第12話

 夜。

 建設途中の巨大遊園地に灯る明かりが全て消え失せる。

 周囲に光源はなく、月明かりだけが暗闇をわずかに照らす。

 が、夜でも街灯の明かりがあることに慣れ親しんだ者たちにとって、その月明かりは非常にか細く心もとない。

 ほとんど暗闇で見通せないと言ってよかった。


 そんな暗闇の中を、数人の男たちが進む。

 浩司と昭信を筆頭とした狼襲撃のメンバーだ。

 彼らの目的は、本土とこの人工島とを繋ぐ橋、その前に陣取っている狼を倒すこと。

 ミッションを達成し、狩人の放流を防ぐために。


 昭信は深夜まで待ってみたが、結局ミッションは達成されなかった。

 このままだと、朝には狩人とやらが十人追加されてしまう。

 他の参加者がミッション達成条件の狼撃破を達成してくれるのを祈るのと、自分たちで危険な橋を渡って狼と戦うのと、どちらがよりよいか。

 昭信は悩みに悩んだ末、狼を襲撃すべきという浩司の案に乗ることにした。

 どちらにしてもリスクが高いのは承知。

 それならば座して待つよりかは、自らで行動したほうがいいという判断だった。


 浩司としては願ったりかなったりの展開。

 最悪昭信が提案を拒否するようであれば、一人でも行くつもりではあったが、万が一のことを考えれば囮は多いほうがいい。


 浩司は自分以外の昭信たちのことを戦力とは見なしていない。

 何せ、浩司以外の人間は争いごととは無縁の世界で生きてきた。

 いきなり武装した相手と戦えと言われても、まともにできるわけがない。

 浩司が彼らに期待するのは弾除けの囮のみ。

 足さえ引っ張らなければそれでいい。


 本当ならば囮すら普段の浩司であれば必要としなかった。

 浩司が求めるのは命を賭けた死闘であり、自らの安全に保険を掛けるような囮なんてものは好まない。

 それでも浩司が昭信たちの同行を促したのは、自らの信念を曲げてでも武器を調達すべきだと判断したから。

 

悔しいことに浩司が二度遭遇した狼は強い。

 武器がなければ太刀打ちできない。

 死闘の果てに殺されるのならばまだ納得できる。

 が、今のままでは軽くあしらわれて殺されるのがオチだ。

 それこそ他の有象無象ともいうべき参加者と同じように。

 戦いの天才ともてはやされた、浩司が。


 そんなことは許されないと、浩司は強く思う。

 生きるにしろ死ぬにしろ、華々しくなければ意味がない。

 浩司が求めるのは対等な殺し合いであって、一方的な蹂躙ではない。

 するのもされるのも、違う。

 あの狼と対等になるには、武器がいる。

 対等になった上で、存分に殺し合う。

 それで敗北し、死んだならば潔く受け入れよう。


 しかし、それにはまず武器を手に入れることから始めなければならない。

 これから向かうのはいわば前哨戦。

 本番はあの光る棒の武器を持った狼だ。

 前哨戦ごときで躓くわけにはいかない。

 だからこそ、敗北の確率を減らすために、囮として昭信たちを連れてきたのだ。

 確実に勝利し、武器を奪うために。


 とはいえ、囮がいても勝てるかどうかはわからない。

 浩司たちが得ている情報は、本土とこの人工島を繋ぐ橋の前に狼がいるという、ただそれだけ。

 どんな武装をしているのかもわからない。

 ぶっつけ本番でそんな未知の武装をした相手に挑まなければならないのだから、囮など大した意味はなさないというのが浩司の考えだった。

 役に立てば御の字。

 その程度。


 浩司のそんな考えなど知る由もない昭信たちは、それぞれ緊張した面持ちで暗闇の中を進む。

 慎重に、狼に見つからないように。


 やがて、それが見えてきた。

 暗闇の海の上にまっすぐに鎮座する橋。

 その先には本土が見える。

 暗闇に覆われた人工島とは違い、そこにはきらびやかな街の明かりが灯っていた。

 その明暗の差が、昭信たちの現在置かれた状況との対比を思わせる。


 浩司は足を止め、目を凝らして橋の前を見てみる。

 が、そこには見通せない暗闇があるだけで、そこにいるという狼の姿は見えない。

 夜の闇がすっぽりとその姿を包み隠していた。


「では、予定通り俺は向こうに回り込んで行きます」

「ああ。気を付けて」


 昭信に告げて、浩司は一人、夜の闇の中を再び移動し始める。

 事前に相談した時、浩司は単独で行動することを提案していた。

 昭信たちと別れ、彼らがいる場所とは反対側に回り込んで襲撃する。

 それによって浩司と昭信たちとで挟撃するという予定だ。


 しかし、浩司が昭信たちと別行動をとったのは別の理由からだ。

 まず、足を引っ張られないようにするため。

 一緒に行動していると素人である昭信たちに足を引っ張られ、結果的にこの襲撃が失敗に終わりかねない。

 最悪それに巻き込まれて浩司が死ぬこともありえる。

 前哨戦でそんなことになれば目も当てられない。

 だからこその別行動。


 浩司は音もなく移動する。

 昭信たちが隠れている場所の反対側に回り込む。

 その途中、何かがそこで爆発したように破壊された地面を発見していた。

 それがこの場にいる狼の武装で起こされた破壊の爪痕だと、浩司は確信した。


 浩司はその破壊痕を見て、気を引き締めなおした。

 前哨戦などと言っている場合ではないかもしれないと。

 決してこの場にいる狼を舐めていたわけではなかった。

 前回のゲームに参加した時も、このような脱出口となる場所に配置された狼がいた。

 その狼は他の狼に比べ、より強力な武装をしていた。

 他の狼がゲームを盛り上げるための演出要員ならば、そこに配置された狼はゲートキーパー。

 哀れな羊たちを見逃さないための門番であり、その本質は他の狼と異なる。

 運営の信頼のおける人員を配置し、いい武装を持たせているのは当然。


 浩司もそれはわかっていた。

 しかし、見通しが甘かったとその破壊痕が物語っている。

 前回の基準で狼の武装を考えていたが、浩司の知るゲームは山中で行われたため、山火事などを恐れた運営が高火力の武装を出していなかった。

 その前回封印されていた武装が解禁されている。

 そのことを浩司は失念していた。


 自らの迂闊さに舌打ちしたい気分になる。

 破壊痕を見れば、狼の武装が武器などという生ぬるいものではなく、兵器と呼称したほうがいいものだとわかる。

 浩司がいくら格闘技に精通し、高い戦闘能力を持っていようとも、兵器の火力の前にはそんなこと関係がない。

 個人の戦闘能力など近代兵器の前には無力。


 浩司は頭の中で策を練り直す。

 目まぐるしく状況を整理しつつ、移動を再開する。

 何にせよ、ターゲットである狼を発見しないことには始まらない。

 暗闇の中、目を凝らしながら慎重に進んでいく。


 そして、入園ゲートの手前、そこにかすかな明かりが見えた。

 それはスマホから洩れる光。

 ゲートの台の上に置かれたスマホがわずかに光っていた。


 その光に照らされ、影が浮かび上がる。

 スマホのわずかな光ではその全容は把握できない。

 が、やけに大きいということはわかる。

 人のシルエットではない。

 それよりも一回り大きな何か。


 しかし、浩司はその影こそが狼だと確信した。

 浩司の接近と共に、横になっていたその影がむくりと起き上がったからだ。

 浩司はとっさに建物の陰に隠れる。

 起き上がった影はのっそりとした動きで置いてあったスマホを拾い、それを懐に隠してしまった。

 わずかにあった明かりがそれで消え失せる。


 浩司は舌打ちしたい気分になった。

 狼が寝こけてくれていれば話は早かった。

 寝ている狼の寝首をかけばそれでいいのだから。

 相手がどんなに恐ろしい兵器を持っていても、それを使わせなければ脅威ではない。

 狼だって中身は普通の人間。

 ならば睡眠はどうしたってとらなければならず、寝ている相手を殺すことほどたやすいことはない。

 だからこそ、浩司たちは深夜に行動を開始したのだ。

 狼が寝てくれていることを祈って。


 しかし、狼は寝ていなかった。

 あるいは浩司が来た瞬間は横になっていたことから、それまでは寝ていたのかもしれない。

 浩司が来たことを察知して起きたのだとすれば、この狼は相当な修羅場をくぐっているということだ。

 わずかな異変を察知して眠りから目覚めるなんて、普通だったらできるわけがない。


浩司の手に緊張の汗が浮かんでくる。

だというのに口元に笑みが浮かんでしまうのは、浩司が狂っている証拠。

どう考えても危険。

その危険に心が高ぶっていく。


 しかし、浩司はそんな高ぶりを深く呼吸することで鎮める。

 相手が予想以上に危険だったことで忘れかけたが、これはあくまでも前哨戦。

 目的は確実に狼を倒し、その武器を奪うこと。

 そのためには卑怯な手も使うことを厭わない。


 浩司は手に持った石を思いっきり投げる。

 昭信たちがいた方向に向けて。


 石が地面にぶつかる音が響く。

 普段であれば気にもならないだろう小さな音。

 しかし、静寂と緊張に包まれたこの場において、その音は予想以上に大きく響いた。


 その後の動きは劇的。

 暗闇の中、影が動く。

 その直後、石が落ちたあたりが爆発した。

 暗闇が爆発の光で一瞬照らし出される。

 さらに爆音と同時に、甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 昭信たちの誰かが、驚きと恐怖で悲鳴を上げてしまったようだった。


 狼がそちらの方を向く。

 浩司はその狼の動きに合わせて、その背後から迫った。

 昭信たちは囮としての機能を十分に全うしてくれた。

 狼が昭信たちの方に注意を向けている今、浩司はその目につくことなく接近することができる。


そして、接近さえしてしまえば狼の持つ兵器は恐れることがない。

 その目で直接見たからその威力はよくわかる。

 あんなもの、直撃すれば人間など消し炭となる。

 それだけの威力があるということは、至近距離では使えない。

 なぜならば、あまりにも威力が大きすぎて、至近距離で爆発させてしまえば使用者も巻き込まれてしまうから。


 浩司は駆ける。

 狼との距離はすぐそこまで迫っていた。

 そこで、爆炎に照らされた狼の姿を視認する。

 それは文字通りの狼だった。

 狼の着ぐるみ。

 この状況だといささか間抜けにも見えるその格好。

 それを見た瞬間、浩司は死の予兆を感じた。


 まずい。

 何がそう感じさせたのかもわからないまま、浩司は急ブレーキをかけて足を止める。

 音か気配か、あるいはその両方か。

 狼がそれを察知し、浩司の方に振り向く。

 その手には見たこともない兵器が握られている。

 その銃口が浩司に向く。

 狼と浩司との距離は近い。

 この至近距離ならば浩司に確実に命中するだろう。

 しかし、同時に爆発の余波は狼にも届いてしまう。

 そんな距離だ。

 だというのに、狼の動きによどみはない。

 浩司に向けてその引き金を引こうとする。


 その動きを止めたのは、雄叫び。

 狼の背後から、昭信が雄叫びを上げながら走ってきていた。

 普段の昭信からは考えられないような険しい顔と、野太い声を上げて。


 その異様な突進に、狼の動きが一瞬止まる。

 すぐ近くにいる浩司か、それとも走ってきている昭信か。

 どちらを狙うべきかと迷ったようだった。


 その一瞬の迷いが浩司の命を救った。

 浩司はありったけの力を足に込め、飛びのく。

 直後に、さっきまで浩司のいた場所が爆発する。

 爆発の衝撃と熱が浩司の体をさらに吹き飛ばし、痛めつけていく。

 何が何だかわからない、全身余すところなく襲い掛かってくる衝撃。

 ようやくその衝撃が過ぎ去ってみれば、次に襲ってくるのは全身の痛み。

 

浩司はそれを無視して目を開ける。

 まず目に入ったのは地面。

 どうやらうつぶせに倒れていたらしい。

 それすら目を開けてからでなければわからなかった。

 すぐさま腕に力を込め、立ち上がる。

 立ち上がれるということは五体満足の状態だということ。

 生きているのですら奇跡に近いというのに、思ったよりも軽傷で済んでいる。


 その理由は爆心地を見ればわかった。

 浩司が立っていた場所よりもやや狼よりの場所が爆心地となっている。

 昭信の無謀な突撃が狼の気をそらし、わずかに照準を見誤らせたようだった。

 まさか、囮として使い捨てたつもりでいた昭信に救われるとは。

 最高じゃないか!


 しかし、状況は最悪から脱していない。

 見れば、狼は爆炎の中、泰然と佇んでいる。

 爆発した時に引火でもしたのか、着ぐるみの一部が燃えている。

 その燃えた毛の下から見える、白い材質。

 それは、宇宙服を連想させるようなものだった。

 狼の着ぐるみの下から露出したその部分だけは、火が全く燃えていない。


 狼には一つだけ武装が手渡されている。

 この橋の前を守る狼も例外ではなく、渡された武装は一つ。

 それが防具一体型連射砲。

 狼の着ぐるみの下に隠された耐衝撃、耐火性に優れた特殊素材で作られた防具と一体になった、連射が可能な砲。

 それがこの狼の武装。

 本来切り離すことができるものを連結させているが、一つは一つ。

 嘘はついていない。


 過剰ともいえる攻撃力に、鉄壁の防御力を兼ね備えた攻防一体の武装。

 至近距離ならばその火力故に使えないと思い込んでいた浩司の考えは、これで否定された。

 浩司の持つちっぽけなナイフでは、その防御を貫くことはできない。

 最初から浩司たちに勝ち目はなかった。

 ゲートキーパーは伊達ではなかったということだ。


 なおも叫びながら突進していく昭信に、狼が無慈悲に銃口を向ける。

 浩司は運よく軽傷で済んだが、昭信が浩司のようにうまく避けることができるはずもない。

 浩司が避けられたのは本人の身体能力云々の前に、いくつかの幸運が重なったからだ。

 奇跡は二度起きない。

 その引き金が引かれれば、昭信の命運はそこで尽きる。


 引き金が引かれれば。


 眩い爆炎があたりを照らす中、それでもその光は目立った。

 輝く一筋の剣閃。

 比喩ではなく文字通りに光る刀身が、昭信に銃口を向けていた狼の体を通り抜ける。

 至近距離での爆発に耐え、炎に焼かれてもなんともなかったその防具が、冗談のように引き裂かれる。

 中にいた人物もろとも。


 浩司はその光景を見ていた。

 昭信がいきなりのことに驚いたのか、雄叫びを上げながらこけて地面に転がる。

 しかし、そんなことが気にならないほど、浩司は混乱していた。


 なぜ、こいつが?

 同じ狼じゃないのか?

 いくつもの疑問が浮かんでくるが、浩司は手に持ったナイフを構えて臨戦態勢に入る。


「よせ。争うつもりはない」


 それを、そいつが遮った。

 炎に照らされた長身の体。

 コートを着た、光り輝く棒状の武装を身に着けたその男のことを、浩司が忘れるわけもない。

 初日の夜に遭遇し、昨日の昼に敗北を喫したその狼たる男を。






 夜が明けた。

 大吾は目覚めると同時に、そこがどこだか一瞬わからなかった。

 しかし、元いたジェットコースターの発着場から移動してきたことを思い出す。

 今いるのはそこからエリアを移動した場所。

 未来エリアと呼ばれるそのエリアには、建物がたくさんあった。

 未来エリアはその名の通り、最新技術を使ったアトラクションが楽しめる場所となっている。

 その特性上、室内でのアトラクションが多くなり、建物が多い。


 大吾はその建物の一つに目を付け、新たな拠点とすることにした。

 建物の中には映画の中に出てきそうな感じのロボットが置かれている。

 その多くは張りぼてのようで、実際に動くことはない。

 アトラクションというよりかは展示場といった雰囲気の場所だった。


 大吾はくるまっていた毛布から抜け出す。

 この建物を選んだ理由の一つに、この毛布の存在があった。

 どうやらこの建物は非常時には避難場所として使われる予定だったらしく、従業員専用通路の先を調べてみると、毛布を始めとした備品の数々を発見することができた。

 さすがに食料はなかったが、懐中電灯などの役に立ちそうなものが多数手に入った。

 とてつもない幸運だ。

 この建物にしようと提案してきた優の読みが見事に的中した。


 その優は大吾と同じように毛布にくるまって寝ている。

 その小さな体で、負傷した大吾をかばいながら、ここまで来てくれた。

 感謝してもしきれない。

 優のこれまでの行動が、大吾の人間不信を和らげていた。

 吊り橋効果もあるのだろうが、危機的状況の中で助け合うことによって、大吾は優のことを急速に信用するようになっていた。


 大吾は起き上がって体を軽く動かす。

 まだ狼の男に暴行された痕は痛む。

 痛々しい青痣がその体には広がっており、一日二日でよくなるようには到底見えない。

 それでも、ろくに動けなかった昨日よりかはまだましに思えた。

 それがやせ我慢の類だとしても、動けるというのは大きい。

 これ以上、優の負担になりたくないと大吾は思っていた。


 ピコーン!


 メールの着信を告げる、スマホの電子音。

 今日もまた、ミッションが始まる。

 いつものように食料に関するミッションだろうとメールを開け、その内容の異変に大吾は言葉を失った。


『やあ! このメールは柏木大吾君にだけ送られているよ!

 ごめんごめん! 実は君は参加者じゃないんだ!

 こっちの手違いでゲームの舞台に放り込んじゃった! てへ!

 でもでも、せっかく今まで頑張って生き残ってたんだから、大吾君にもご褒美がないとつまらないよね!

 だから大吾君だけの特別ミッション!

 ミッションの内容は簡単!

 ただゲーム期間中生き残ることだけ!

 そうしたら通常の参加者とは別枠で、彼らが受け取れる賞金と同額をプレゼント!

 生き残るだけで他の参加者の賞金総取りと同じ額が手に入るよ!

 お値段なんと、一億円!

 どう? やる気出てきた?

 それじゃあ、頑張ってね!』


 なんだこれは?

 大吾はその文面を読み、もう一度同じ文章を読み直す。

 それでもその内容を理解しきることができなくて、何度も何度も同じ文章を読み直した。

 そうしてようやく、その内容を理解する。


 思えば、大吾の扱いはいろいろとおかしかった。

 説明もなくいきなりゲームに参加させられ、番号を割り振られたわけでもないのにピエロに優と組まされた。

 南雲のおっさんの説明では、このゲームに参加するような人間は借金やら何やらで強制的に参加させられるという。

 しかし、大吾はそんな借金などしていない。

 していたのは大吾の母親だ。

 大吾は巻き込まれただけ。


 そう思っていたが、どうやら違ったらしい。

 大吾はこのゲームを運営している組織に、面白半分で参加させられたようだ。

 そうとしか思えない。

 参加者でもないのに参加させて、今さらそれは間違いだったなんてこのメールには書かれているが、そんな言葉信じられるわけがない。

 そうと知りながら大吾をこのゲームに組み込んだはずだ。


 大吾はやり場のない怒りを感じる。

 しかし、それを空気と一緒に吐き出した。

 このゲームの運営が理不尽なのは今に始まったことではない。

 それに、賞金が変わっただけで現状に変わりはない。

 生き残らなければならないということには。

 むしろ、賞金が増えたのは運営なりの計らいなのかも。

 そう思えばこんなゲームに巻き込まれたという根本的な理不尽に変わりはないものの、前向きに物事を考えられるというものだ。

 提示されたその額にはあえて意識を向けないようにする。

 捕らぬ狸の皮算用。

 今はそれに浮かれるよりも、生き残ることに意識を向けておいた方がいいという考えからだ。


 何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせるうちに、大吾は重大なことに思い至る。

 大吾が普通の参加者ではないのだとすれば、そのパートナーである優はどうなるのだ?

 もしかしたら、優もまた大吾と同じように普通の参加者ではないのではないかと、そう思った。

 優が目を覚ましたらそこらへん聞いてみよう。

 大吾は自分が受け取ったメールを優に見せることを躊躇しない。

 それくらいの信頼関係は出来上がっていると思っている。

 それが大きな勘違いだと、気づくこともなく。







「では、あなたは警官なんですか?」

「元、ではあるが」


 昭信は自分たちを助けてくれた狼を、アジトに案内していた。

 彼は狼であって狼ではない。

 それは話し合いができるということと、同じ狼の手から昭信たちを救ってくれたことから、信じるに値すると判断した。

 同じ場にいた浩司は「罠かもしれない」と言って警戒を解こうとしなかったが、それを言うならばピンチに陥っていた昭信たちを救うメリットが彼にはない。

 同じ狼を殺してまで、昭信たちを救うメリットは。


「俺はこのゲームを主催している組織の内情を探るために潜り込んでいた潜入捜査官。だが、どうやら組織には俺のことなどお見通しだったようだ。このゲームの狼役に選ばれた時点でそれがわかる」


 彼が昭信たちを助けてくれた理由が語られる。

 彼はこのゲームを主催する組織の内情を探るための潜入捜査官であり、それが組織に露呈してしまったがために、狼としてこのゲームに参加させられる羽目になったのだと。


「俺たちを助けてよかったんですか?」

「今さらだ。どうせ俺はこのゲームで生き残ったとしても、組織に消される。うまく逃げられればいいが、組織もそこまで甘くはない。だったら、手出しのできないこのゲームの最中くらい好き勝手にさせてもらうさ。というか、組織はそういう俺の立ち回りこそを望んでるんだろうさ。狼からの裏切り者。それが俺に与えられた立ち位置だ」


 浩司の疑問に、彼は自嘲気味にそう答える。

 潜入捜査官であると露呈したのを、ただ粛正するだけでなく、ゲームに参加させることによってよりエンターテイメント性を高める。

 なるほど、この悪趣味なゲームを主催する組織らしいやり口だ。


「俺の目的は二つ。このゲームをできるだけ引っ掻き回し、奴らの好きにさせないこと。できるだけ多くの参加者を生き残らせるのが俺の目的だ。あんたらが無謀な突撃をしてるのを見つけられたのは僥倖だった」


 彼が昭信たちのことを助けることができたのは、何も偶然のことではない。

 彼もまた、昭信たちが倒そうとしていたゲートキーパーの狼を狙っていたのだから。

 狼を狩る狼。

 それが彼にできるゲームをかき回す方法。

 そのために、いる場所がわかっているあのゲートキーパーに張り付き、隙を窺っていた。

 そこに昭信たちが無謀な突撃をし、隙を作ってくれたおかげで、彼は難なくゲートキーパーの排除に成功した。


「そしてもう一つ。とある狼を殺すこと」


 その目にほの暗い炎が灯る。

 それは警官としての正義感の他に、個人的な感情を宿した炎。


「狼一号と呼ばれている奴だ。俺の恩師の仇。殺人犯、式守優。奴を見つけ出し、殺すことが俺の二つ目の目的だ」

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