のような気やすさだけがある。

 優にとって、殺人は主婦が買い物をするのと同じ程度の重さしかない。

 この野菜は安いから買っておこうという程度の考えで、この人物は殺そうと決断する。

 それはもはや決断などという強い意志を感じさせる言葉で言い表すことはできない、下手をすれば無意識に野菜を買い物かごに放り込むがごとく。


 異常。

 その才能もそのあり方も。

 およそ常人とはかけ離れている。

 それゆえにか、優は他人のことが理解できない。

 優もまた、他人に理解されない。

 そんな異常を抱えながらも、優は人であった。

 人以外の何かにはなれなかった。

 血も涙もない本物の化物であったのならば、思い悩むこともなかったかもしれない。

 しかしながら彼女は異常ではあっても人であり、人であるからには当然の欲求や願望があった。


 すなわち、恋をしてみたい。

 彼女も思春期真っ盛りの乙女。

 普通の少女のように恋愛に興味がある。


 しかしながら、異常である彼女にとってそれは難易度の高い要求だった。

 そもそも優は他人を同じ人として見ることができない。

 優から見た他人というのは殺して損をするか得をするかという、その二択。

 物の品定めと同じで、者として見ることができない。

 殺人鬼として生きてきた関係で、同族にも会っている。

 そんな殺人鬼でも優は人として見ることができなかった。

 同族であって同種ではないから。

 くくりとしては同じ殺人鬼であっても、そこには明確な違いがある。

 優に殺されたマシンガンを持った狼がそのいい例で、彼は人を殺すことに快楽を感じる愉快型の人間だった。

 しかし、優は人を殺して楽しいと感じたことはない。

 優にとって殺人は生理現象に近い。

 必要だからやるのであって別に楽しいとも好きだとも思ったことがない。

 同じ類人猿でもサルとゴリラが違うように、同じ殺人鬼でも違う。

 人間がサルやゴリラを恋愛対象にできないように、優もまた同じ殺人鬼であっても同種として見ることができず、恋愛対象に見ることはできなかった。

 だからこそ、優はずっと同種を探し求めている。

 そして、同種になりえる人間にやっと出会った。

 それが、柏木大吾。


 なぜ、優が大吾に目を付けたのか、それは大吾の生い立ちが自分に少し似ていたから。

 生まれた時から両親から虐待を受けていた。

 それは大吾の半生と似通っている。

 違いがあるとすれば、大吾は耐え忍び成長したのに対し、優は自らの手で自由を勝ち取ったということ。

 彼女は実の両親を殺した。

 年齢にして四歳のころ。


優は最初から両親を殺そうと思って行動したわけではない。

 どうすれば暴力を振るわれなくなるか、幼い頭で考えた末の凶行。

 叩かれると痛い。

 あんまりにも痛いと動けなくなる。

 優はどのくらい痛めつけられると動けなくなるのか、それを自身の身をもって知っていた。

 だから、逆に両親を痛めつければ、動けなくなって暴力を振るわれることはない。

 そう思っての行動。

 目には目を、歯には歯を。

 復讐と呼ぶには恨みの少ない、ただただ暴力から逃げ出すための苦肉の策。

 結果として、優の両親は動けなくなった。

 永久に。


 当時その事件の捜査に当たった刑事はただ一言、「異常」とだけもらした。

 虐待によって親が子供を殺してしまうという事件はある。

 しかし、その逆は珍しい。

 虐待された子供は心理学的に、虐待を加えている親に逆らえなくなっていくものだからだ。

 これがある程度成長した子供ならばまだ親に逆らうこともあり得る。

 が、当時の優は小学校にすら通っていない幼児。

 親に逆らう思考も手段もなかった、はずだった。

 それでも事件は起きた。

 そのころからすでに、優は殺人鬼としての才能を開花させていた。


 それから、彼女は事件を担当した刑事に養子として引き取られた。

 彼は優の異常性に危機感を覚え、常識を教え込み、何とか常人として更生させようと努力した。

 普通の少女のように教育し、普通の少女のように少女漫画やアニメを見せ、普通とはどういったものであるかを教え込む。

 優が殺人鬼という異常を抱えつつも、常識をかろうじて理解しているのは彼のこの教育のたまものだ。

 しかし、そんな彼の努力もむなしく、優はどこまでいっても殺人鬼であった。

 その目に人間は殺して得をするか損をするかでしか映らない。

 一度外れてしまった箍は、二度と元には戻らなかった。

 それどころか、下手に常識を身に着けてしまったがために、自身の異常性に自覚を持ってしまった。

 そして思ったのだ。


「やばい。このままだと私、一生結婚できない!」


 そんな冗談のような理由で、優は育ての親である刑事を殺害した。

 自分の同類、すなわち殺人鬼を探すにあたって、彼は優にとって邪魔な存在でしかなかったから。

 育ててもらった恩はある。

 それでも、優の目に、彼は殺した方が得だとしか映らなかった。


 そして優は同類を探し求め、このゲームを主催している組織と繋がりを持った。

 ゲームに参加する狼と羊。

 その両方に目を光らせ、自分の同類を探すために。

 そうして、狼一号と呼ばれ、羊たちに恐怖される最悪の殺人鬼が出来上がった。


 しかし、優の目的は達成できていなかった。

 彼女の目的は恋人探しであって、殺人鬼として大成することではない。

 これまでのゲームで優は数多くの人間を見てきた。

 殺人に酔っている人間。

 金のために殺人を犯す人間。

 自身を守るために相手を殺す人間。

 それらを見てきたが、優のお眼鏡にかなう人間はいなかった。

 どれもこれも違う。

 そのうち、焦りと諦めが半々、優の心を占めるようになってきた。

 このままでは自分の同類は見つからないのではないかという焦り。

 どうせこのまま自分の同類は見つかりっこないという諦め。

 半ばゲームに参加し、参加者を殺すことが惰性になりつつあった時、大吾が連れてこられた。


 一目惚れだった。

 理屈じゃなく、彼しかいないと直感が訴えていた。

 母親と思しきおばさんに連れてこられた、気を失った少年。

 見た感じ、同類ではない。

 だというのに、優はその少年に一目惚れした。


 すぐに主催の一人である上杉臙脂に事情を聴きに行った。

 その少年の名前は柏木大吾。

 母親である柏木京香がゲームに参加することになったのだが、どうしてもゲームに出たくない京香が身代わりに連れてきたのが大吾だった。

 息子を平然と身代わりにしようとする母親の話を聞いても、優の表情は動かない。

 そのくらいの屑ならばゲーム参加者にははいて捨てるほどいる。

 優が気になるのは大吾のことだけ。


「ま、息子君は無関係だし、気を失ってる間に自宅に戻すことになるんじゃない?」


 臙脂の言葉に、優は待ったをかけた。


「ねえ、大吾君を私のパートナーとして参加させるっていうのは?」


 そして、本来であればゲームに参加するはずのなかった大吾は、無理矢理その舞台に立たされることになった。







「と、こういうことらしい」


 大吾に今朝運営から送られてきたメールを見せられ、優は内心の運営に対する文句を飲み込んで困惑したような表情を作った。


「こんなことって。じゃあ、大吾君は何も悪くないってこと?」


 痛ましげな表情を作っているが、その内心は運営への罵倒であふれている。

 どうしてこのタイミングでばらしたのか。

 予定では大吾自身には自分が参加者ではないとばらすことはないはずだった。

 訳もわからぬままにゲームに参加させ、混乱しているところに付け込んで優の存在をアピールし、吊り橋効果で一気に惚れさせるという計画だった。

 そして最後まで優が狼であることは黙っていて、無事ゲームを乗り越えた二人はめでたく結ばれる。

 そんな青写真を描いていたというのに、運営が大吾が実は参加者ではなかったということを暴露してしまったせいで、思い描いていた計画にひびが入りそうな予感を優はひしひしと感じていた。

 というかほぼ確実にそうなると優はこの時点で確信している。

 なぜならば、運営の主催者の一人はあの上杉臙脂。

 性格の悪さという意味では優の知る限りダントツで一位に君臨している男がいるのだ。

 あの男がすんなりと優の思い通りに動いてくれるわけがない。

 そんなことわかりきっていたことだったのに、大吾に一目惚れして舞い上がっていた優はそれをうっかり失念して、あろうことか臙脂本人に大吾に惚れてもらおう作戦のことを話してしまっている。

 迂闊だったと、優は後悔していた。


「それで、俺は飛び入り参加みたいな形になってるはずなんだが。そんな俺のパートナーの優にも何か特殊な事情があるのかと思って」


 さて、これはどう答えたものかと優は頭を悩ませた。

 ここで正直に自分は実は狼でしたと打ち明けるのは愚策。

 生死を共にしたパートナーだと思っていた相手が、実は運営の回し者で、しかも本来ならばこのゲームに参加するはずのなかった大吾を引き込んだ張本人。

 そんなことを馬鹿正直に明かせば、ここまでコツコツ稼いできた好感度が一気に下がるのは目に見えている。

 かといって嘘八百を並べるのも、いざ真相がばれた時が怖い。


 優の悩みは一瞬で終わった。

 何かを言う前に、大吾の持つスマホから電子音が響いたからだ。

 大吾が着信されたメールを開くのを、優は隣で眺める。

 大吾は気づいていないが、優は羊用のスマホを持っていない。

 持っているのは狼用のもの。

 狼用のスマホは緊急事態が発生でもしない限り、使い道はない。

 狼用のスマホにあるのは、運営からのメールを着信する機能と、運営へ直接繋がる電話機能。

 しかし、よほどのことがなければ電話はしない。

 狼もまた羊とは違うこのゲームの参加者であり、制限が設けられているからだ。

 本当の緊急事態でもなければコールしても運営が応答することはない。


 大吾が受け取ったメールの中身は、今朝の食料の配給の知らせと、昨晩狼が倒されたことによって、前日に出されたミッションを達成したという報告だった。

 そのミッションに失敗すれば、狼の他に狩人という別の刺客が放出されることになっていた。

 狼が試験的な兵器を持たされた実験兵的な側面が強いのに対し、狩人は本格的に武装した殺戮集団。

 そこに遊びはなく、粛々と羊を狩っていく。

 だから、もし狩人が放出されていたら、ゲームは荒れることになった。

 大吾はその狩人の恐ろしさをわかっていないからか、それとももう解決したことだからか、さして興味なさそうに画像を今朝の食料配給場所に切り替えた。

 優はその画像を盗み見て、マシンガンを担いで立ち上がった。


「優?」

「食料、取ってきますね」


 優たちの食料は既にストックが尽きている。

 昨日臙脂に譲ってもらった食料は既に食べてしまった。

 耐えられないほど飢えているというわけではないが、食料は回収できるときにしておいた方がいい。


「わかった。行こう」


 当然のように優に同行しようとする大吾を、手で制する。


「大吾君はまだ傷が痛むでしょ? だからここで待っててください」


 大吾は優に言われた言葉を頭の中で反芻しているのか、腰を浮かしかけた姿勢のまま固まった。

 そして、少ししてから悔しそうに顔を歪め、浮かしかけた腰をやや乱暴に落とした。


「足手まとい、だよな」


 疲れたような声音でそう呟き、聞こえるか聞こえないかの小ささで次いで「情けない」と漏らした。


「そんなことっ!?」

「いいって。今の俺が足手まといになってるのは、俺自身がよくわかってる」


 優は大吾の言葉をこれ以上否定することはできなかった。

 優は大吾のことを守っているといい気になっていたが、大吾からするとそれは小さな女の子に守られているという、男の子からすればかなり屈辱的なシチュエーション。

 大吾のなけなしのプライドが傷ついていくのは必然のことだった。


「足手まといなんかじゃないよ! この武器だって、大吾君が必死に戦ったから手に入ったんだし! ほら、大吾君のおかげだよ! だから、今度は私が働く番だって」


 必死に大吾を励ます優。

 実際は、大吾が頑張らなくても優はマシンガンの元の持ち主である狼の男を単身で殺すことができた。

 が、そんなことは言わない。


「そっか。じゃあ、頼めるか?」


 優の慰めが効いたのかどうか、大吾は幾分気力を取り戻したようだった。


「もちろん! 任せて!」


 大吾の問いかけに、優は元気よく答える。


「じゃあ、行ってきます」

「ああ。気を付けて」


 あ、なんか今のやり取り夫婦みたい、という、この場にそぐわない感想を抱きながら、優は食料の配給場所に向かった。







 未来エリアの食料配給場所は、とある建物の中だった。

 未来エリアは同じような白い建物が並んでいるが、その建物は中でも一回り大きい。

 その建物は四角が基本の他の建物と違い、中心部がドーム状となっている。

 その建物の名称は、宇宙旅行館。

 最新の宇宙開発技術をホログラムを交えた映像で紹介し、同時に映像と模型を組み合わせて星々の解説なども行う施設。

 要はハイテク技術を使ったプラネタリウムを中心に据えた宇宙博物館だ。

 アトラクションの中では静かで、大人向けのものとなる。

 完成した暁には、人々は座席に座り、精緻な模型と最新のホログラム映像を混ぜ合わせたプラネタリウムを鑑賞し、その後博物館となっている外周施設を回って外に出ることとなる。

 実に優雅な一時を過ごすことになるだろう。

 しかし、そんな宇宙に思いをはせる場所となるはずの建物の中は、現在粉塵と硝煙と鉄臭い臭いで満たされていた。


 優は相手が死んだことを確認し、マシンガンの銃口を下げた。

 プラネタリウムとなる中央のドーム、そこには数人の死体と、落下した天体模型が砕けて転がっていた。

 完成していれば機械で自動操作され、ドームの宙を舞い観客の目を楽しませる予定だった天体模型。

 それが落下し、下にいた人間を押しつぶしていた。

 食料をただでは渡さないという、運営による罠。

 ここまで生き残っている羊たちにしてみれば、そうそう引っかからないような単純な罠。

 しかし、現に彼らはそれに引っかかり、命を落とす羽目になっている。

 

それをなしたのは、優という狼。

 優は彼らにマシンガンの弾丸を容赦なく撃ち込み、あるいはその弾丸でハチの巣にし、あるいは落下してくる天体模型の下敷きになるように誘導した。

 優は羊を狩る狼。

 大吾という存在がそばにいなくなったことで、その本来の姿を取り戻していた。

 かつて最悪と言われた狼一号としての姿を。

 ただし、彼女が羊を狩るのは、狼としての責務だからではない。

 パートナーである大吾のため。

 邪魔なその他の羊が減れば、大吾が助かるから。

 大吾のために、他人を蹴落とす。

 その方が得だから。

 ゲームも四日目となり、参加者の数はだいぶ減った。

 もう残っているのは一癖も二癖もある人間ばかり。

 だからこそ、始末しておく意義がある。

 残りの数からいって、同じエリアにいる生き残り参加者はそれほど多くない。

 食料を求めてきた参加者たちを待ち伏せで始末すれば、その数はさらに減る。

 参加者が減ればそれだけ大吾の安全は上がっていく。

 そうして優は食料につられて集まってきた羊たちを始末していった。


 ドームの中を見回す。

 すでに宙に浮いている天体模型は一つもない。

 そして、生きている人間もいない。

 それを確認したうえで、優は悠々と食料の入ったケースに手を伸ばす。

 が、それを手に取ることはしなかった。

 正確には、手にすることができなかった。


 新たな生贄が、やってきたから。


「式守優!!」


 叫び、駆け出す男。

 しかし、その男はそれまでに始末した人間よりも厄介。

 それは優の育ての親、式守重三の後輩。

 元刑事にして、裏切り者の狼、佐藤和正だった。

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