第2話
全力で駆け抜ける。
急な運動で一気に失われていく酸素と、恐怖からくる混乱で頭の中はグチャグチャになる。
視界は狭まり、そのまま気を失ってしまいそうなほど。
それでも、動かす足は止まらない。
止まれない。
大吾は後ろを振り返る。
まず目に付いたのは、大吾に手を引かれて一緒に走っている優の、苦しそうな表情。
大吾は全速力で走っている。
であれば、それについてきている優も同じ速度で走らされているということ。
いくら手を引いいていようと、男の大吾の走る速度に、女の優がついていくのはきついはずだ。
ましてや、この状況であればなおさら。
しかし、大吾がそれを気にしている余裕はない。
大吾が見たかったのは、優の苦しそうな顔ではなく、そのさらに後ろ。
門の手前で奇妙な形状の重火器を構える、狼の着ぐるみ。
そいつは着ぐるみとは思えない滑らかな動作で重火器を構え直していた。
大吾たちに向けて。
「っ!?」
大吾は咄嗟に横に並ぶ、建設途中の建物の中に逃げた。
完成したあかつきにはお土産屋か何かの店舗になるのだろう。
おそらく全面がガラス張りになる予定なのだろうが、今はまだそのガラスがなかった。
半分吹き抜けとなった店内に、優の手を引いて飛び込む。
直後、背後で何かが通り過ぎ、そのさらに数瞬後、爆音と振動が伝わってきた。
呼吸が詰まる。
もし、あのまままっすぐ走り続けていたら、大吾と優は殺されていた。
それも、対人の殺傷力をはるかに超えた、過剰火力によって。
もし直撃したら、痛みを感じる間もなく即死できるだろうということだけが救いだろうか。
大吾は乱れる呼吸を整える暇も惜しみ、優の手を引っ張って再び走り始める。
吹き抜けの店内、その入口とは反対の場所に、従業員用と思われる出入り口があった。
そこを抜けると、やはり従業員用なのだろう、狭い通路に出る。
その通路をひた走る。
今にもあの狼の着ぐるみがその通路に現れるんじゃないか、後ろを何度も振り返りながら。
大吾と優は物陰に隠れ、息を整えていた。
場所はジェットコースターの入口となる建物の中。
外からは建物の中を見ることはできない。
中に誰かが入ってくれば、大吾たちには筒抜けとなる。
加えて、従業員用の出入り口を見つけたので、いつでも逃げることができる。
そんな身を隠すにはもってこいの場所だった。
大吾は息を整えながら、安堵した。
とりあえず、さっきの狼からは逃げ切ったと。
先ほどの狼の着ぐるみは、大吾たちに向かって一発だけあの重火器を使用した。
しかし、それ以降の追撃はなかった。
あの重火器であれば、乱射すればたとえ建物の裏に周ろうと、その建物ごと吹き飛ばすこともできたのだろうに、だ。
それをしなかった理由はいくつか考えられる。
弾の節約。
弾が尽きればいくらあの重火器が恐ろしい兵器であろうとも、何の意味もなさない。
大吾が見た限り、弾だと思われるものはまだまだ数多く残っていたが、それも無闇に撃ち続ければいずれはなくなる。
あるいは、連射ができないのか。
あれだけの破壊力を生み出す弾を連射できるかと言われると、大吾には非現実的だと思えた。
ただのピストルでも映画みたいにバンバン連射するのは反動できついはず。
あんな大きさの重火器ならば、反動もその分大きくなるはずだ。
しかし、あの重火器の形状、あれは連射することを前提にした物のようにも見えた。
どちらなのかは結局大吾にはわからない。
その他にも建物に被害を出したくなかったとか、重火器が重くて追って来れなかっただとか、理由は幾つか考えられる。
しかし、重要なのはただ一つ。
大吾たちが生き残ったということだけ。
大吾は大きく息を吸って、吐いた。
そう、生きている。
生き残ったのだ。
それはつまり、死ぬかもしれなかったということ。
日常生活ではまず起こりえない、死の危険があったということ。
それを意識した瞬間、大吾の心臓が大きく脈打った。
大吾は頭を抱えたくなった。
なんなんだ、この状況は? と。
どうしてこうなったのか、整理してみる。
仕事に行って家に帰ってきたところまではいつもどおりだった。
そこから先がいつもと違った。
母親がいた。
いつもだったらいないはずの、母親が。
そして、珍しく夕飯を用意していた。
家にちゃんといた時さえ、滅多に作らなかった夕飯を。
あの時、もっと警戒していれば良かったと、大吾は後悔した。
その料理を食べてからの記憶が飛んでいるからだ。
間違いなく、あの料理には睡眠薬か何かが混ぜられていたんだろう。
気が付けば、この有様だ。
訳もわからないままに死にかけている今に繋がる。
『ゲーム内容はいたって簡単! 七日間生き残るだけ! ね? 簡単でしょ?』
目を覚ましたどことも知れないあの会場で、ピエロが言ったことを思い出す。
ゲーム。
これがゲーム。
本気で、生き残りを賭けた、ゲーム。
冗談じゃなかった。
なんで自分がそんなゲームに参加させられているのか、訳がわからない。
いや、原因は分かっているのだ。
あの母親だ。
あの母親が何をどうしてこのゲームに参加することになったのか、それはわからない。
が、大吾は間違いなくあの母親に巻き込まれてこのゲームに参加させられてしまったのだ。
それどころか、あの母親はあわよくばゲームの参加を大吾に押し付けて、自分は逃れようとさえしていたようだった。
つくづく、最低な親だった。
大吾にとって母親というものは憎悪の対象でしかない。
自分を生んでくれた恩?
育ててもらった感謝?
それは、愛情を持って育てられた人間が言うセリフだ。
大吾にはそんなもの欠片も与えられなかった。
与えられたのは暴力と恐怖だけ。
いっそ、生まれてこなければ良かったと、本気で考えていた。
その母親の呪縛から、ようやく自由になりかけていたところで、これだ。
母親の手を借りず、一人で生活をし、ようやく生きるということに向き合い始めていた時に、こんなゲームに巻き込まれた。
他ならぬ母親の手によって。
どれだけ自分の人生を狂わせれば気が済むのかと、怒りで拳を握り締める。
「あの、これから、どうしましょう?」
大吾はかけられた声に、半ば意識から追い出していた自分以外のもう一人の存在に目を向けた。
優は大吾の顔を見上げていた。
大吾も小柄だが、優はそれに輪をかけて小さい。
座っていても目線は優の方がかなり下だった。
「どうって言われてもな」
大吾は優の視線から目を逸らしながら、言い淀んだ。
他人と視線を合わせるのは、苦手だった。
それも、小さい子供のような純真な目で見られればなおさら。
まっすぐに見つめられると、自分の目の奥に沈んだ、ほの暗いものを見られているようで落ち着かない。
視線を外したのはそれが原因だが、言い淀んだのは単純にこれからどうするのか、それが大吾にもわからなかったからだ。
そもそも、訳も分からずこのゲームに参加させられた大吾。
どうすると聞かれても、咄嗟に答えられるほど頭の整理ができているわけもなかった。
とりあえず、何の考えもなしにスマホを取り出し、時刻を確認する。
0時37分。
まだ、ゲームが開始してから一時間も経っていなかった。
これで、残り七日間。
大吾はその途方もない時間に、軽く目眩を覚えた。
そこで、それまでスマホに表示されていなかったものがあるのに気がついた。
時刻の下、そこに、カップルを表すかのような人型のマークがあった。
青と赤、一組ずつ。
その横には、×と、数字。
青のカップルの横には23と表示され、赤のカップルの横には24と表示されている。
「おい、これなんだと思う?」
大吾は、それが何を意味しているのか、予想できていた。
予想しながらも、聞かずにはいられなかった。
「これって、生き残っている人たちの数ってことですよね?」
大吾の心情を察してか、優は控えめに、しかし大吾と同じ結論を口にする。
ピエロは言っていた。
男50人と女50人が参加者だと。
それぞれ男女でペアを組んで、片割れでも死ねばもう一人のパートナーも一緒に死ぬと。
つまり、50組のペアがこのゲームには参加している。
青と赤のマークの数は、足して47。
それはつまり、この短時間で3組のペアが脱落したことを意味していた。
ゲーム開始37分にして、6人もの人間が死んでいた。
その数字に実感など沸かない。
しかし、大吾は目の前で一組のペアが死んだ光景を見ている。
狼の着ぐるみの重火器の餌食となった男女を。
爆発が凄すぎて、スプラッタな光景を見なくて済んだのは不幸中の幸いかもしれないが。
そんな現実逃避をしている時、物音がした。
大吾は音のした方へと視線を向ける。
その物音は、規則正しく響いてくる、二つの足音だった。
大吾は無言で優の顔と、脱出路である従業員出入り口を交互に見る。
すぐにでも逃げ出すつもりだった。
が、それを優が止める。
腕を掴まれ、腰を浮かしかけたままの不自然な体勢で動きを止める大吾。
大吾は逃走を止める真意を問うように、優の顔を訝しげに見つめた。
「二人、参加者、様子見」
優が小声でそう伝えてくる。
小声なのも、短い単語なのも、相手に聞かれないようにした配慮だろう。
大吾はその単語の意味を考える。
二人でいるということは、相手が狼ではなく参加者だということ。
であれば敵対者ではなく、様子を見るということか。
大吾はそう優の言葉を解釈した。
確かに、同じ参加者ならば狼から一緒に逃げる仲間だ。
足音が近づき、その姿が大吾の目に映る。
一人は長身のおっさんだった。
いや、無精髭を生やし、覇気のない顔をしているので歳をとっているように見えるが、案外おっさんというほどの年齢ではないかもしれない。
かなりの長身なのだが、猫背と全体的にひょろいせいであまり大きくは見えない。
もう一人は若い女性だった。
ハーフなのか、小麦色の肌と、アフロっぽい髪型をしている。
そして、胸がでかい。
大吾も年頃の男の子、そこに目がいってしまうのは仕方が無かった。
残念ながら、でかいのは胸だけでなく、全体的にポッチャリしていたのだが。
大吾はその二人が赤い自分たちと同じ服を着ているのを見て、安心した。
あれは参加者だ。
「おい」
だから、声をかけた。
その声に反応したのは、優と女性。
優は慌てたように、信じられないものを見たかのように大吾を見た。
女性の方はバッと大吾の方に振り向き、警戒感をあらわにする。
対して、声をかけた大吾はその様子に気づかず、のんびりと振り返ったおっさんに無防備に近寄ろうとしていた。
「あ、あー。赤か。ならまだいいか」
おっさんがボリボリと頭を掻きながら手振りで女性に警戒を解くように指示を出す。
もちろんそんなこと、大吾にはわからなかったが。
「あんたら、参加者だろ?」
「そうそう。あ、ここじゃなんだから奥行かね?」
おっさんの言葉に大吾は頷き、さっきまでいた場所に戻る。
そこにはさっきと同じ体勢で、呆れたような顔をした優が座っていた。
「なんだよ?」
「柏木さん、ちょっと無用心すぎます」
責めるような優の視線にその真意を問えば、返ってきたのはそんな答だった。
大吾には優の言っていることの意味がわからない。
「坊主、嬢ちゃんの言ってることのほうが正しいぞ」
おっさんが苦笑しながら腰を下ろす。
そしてズボンをまさぐり、落胆したかのように溜息を吐いた。
「タバコ、持ってないよな?」
「ない」
「ないです」
「だよなー」
どうやらタバコが吸いたかったらしい。
しかし、持ち物は全部ゲームが始まる前に没収されてしまう。
このおっさんもタバコを没収されてしまったのだろう。
「坊主、このゲーム参加するの初めてだろ?」
おっさんが髭をさすりながら聞いてきた。
「ああ、そうだけど」
大吾はその問に答えながら、疑問を持った。
ゲームに参加するのは初めて、というその問は、まるでこのゲームが以前にも開催されているかのような言い草だった。
「ああ、その様子じゃ、マジで何も知らない感じか。参ったね、こりゃ。嬢ちゃんも苦労しそうだ」
おっさんの言い草にカチンとする。
それではまるで、優の方が大吾よりも頼りになると言っているように聞こえたからだ。
「あ、怒った? 悪い悪い」
そんな大吾の様子を察して、おっさんは軽い調子で謝る。
それがまた大吾の神経を逆なでするのだが。
「怒んなって。悪かったよ。お詫びにこのゲームのこと、ちょっと教えてやるからさ」
おっさんの提案に、大吾はイライラしていた機嫌を引っ込める。
おっさんの言動は気に食わないが、このゲームのことは知っておきたい。
なにせ、大吾はこのゲームのことを全くと言っていいほど知らないのだから。
「なんかわかんないことがあったらおっちゃんに聞いてみ? 答えられる範囲で教えてやるからさ」
とは言われても、大吾には正直何がわからないのかさえわからない状態だ。
「すまん。本当に何もわからないんだが、一から教えてくれるか?」
素直にそう告げると、おっさんはポカンとした表情をして、他の女性陣二人と顔を見合わせた。
「え? 何も?」
「ああ」
おっさんは瞬きを何度かして、ガシガシと頭を掻いた。
「そいつはおかしい。このゲームはいかれちゃいるが、事前の説明はちゃんとされてるはずだ。坊主、なんでこのゲームに参加することになった?」
おっさんに問いかけられ、大吾はこれまでの経緯を話した。
母親にはめられたらしいという経緯を。
「酷い親もいたもんだね」
そう口にしたのは、おっさんと一緒にいた女性だ。
優やおっさんは口には出さないものの、大吾の母親に嫌悪を感じているようではあった。
「人数合わせなのか、その母親が一人参加するだけじゃ割に合わない額の借金でもこさえたか」
おっさんが呟き、頭を掻く。
頭を掻くのが癖なのかもしれない。
「まあ、一から説明するとだ、このゲームは理由はいろいろだが、借金だったりなんだりで首が回らなくなった連中が放り込まれるものなわけよ。あ、俺の場合は借金ね。博打でスって転落人生ってやつ。あ、おっちゃんの話はどうでもいっか。坊主の場合、まあ、理由はわからんがその母親が原因だろうな。何をしでかしたんだか。完全にとばっちりだわな」
さらっと自分の身の上話を交えながら、説明を始めるおっさん。
改めて第三者から母親のせいと断言されると、やるせない気持ちになる。
「で、まあ巻き込まれちゃったのはもうご愁傷さまとしか言えないわけだけど、こうなったらゲームで生き延びるしか方法はない。正式に参加させられちまったからには、いくら抗議したって通用する相手じゃないからな。あ、このゲームの主催者がどこの誰とかは考えないほうがいいぞ。考えても無駄だし、深入りするだけ損するから」
おっさんの言葉に、大吾はうなだれる。
おっさんの言う事を信じるならば、このゲームの主催者は只者ではなさそうだ。
それこそ、開発中の巨大テーマパークを会場として利用できるくらいには。
少し考えれば、法治国家の日本で、こんな馬鹿げたゲームが実際に行われている時点でおかしいのだ。
そのおかしなことを平然とできるのだから、主催者がどれだけ異常なのか、推して知るべしだ。
「このゲーム、以前にも何回かあったのか?」
「あったあった。ちなみにおっちゃんは前回と前々回の二回参加。前々回の時はその前に参加したっていう人と会ったから、少なくとも今回含め四回は開催されてるね」
大吾は自分の頬がひきつるのを自覚した。
目の前のおっさんは、さらっと二回もこの異様なゲームを生き残ったと言っているのだ。
人は見掛けに拠らないというが、覇気のないおっさんはとてもそんなすごい人間には見えない。
それよりも、こんな異様なゲームがそれだけの回数行われているという事実に対してショックを受けていた。
「ちなみに、その時ごとに少しずつルールも場所も変わってるから、これから話すアドバイスはあくまで参考程度に聞いとけな」
どうやら、前回と前々回はこのテーマパークではない場所で開催されたようだ。
「ちなみに、どんな違いが?」
「前回はどっかの山の中が舞台で、前々回がどっかの廃村が舞台だった。で、今回みたいなペアじゃなくて、ソロで逃げ回ってたねえ。前々回は色分けが四色だったし」
つまり、ペアのルールは今回が初ということか。
男女比が同じになったから思いついたのか、意図的に男女比を合わせたのかはわからないが、どちらかが死ねばもう片方も死ぬというのは難易度が高いルールと言える。
その点を考えればかなり参加者に不利になった気がする。
「おっちゃんからのアドバイスとしては、なるべくどっかに身を隠してじっとしてるのが賢明ってことかね。おっちゃんそれで二回も生き残ってるし。だからここでじっとしてるのが一番かもよ」
ただし、とおっさんは付け加える。
「ゲーム期間は七日間。その間飲まず食わずってわけにはいかない。大概食物だとか飲み物なんかはミッションをクリアしたご褒美に渡される。ミッションっていうのはこのスマホにアラームで知らされる。内容はその時々で変わるからこればっかりはミッションが出てからじゃないとわからない。それに、ミッションの中には強制的に参加せざるを得ないようなやつもあるから注意が必要だ。どんだけ効率的にミッションをクリアしつつ、身を隠せるかが生き残る秘訣になるわけよ。ここまでいいか?」
おっさんの説明をしっかりと頭の中に叩き込み、大吾は頷く。
食料は少しなら我慢できるだろうが、水はそうもいかない。
どうにかしてミッションをクリアするか、もしくは飲める水を確保するか。
どちらにせよ、ミッションとやらはまだ出ていないので、考えるのはその時でいい。
「あとな、さっき嬢ちゃんが坊主に呆れてた理由、警戒すべきなのは何も狼だけじゃないってことだからさ」
「どういうことだ?」
「考えてもみろって。さっき言っただろ? このゲームに参加するのは借金やら何やらで首が回らなくなった連中だって。ほとんどの連中が生き残るの最優先にしてるだろうが、中には賞金目当てに行動してるのも少なからずいる」
「それがどうした?」
「坊主、ピエロの説明は聞いてたんだろ? じゃあ、思い出してみろ。賞金が出る条件を」
おっさんに言われ、大吾はピエロが言っていた内容を思い出す。
『ちなみに、赤と青でチーム分けされてるけど、生き残った人数が多いチームが勝ちってことだよ! 負けた方は残念ながら賞金はなしになるんだ! 勝った方は生き残ったみんなで賞金を山分けだ!』
ピエロはそう言っていた。
そして、その言葉の意味と、おっさんの言葉の意味をつなぎ合わせて考える。
赤と青、勝った方が賞金を得る。
そこで、大吾は理解した。
「赤と青で、殺し合いが起きる?」
「ビンゴ」
おっさんが疲れたような笑い声を出す。
大吾は笑えない。
「それだけじゃない。賞金は、生き残った人間で山分け。つまり、生き残った数が少ないほど、懐に入る金額も多くなるってことだ」
おっさんのその言葉に、血の気が引いていく。
それはつまり、同じ色の人間でも、油断はできないということだ。
「尤も、同じ色での殺し合いは後半にならないとあんま起きない。同士討ちして敵より数が減っちゃかなわないからな。勝ちが揺るぎなくなった瞬間が、最も危険ってわけだ」
おっさんの言葉に、今更ながらにおっさんたちを警戒しようとしていた大吾は、それをやめた。
本当に今更すぎるからだ。
おっさんがその気ならば大吾はとっくに襲われている。
それに、おっさんは出会い頭に、まだいいか、と言っていた。
それは、まだ殺さなくていいかという意思表示なのか、それともなければ、まだ大丈夫かと看破したのか。
どちらかはわからない。
わからないが、今この瞬間におっさんが牙をむくとは考えられなかった。
「どうやらわかったみたいだな。自分がどんだけ危ないことしてたか」
「ああ」
そう頷くしかなかった。
「まあ、しばらくは青の連中だけ警戒してれば問題ないさ。たまに同じ赤でも襲いかかってくるのはいるけどな。それどころか、狼に挑む馬鹿とかな」
その言葉に、大吾は目を見開く。
あの狼に、挑むだって?
丸腰で、あの兵器に?
「エスケープシープゲーム。このゲームの名前だ。訳すと逃げる羊のゲームってところか。だから参加者は羊って言われてるんだが。知ってるか? エスケープの語源は外套を脱ぐって意味だったって。そこから転じて、束縛から抜け出す、逃げ出すって意味になっていったらしいぞ。いるんだよねー、たまに。逃げ惑う羊の皮を脱ぎ捨てて、狼に挑む連中が。さてはて、そいつらは果たして、羊の皮をかぶった馬と鹿なのか、それとも、羊の皮をかぶった化物なのか」
どっちだと思う?
そう問いかけてくるおっさんに、大吾はそっけなく、
「どっちも馬鹿だろ」
と答えた。
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