第7話
一日目が終了した。
あれから大吾と優の隠れるジェットコースターの発着場には、誰も来ることはなかった。
大吾と優はそこでひたすらじっとして過ごしている。
一度他の参加者と接触してしまった手前、移動することも考えたが、そこは誠実そうだった昭信を信じることにした。
お互い会話もほぼしなかったが、不思議と気まずい雰囲気はなかった。
朝にあったミッションだが、昼はなく、夜に一度通知が届いていた。
しかし、朝の段階でその日の十分な食料を確保していたこともあり、大吾たちがそのミッションに出向くことはなかった。
大吾は通知の内容だけ確認し、スマホをしまう。
スマホの画面には残りの参加者の数が表示されているが、それを見るのが怖かった。
減っていく数値が、まるで自分の命のカウントダウンのように思えて。
そんな状況の中、それとは反して穏やかな時間が過ぎた。
困ったことがあったとすれば、トイレに行かなければならなかったくらいか。
さすがにその場でするという選択肢は大吾も優もなく、その時だけはジェットコースターから離れ、用を足した。
幸いにも、ジェットコースターのすぐ近くにトイレが設置してあり、そこを利用していた。
生憎水は出なかったが、しっかりとトイレで用を足すというのは、人間の尊厳を守るという意味で、精神的にとても助かった。
紙は手に入れた食料のケースの中に、お手拭きが入っていたのでそれで代用した。
食料があり、休める場所があり、おまけにトイレまである。
常に死と隣り合わせのこのゲームの中で、かなり贅沢な状況にいると言って良かっただろう。
他の参加者に比べるとずっと穏やかで平和な一日目を、大吾と優は過ごした。
二日目。
メールが届いたことを伝える軽い電子音が響く。
南雲の隣で、瞳がその音に驚き、体を震わせる。
よほど昨日、狼とニアミスしたのがトラウマになっているようで、あらかじめ来るだろうと予想していたミッションの告知でさえ、このように過剰な反応をしてしまうようになっていた。
南雲はその様子を見て苦笑を浮かべる。
ちょっと脅しすぎたかもしれないと。
警戒心があるのはいいが、それもすぎればかえって足かせになる。
何事も程々が一番だと南雲は考えていた。
とはいえ、フォローはしない。
する気がない。
瞳の精神はたった一日でかなりすり減り、素人目に見ても危うい均衡を保っている。
このままあと六日間耐えられるかというと、厳しいと言わざるを得ない。
本来であればパートナーであり、このゲームを経験したことのある南雲がフォローしてしかるべきなのだが、それをしない。
瞳の生死は、そのまま自分と直結しているのにだ。
南雲はメールの中身を確認し、移動を開始した。
瞳はその場に残してくる。
一日目、南雲はミッションに一度も参加しなかった。
こういう状況になると、初参加の人間は大抵最初のミッションに挑もうとする。
食料なしで七日間生き残ることなどできないと、焦ってしまうのだ。
実際には、ミッションは複数回ある。
だからこそ、焦って初回のミッションに参加する必要はない。
しかし、腹が減っては戦はできぬとも言う。
一度目のミッションを見送った人間でも、朝昼を抜いて空腹を感じ始めると、どうしても焦りを感じ始めてしまうのだ。
昼にミッションが開催されないというのも運営の意地の悪さを表していると、南雲は思う。
普通人は朝昼夕と、三食が基本。
朝にあったミッションが、昼にはなかった。
そこで朝のミッションを見送った人間は焦るのだ。
もしや、ミッションは毎回開催されるわけではないのか、と。
だから、夕飯時に告知されるミッションに飛びついてしまう。
南雲はそのどちらのミッションにも参加しなかった。
過去のゲームで、初日の死亡者数の多さは嫌というほど知っている。
同時にそれは、二日目になれば競合相手が減っているということも意味している。
初日の朝のミッションで迂闊な参加者はふるい落とされ、夕のミッションでこらえ性のないものが落とされる。
それを知っているからこその、二日目のミッション参加。
しかし、二日目のミッションは、初日とは違った意味で危険を伴う。
南雲と同じく、二日目から動き始める参加者がいるということ。
そして、そういう相手こそ、初日に散っていく参加者とは比べられないほど、危険であるということ。
「南雲のおっさん。久しぶりですね」
南雲は出会ってしまった。
その危険な相手に。
「やあ、小僧。相変わらずぶっ飛んだ思考してるかい?」
食料が配布されるバイキングの乗車口の前に、青年と少年がいた。
青年の方には見覚えがないが、少年の方とは面識があった。
その少年、足立浩司は苦笑しながら口を開いた。
「ぶっ飛んだ思考してるのはあんたの方でしょ?」
「心外だなぁ」
頭を掻きながら、南雲は締まりのない笑みを浮かべる。
浩司はそれに心底呆れたような視線を向けた。
「知り合いかい?」
一人蚊帳の外に放り出された青年、大林昭信が浩司に問いかけた。
「ええ。俺が過去にも同じゲームに参加したことがあるのは話しましたよね? その時の同じ生き残りです」
バイキングの船が揺れる。
食料の入ったケースは揺れるバイキングの座席に取り付けられているようで、その船の形をしたアトラクションが一旦止まらない限り、食糧を得ることはできない。
南雲は赤、そして、浩司と昭信は青。
敵対する色の男たちが、バイキングの前で対峙する。
「で? どうすんの?」
南雲がなんの気負いもなく問いかける。
「お互い不干渉でどうです?」
浩司の提案に、南雲は願ったり叶ったりだと返す。
「大林さん、あの男は大丈夫です。普通じゃないのは確かですけど、話が通じないわけじゃありません」
「だったら、一緒に行動するのは?」
「それは無理です。あの男は絶対に頷かない」
何やら相談している。
まあ、何を言われようが南雲が頷くことはないのだが。
「しかし、小僧が他人と一緒に行動するなんて、どういう風の吹き回しだい?」
「そのほうがいいと思いましたんで」
南雲の問いに、浩司はそう答える。
答えつつ、昭信からは見えない位置でナイフをチラつかせる。
余計なことは言うなということだろう。
それに南雲は軽く肩をすくめて応えた。
南雲から見て、浩司という少年が団体行動をとっているというのは意外だった。
なぜなら、浩司は戦いというものに生きがいを感じる、このゲームで時折見かける殺人者という人種なのだから。
ただ、浩司のそれは今まで南雲が見てきたものと少しだけ毛色が違う。
浩司は生死を賭けた戦いに生きがいを感じているが、他のそういった人間は殺すことに生きがいを感じている場合が多い。
故に、自分が死ぬことをよしとしない。
殺すことは楽しむが、いざ自分が殺される番になると泣き叫ぶ。
浩司はそれとは違い、死ぬことさえ楽しみと感じている節がある。
同じ殺人者という人種でも、細部が異なる。
だからこそ、南雲は浩司のことを危険視していない。
なぜなら、浩司にとって南雲は標的足りえないから。
南雲は戦わない。
戦う必要がない。
そうまでして、生き残ろうと思っていないから。
それを浩司も理解している。
たとえ浩司が本気で南雲のことを殺しにかかったとしても、きっとろくな抵抗もせずに南雲は白旗を上げるだろう。
それでは浩司は楽しめない。
浩司の求めるものは闘争であり、一方的な虐殺ではないのだから。
だからこそ、ゲーム参加者の中でも指折りの危険人物である浩司が、逆に安牌となる。
バイキングが止まる。
浩司がケースを取りに船に乗り、座席に取り付けられたケースを外していく。
それを昭信が受け取り、積み上げていく。
「南雲さん、と言いましたか? どうぞ」
その作業を見守っていた南雲に、昭信がケースをいくつか渡す。
「いいのかい?」
これにはさすがの南雲も少し驚いた。
同時に、同情した。
「ええ。無事、生き残りましょう」
南雲は頭を掻きながらケースを受け取った。
昭信の言葉に返事は返さぬまま。
「あの人は、生き残れるかな?」
昭信の呟きに、浩司は答えられなかった。
南雲というおっさんは、浩司にも測りきれない部分がある。
生き残る気がないのに、生き残っているという矛盾。
すぐ死にそうに見えるのに、飄々と生き残ってしまう。
死ねば、ああやっぱりと思うし、逆に生き残っても同じ感想が出てきてしまう。
南雲という男は、そんな掴みどころがない人間なのだ。
バイキングで遭遇した時、昭信が内心で南雲のことを仲間として引き入れたいと思っているのを、浩司は察していた。
だから、少し強い口調でそれは不可能だと断定しておいた。
実際、南雲がその手の誘いに乗るとは思えない。
が、万が一頷いてしまうと、その後が予想できないという弊害が起こる。
下手なことはしないと思うが、それでも南雲なら何をしても驚かない。
そんな危うさがある。
だからこそ、その万が一を潰すために釘を刺しておいた。
浩司から見て、昭信はどこまでも甘い人間だった。
本来であればこのゲームに参加していること自体、なにかの間違いだと思える善良な男。
実際なにかの間違いなのだろう。
多くは語らないが、ただ一言嵌められたと言っていた。
そんな善良な人間と浩司が一緒にいる理由は、その方が難易度が高そうだからという、なんとも呆れたものだった。
南雲にぶっ飛んだ思考と言われても仕方がない。
しかも、本人もそれを自覚している分、なおタチが悪い。
はっきり言って、昭信はゲームに生き残れる人間ではない。
いずれ狼に捕まるか、引き入れた人間に寝首をかかれるか。
このまま行けば後者になる可能性が高いと浩司は睨んでいる。
何のためらいもなく本来避けなければならないはずの赤チームの人間にも声をかけるのがそのいい証拠だ。
しかも、その声をかけた相手が一筋縄でいかない人間ばかりなのだから、昭信の引きの悪さが知れようというもの。
その運のなさのせいでこのゲームに参加したのだろうが。
まず、浩司自身が、一筋縄でいかない人間第一号だろう。
それを懐に入れてしまった段階で、昭信が平穏に過ごすことはできなくなったと言っても過言ではない。
そして、そのすぐ後に遭遇した少女もまた、一筋縄ではいかないだろうことが予測できた。
ジェットコースターの場所で出会った少女は、何がとは言わないが、全体的に違和感があった。
浩司が思わず避けるように交渉を誘導するくらいには。
あるいは、そうさせるために言動を考えていたのではと思わせるくらい、浩司にはその少女が油断ならない相手であると認識できた。
それでも食指が動かなかったのは、少女のそれは騙し合いに特化したタイプであり、浩司の求める暴力という点では専門外であろうと思われたからだ。
このゲームにおいて、腹の探り合いやだましうちを否定するつもりはないが、浩司の趣味ではない。
だからこそ、挑発するような言動で交渉を誘導したのだ。
主に昭信が引き下がらざるを得ないように。
昭信の目にはあの少女はどう映っていたのか?
それは浩司の知るところではないが、浩司と同様に懐に入れようとしていたことは確かだ。
が、あんなものを懐に引き入れれば、浩司の望まない方向で厄介なことになるのは目に見える。
過去にも上杉臙脂という胡散臭い男がゲームを引っ掻き回したことがあるが、あの少女はそれと似た匂いを感じさせた。
そして、その流れで出会ったのが南雲のおっさん。
もはや笑うしかない。
ここまで出会う人出会う人一癖も二癖もある人間だと。
浩司は確信する。
昭信についていけば、一人でいるよりも面白いことになると。
ここまで流れが来ているのだ。
次に出会うのも酷いものに違いない。
浩司の望む手ごわい参加者か、あるいは狼か。
自身の異常性を同行者に悟られることなく、死闘を演じる。
そんな縛りプレイ。
考えるだけでゾクゾクとしてくる。
浩司はまるで遠足を楽しみにする子供のような心地で、昭信と並んで歩いた。
大吾と優の二人は、朝のミッションに参加しなかった。
昨日のミッションで得たケースは四つ。
一つは昭信との交渉で失ったが、それでも三つ。
一つのケースに二人分の一食が入っていたため、ちょうど三食分手に入れていた。
しかし、今後のことを考えて全てを食べてしまわず、少しずつ食べていくことにしていた。
大吾も優も小食だったこともあり、それでも十分間に合ったのだ。
優は見るからに小柄で、実年齢以上に幼く見える。
その見た目を裏切ることなく、食の細さは常人が見れば心配になるくらいだった。
大吾も幼少の時からまともにものを食べてこなかった影響か、男子にしては食が細い。
十七歳の男子であれば、二人分の食料が入ったケース一つをペロリとたいらげてしまっても不思議ではないが、大吾は一人分でも少し多いと感じるくらいだった。
昨日の朝は、その前の夜から何も食べていなかったこともあり、二人ともきっちり一人前食べきったが、昼と夜に関してはケース一つをわけて食べた。
そのため、一日が経過してもまだケース一つ分まるまる残っている。
昨日と同じように、ミッションが朝と夕で開催されるのであれば、朝を逃しても夕まで保つ計算だった。
朝に一人分の弁当を二人でわけ、昼に残りを食べる。
夕にはミッションに参加しなければならないだろうが、極力動かないで済む作戦だった。
おかげで、大吾と優はこのジェットコースターの発着場から、トイレを抜かせばかれこれまる一日以上動いていない。
普通であれば同じ場所にずっといれば落ち着かないし暇だろうが、今は気を抜けば死が迫ってくる特殊な環境に置かれている。
そんな贅沢な悩みを抱えている余裕はなかった。
大吾は出入り口から誰かが入ってこないかどうかを警戒しつつ、夕のミッションまで静かに過ごすつもりだった。
しかし、その考えを嘲笑うかのように、メールの音がジェットコースターが発射する音に半ばかき消されながら響く。
大吾は訝しみながらメールを開く。
昨日はこの時間にミッションの告知はなかった。
二日目ということで昼にも食料の配布が行われるのだろうか?
その疑問は、最悪の形で裏切られる。
『ミッション!
やあ! こんないい天気にみんな引きこもってるのなんてもったいないよ!
というわけで、みんなでお外を走り回ろう!
六つのエリアそれぞれにボタンを設置したよ!
そのボタンを押しに行こう!
ボタンが押されたエリアはセーフだ!
四つのボタンが押された時点で、残りの二つのエリアにいる人はアウトになっちゃうから気をつけてね!
アウトのエリアにはそれ以降は入れなくなっちゃうから頑張って!
そうそう、制限時間は一時間だよ!
それまでにボタンを押してないと、押されてないエリアは全部アウトになっちゃうよ!』
文面を見て、思考が空回りする。
大吾の様子を見て、隣にいた優がスマホの画面を覗き込んでくる。
「これ、つまり早くそのエリアにあるボタンを押さないと、これが作動するってことですよね」
これ、という爆弾入りの首輪を撫でながら言った。
つまりはそういうことだろう。
各エリアにあるボタンを押さなければ、そのエリアが侵入不可能になる。
そこにいる人間はアウト、つまり死ぬ。
この人工島に建設中の巨大テーマパークには、六つのエリアが存在する。
そのうちの二つがこのミッションによって侵入不可能となる。
つまり、三分の二になる。
それも一時間以内によつのエリアのボタンをきちんと押せればの話だ。
最悪、どのボタンも押されることなく全エリアがアウトになるということも考えられる。
その場合、参加者は全滅。
大吾はメールを見返す。
が、望むものはなかった。
食料の時にはあった、目標がどこにあるかを示す地図が。
どこにボタンがあるのかわからない。
手探りで探すしかないようだ。
お外を走り回ろうというのは、そういうことなのだろう。
そして、そんな行動をとれば目立つ。
目立てば、狼に発見される可能性を高める。
目立たず、それでいて迅速に動く必要がある。
早くしなければ、他のエリアに先を越されてアウトになりかねないのだから。
大吾は立ち上がった。
ミッションに参加しないという手も残されている。
他の参加者がボタンを押してくれる事を祈るのもまた、一つの手だ。
しかし、大吾はそんな他人任せなことをしない。
「行くんですか?」
「ああ」
行動は早いほうがいい。
それは食糧を確保した昨日の朝のミッションの時と同じ。
しかも、今回は時間制限付き。
最長でも一時間のうちにボタンを発見しなければならない。
他のエリアの四つのボタンが押されれば、一時間もしないうちに首輪の爆弾が爆発することになる。
できるだけ急いだほうがいい。
大吾はジェットコースターの入口から外に出る。
いや、出ようとした。
その前に、事態は動いていた。
ジェットコースターの発着場につながる出入口、そこから、誰かが入ってくる。
大柄な男。
手にはマシンガン。
その目は獲物を執念深く探して、周囲を彷徨っている。
その男、狼の五番。
無慈悲な快楽殺人者が、大吾と優の前に姿を現していた。
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