エスケープ・シープ・ランド/馬場翁【3/10】書籍発売決定!

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第1話

 他人はみんなクソだ。

 特に女は最悪だ。

 それが柏木大吾が十七年の人生で学び取ったことだった。


 大吾が物心ついた時、父親の姿は既になかった。

 死んではいないと思われる。

 母親に逃げられたか、そもそも行きずりの相手で父親が誰だかわからないのか、そのどちらかだと大吾は思っている。


 大吾の母親は一言で言えばクズだった。

 幼い子供を家に残して一日中遊びほうけるような。

 そして、たまにいるかと思えば、暴力を振るうような。

 そんな母親だった。


 殴られるのは日常茶飯事。

 ご飯を食べさせてもらえないのも。

 話しかけると殴られると理解したのは、物心つくのと同時。

 もはや本能のように、母親に話しかけるのが危険なことであると、気が付けば覚えていた。

 大吾はよく物心つく前に死ななかったなと、それを奇跡のように感じていた。


 尤も、その奇跡は大吾に救いなんか齎さなかったが。

物心つく前に死んでいたほうが良かったと、大吾は本気で考えていた。


 繰り返される母親の暴力。

 それをやり過ごすために大吾がとった手段は、ひたすら静かにすることと、いい子であろうとしたこと。

 話しかければ殴られるのなら、話しかけなければいい。

 それでも母親の機嫌が悪い時は殴られたり蹴られたりするが、暴力を振るわれる頻度は減る。

 あとは、母親がいる時はジッとして、なるべく視界に入らないようにする。


 その時間は、恐怖以外の何ものでもない。

 実の母親に殺されるのではないかと、本気で震えていた。

 しかし、大吾は生き残った。


 当時の大吾は知らないことだが、彼の母親は狡猾だった。

 子供に暴力を振るっている時点でまともな人間ではなかったが、それを隠し通す程度の知能は持ち合わせていた。

 大吾が住むアパートの住人の彼女に対する感想は、「女手一つで一児を育てるおしとやかな女性」だ。

 女手一つで大変だろうに、弱音一つ吐き出さずに懸命に子育てをしている女性。

 そう見られていた。

 実際には子育てなんてろくにしていないし、その子供に弱音以上の暴力を振るっていたのだが、ご近所の人たちはその事実に気づきもしなかった。


 そうやって事実を隠蔽するのに長けた母親が、大吾を殺してしまうという最大のミスを犯すはずがなかった。

 それくらい頭が回り世渡りがうまいはずの母親が、もう少しまともな性格をしていれば、大吾の人生はきっと変わっていたに違いない。

 が、結局のところ大吾の母親はどうしようもなくクズで、だからこそ大吾は現在死に瀕している。


「はっ! はっ! はっ!」


 息を切らせながら走る。

 その手には、別の小さな手を握って。


 大吾が後ろを振り返ると、そこには苦しそうに顔を歪ませる同年代の女の子が必死に走っている。

 そのすぐ後ろから迫る、死の気配。


 それは、狼の姿を模した着ぐるみ。

 ファンシーな見た目の着ぐるみが、重火器を持って追いかけてくるという恐怖。

 シュールな光景だが、笑ってはいられない。

 その重火器は本物で、今まさにその照準は大吾たちに向けられているのだから。


 正直に言えば、大吾は手に取っている女の子の手を放し、そのまま見捨てて行きたかった。

 が、それはできない。

 この女の子が死ねば、自分も同時に死んでしまうのだから。





 その日、大吾の人生は変わった。

 あるいは、変わることなく続いていた地獄だったのかもしれないが。


 十七歳に成長した大吾は、高校には通わずに働いていた。

 家は貧乏で、とても高校に通えるような余裕はなかった。


 母親は中学に上がるくらいから家にほぼ寄り付かなくなっていた。

 大吾に仕返しをされるのを恐れているからだ。

 大吾は成長期の栄養不足のせいで、男にしては小さい。

 しかし、それでも男で、本気を出せば女である母親に暴力で負けることはもはやない。

 その事実に気づいた大吾は、いい子でいるのをやめていた。

 その頃から、母親は大吾を避けるようになり、家にほとんど帰ってこなくなった。


 母親がどんな仕事をして稼いでいたのか、大吾は知らない。

 いかがわしい仕事か、やましい仕事か、もしくは男に貢がせていたか、どれかなのではないかと大吾は思っている。

 が、貧乏ながら一応生きていけていたことから、稼ぎがないわけではないはずだ。

 その稼ぎも、母親がいなければない。

 必然的に、大吾は自分が生きるために稼がなければならなかった。


 大吾が仕事から戻り、いつものように無言で家の玄関扉を開けると、いつもとは違ったものが目に入った。

 女物の靴。

 それを目にした瞬間、ドクンと跳ねるような鼓動が胸の中で弾ける。

 全速力で駆け抜けた時のような、息苦しさを感じる。


「おかえり」


 そして、普段聞こえるはずのない声が聞こえた。


「なんでいるんだ?」

「ここは私のうちでしょ。いておかしいの?」


 内心の動揺を隠せない大吾に対し、母親は何でもないことのように返事をした。


 大吾の母親は世間一般の感性から見て、美しい女性だった。

 もう十七になる息子がいるとは思えない、若々しさ。

 よく目を凝らせば目尻や口周りに皺が見えるものの、パッと見では実年齢よりだいぶ若く見える。

 そんな美貌も、大吾から見ると食虫植物の花のような、おぞましい何かに見えて仕方がない。


「ご飯あるけど食べる?」


 大吾はここ数年聞かなかった母親のその言葉に、動揺する。

 小学校くらいまでは、この母親も機嫌がいい時や気まぐれでご飯を作る時があった。

 そういう時、決まってそう聞いてきていた。

 ここ数年はまともに顔を合わせることさえなかったので、実に久しぶりに聞いた言葉。


「あ、ああ」


 戸惑いつつも、肯定してしまう大吾。

 それが、いけなかった。





 気が付くと、大吾は見たこともない場所にいた。

 狭い部屋だ。

 そこで大吾は手を縛られた状態で転がされていた。


「どういうことよ!? なんで私も参加しなくちゃいけないのよ!?」


 母親がドアを叩きながら叫んでいる。

 ガチャガチャとノブを回すが、ドアが開く様子はない。

 閉じ込められているようだ。


「この子を参加させるって言ってるじゃない! 私は関係ないでしょ!」


 状況がいまいち理解できないが、大吾は尋常ではない母親の様子に危機感を募らせた。

 暴力を振るう時でも、ご近所に聞こえないように無言で殴る蹴るを繰り返すような女が、恥も外聞もなく喚き散らしている。

 そんな状況がどれだけ異常か。


 大吾は混乱しながらも、現状を整理しようとする。

 母親の作った料理を食べたところまでは思い出せる。

 が、その途中からの記憶がない。

 おそらく、状況から考えて母親に睡眠薬でも飲まされたのだろう。


 母親がこれだけ喚いていることから考えて、なにかの身代わりに大吾を差し出すつもりだったようだ。

 それがうまくいかず、結局大吾もろともこうして閉じ込められている。

 迷惑な話だった。


「おい、どういうことだよ?」


 詳しい話を聞くため、低い声で母親に問いかける。

 母親は大吾が目を覚ましたことにも気付かなかったようで、その声に驚いたように振り返った。

 その視線が彷徨う。

 口を開きかけ、しかし言葉が出ることはなかった。


「出ろ」


 母親の口が開く前に、ドアが開いた。

 そこにいたのは、うさぎだった。

 正確には、うさぎの被り物をしたなにか、だが。

 遊園地やショーなどで見かけるようなきちんとした着ぐるみではなく、パーティーグッズのような頭に被るだけの被り物。

 首から下は普通にスーツで、それがかえって異質さを際立たせている。

 極めつけは、その手に警棒のようなものを持っていること。


「話が違うじゃない!」


 母親がそんなうさぎにくってかかる。

 うさぎは表情が見えないが、それでも煩わしそうに、手に持った警棒で母親を突いた。

 途端、耳障りな音と、焦げるような匂いがした。


「かっ、はっ!?」


 倒れる母親。

 大吾は、うさぎの手に握られているものが、スタンガンかなにかだとこの時ようやく理解した。


「グズグズ言うな。ほら立て」


 スタンガンの衝撃で倒れた母親の髪を、うさぎは無造作に掴んで引っ張る。

 あの母親が、暴力に屈している。

 その姿を見て、大吾はスッキリするどころか恐怖を感じた。


「おい、こいつ連れてついてこい」


 うさぎが大吾に話しかける。

 大吾はただコクコクと頷くことしかできなかった。


 母親の肩に手を回し、なんとか立ち上がらせる。

 そして、ヨロヨロとした母親の体を支えながら、歩き出したうさぎの後を追う。

 会話はない。

 疑問は尽きないが、今口を開くとうさぎに何をされるかわからない。

 そんな思いが大吾の胸中を占めていた。


「ここだ。中に入ったら適当な席に座ってろ」


 うさぎに案内されたのは、ホールのような場所だった。

 前方に舞台があり、後方に観客席がある。

 その観客席には、既に多くの人が席についていた。

 そして、その脇の通路には、うさぎと同じような、被り物をした男たち。


 大吾はうさぎの言葉に従い、空いている席に座る。

 隣にぐったりとした母親を座らせると、彼女は俯いてブツブツと何かを言い始めた。

 どうして私が、などの言葉が断続的に聞こえてくる。

 こうなった事情を聞くことはできそうになかった。


 大吾は周りを見渡す。

 観客席に座った人たちは、老若男女、バラバラだった。

 比較的若い男女が多いように見えるが、壮年の男性や女性も見受けられる。

 母親も見た目は若そうに見えるが、十分壮年の域であり、それを考えると不思議なことではない。


 観客席にいる人間で共通していることは、皆怯えていたり、悲観した空気を身にまとっていたりすることだった。

 中にはヘラヘラと笑っているような例外もいたが、会場の中には重い空気が漂っている。


 何が始まるのか、訳も分からずこの場にいる大吾には、予想もできない。

 ただ、ろくでもないことに巻き込まれたようだというのは確実だった。

 その予感を裏付けるかのように、舞台に一人の男が立つ。


「レディースエーンドジェントルメン! ようこそおいでくださいました!」


 男はマイクを通して大仰な仕草で声を張り上げる。

 男の格好は、ピエロ。


「それでは、エスケープシープゲームの説明を始めさせていただきます!」


 唐突に始まる、何かのゲームの説明。

 事態を理解していないのは大吾だけのようで、他の観客に戸惑ったような雰囲気はない。

 大吾だけが、この場で訳も分からずに取り残されている。


「ここに集まったプレイヤーの皆様は総勢100人! 皆様には、これからご案内する場所でゲームをしていただきます! あ、僕らはプレイヤーのことを羊って呼ぶことにしてるんでよろしくね!」


 ピエロの後ろにスクリーンが現れ、そこに映像が映される。

 それは、どこかのテーマパークの地図のようだった。


「ゲーム内容はいたって簡単! 七日間生き残るだけ! ね? 簡単でしょ?」


 ピエロがふざけたように言う。

 が、会場の誰一人として笑わない。

 笑えない。

 その重苦しい空気が、ピエロの言葉がなんの冗談でもなく、生き残りをかけたなにかのゲームであると、大吾に知らしめていた。


「でも、それだけじゃつまらない! そのままなら生き残るのは簡単! だーかーらー! 僕らは10人の狼をゲーム会場に放つことにしました! わー、パチパチ!」


 ピエロが手を叩く。

 同時に背後のスクリーンの映像が切り替わり、狼の着ぐるみが映し出される。


「彼らは強力な武装をしているから、気をつけてね!」


 武装という言葉で、大吾は先ほどのうさぎが持っていた警棒型スタンガンを思い出す。

 あんなのを、狼は持っているということかと納得する。

 その納得は、スクリーンが切り替わった時に裏切られた。

 悪い方向に。


 スクリーンに映しだされたのは、10種の武器。

 どう見ても重火器にしか見えないものや、映画などで見かけるような空想上のものにしか見えない武器まである。

 それだけ見れば冗談のように見えるが、会場の重い空気がそれらの武器が本物であると語っている。

 大吾は暑くもないのに嫌な汗が流れてくるのを自覚した。


「あと、ここにいるのは男50人、女50人なんだ! キリがいいから男女ペアになってもらうことにしたよ! どっちか片方が死んじゃったらそのペアは仲良く脱落ね!」


 また、スクリーンの画面が切り替わり、番号が並ぶ。

 なぜか画面は半分が赤色で、もう半分が青色になっている。

 番号がルーレットのようにランダムに変わり始め、ピエロが腕を振ると止まった。


「事前に渡してあった番号カードは持ってるね? この番号が君らの番号と、パートナーの番号だよ!」


 ピエロの言葉に大吾は首をかしげる。

 事前にそんなものはもらっていない。

 隣の母親を見ても、未だにブツブツと独り言を言っていてこちらの様子に気づいていない。


「ちなみに、赤と青でチーム分けされてるけど、生き残った人数が多いチームが勝ちってことだよ! 負けた方は残念ながら賞金はなしになるんだ! 勝った方は生き残ったみんなで賞金を山分けだ!」


 理解が追いつかないまま、ピエロの説明は続いていく。


「じゃあ、番号を呼んだ順から早速出発しよう!」


 ピエロが番号を呼び始める。

 呼ばれた番号の人物が立ち、通路に控えていた被り物の男たちの指示に従って会場をあとにしていく。

 しかし、どんどん呼ばれる人々の中、番号などもらっていない大吾はいつまでたってもそこにいつずけるしかない。


「88番!」


 その番号が呼ばれた時、隣の母親が立ち上がった。

 そして、被り物の男に連れて行かれる。


 そして、会場に残ったのはいよいよ大吾と、もう一人の少女だけになった。


「最後の君らは番号呼ぶ必要もないね! じゃあ、行ってらっしゃい!」


 このまま呼ばれなければ、そんな淡い期待は、ピエロの一言で裏切られた。

 最後に残った少女と一緒に、被り物の男に連れられて会場を出た。





 このままじゃまずい。

 そう大吾は気づいていたが、だからといって何ができるわけでもなかった。

 被り物の男たちに警棒型スタンガンで脅され、言われるがままに着替え、車に押し込められる。

 あとは目的地につくだけだった。

 車内の窓は黒塗で、外の様子が見えない。運転席と乗せられている後ろの席は完全に隔離され、まるで囚人を運ぶ護送車のような雰囲気だった。

 車内で目に付くのは、相方だと思われる少女だけ。


 大吾は少女のことを観察する。

 ショートボブの髪は染めたのとは違う自然な色合いの茶髪。

 小柄な大吾よりも小さい背丈。

 顔は童顔だが、人形のように整っている。

 小さい体と童顔のために幼く見える。

 中学生くらいと大吾はアタリをつけた。

 まるで小動物のように、庇護欲を掻き立てる外見の少女だった。


「あの、よろしくお願いします」


 震える声はそれだけで守ってあげなければならないと思わせるかのよう。

 が、それは相手が一般的な男子であればの話だった。


「ああ」


 大吾はそっけなく返事をした。

 母親に始まり、大吾の人生で女はろくな人間が近くにいなかった。

 はっきりといえば、大吾は女嫌いだった。

 パートナーと言われても、一緒に行動などしたくない。


 だが、大吾にはこの少女を放っておけない理由があった。

 大吾は忌々しそうに自分の首に付けられた、無骨な首輪に触る。


 被り物の男たちに着替えさせられたのは、上下シンプルな赤い服だった。

 そして、その時に付けられたのが、この首輪。

 中にはカメラと、爆弾が仕掛けられている。

 お約束通り、無理に外そうとすれば爆発し、相方が死んでも爆発する仕掛けになっているのだそうだ。

 つまり、大吾は目の前の少女を見捨てることはできない。

 見捨てて死なれでもすれば、その瞬間大吾も死ぬ。


「あの、私、式守優って言います」

「そうかい」


 優と名乗った少女が何か言いたげに上目遣いで見てくるが、大吾はそれを無視した。

 優がそれを見て、縮こまり、車内には気まずい沈黙が流れる。


「あ、あの、お名前……」


 勇気を振り絞りました、という感じで優が聞いてくる。


「柏木大吾」


 大吾はその問に、ただそれだけ答える。

 それっきり、二人の会話は終わった。


 大吾はこの時に大きな失敗をした。

 訳も分からずに起こった出来事に、現実感がなくどこか他人事のように流されていたせいで、大吾はこれから自分がどれだけ危険なゲームに参加させられるのか、それが分かっていなかった。

 だからこそ、嫌いな女に自分から話しかけるということをしなかった。

 もっと危機感を持っていれば、たとえ話しかけるということに大きなトラウマを抱えている母親にでも、問い詰めることはできたかもしれなかったのに。

 そうして、自分が巻き込まれている現状を正しく理解できたかもしれなかったのだ。


 しかし、現実には大吾は母親に問い詰めることをしなかった。

 無意識のうちに、子供の頃からの、話しかけないという選択肢を取る事によって。


 それだけならまだ挽回はできた。

 大吾のミスは、この時に優に何も聞かなかったこと。

 何か聞いていれば、心構えができたかもしれない。

 ゲーム開始と同時に、違う選択肢を取れたかもしれない。


 尤も、それはあくまでもしの話であり、結局のところ意味のないことだったのかもしれない。





 車から下ろされた場所は、どこかの遊園地だった。

 それが遊園地であるとひと目で理解できたのは、観覧車やジェットコースターの線路が目に入ったからだ。

 外はすっかり日が沈んでいたが、街灯とスポットライトに照らされたそれらの姿は、鮮明に見ることができた。


 大吾は手渡されていたスマホによく似た機械を操作する。

 画面に時刻が表示された。

 時刻は、23時52分。


 このスマホ、見た目こそスマホそのままだが、電話の機能はない。

 今のところ、画面をタッチしても時刻が表示されるだけで、それ以上の操作ができない。

 わざわざ持たされたということは、なにかしらそれ以外の機能もありそうなものだが、今のところ何ができるわけでもなかった。


 大吾と優を乗せた車は、二人を下ろすとさっさと走り去っていってしまった。

 夜の遊園地で中学生くらいの女の子と二人っきり。

 これで他に客の姿があればデートのようだが、人気のない遊園地ではそんな気分になれるわけもない。


「ここ、やっぱり」


 優の消え入りそうな声に、大吾は反応する。


「ここがどこだかわかるのか?」

「は、はい。ここ、人工島に作られている巨大テーマパークだと思います」


 優の答えに、そういえばそんなニュースもあったと思い出す大吾。

 海上に人工島を作り、その島全体を巨大なテーマパークにするというニュース。

 今はまだ建設途中で、公開はされていなかったはずだ。

 その建設途中の巨大テーマパークが、ゲームの会場なのだろう。


「たしか、6つのエリアに分かれているんだったか?」

「はい。ここは、たぶん出入り口に一番近い、遊園エリアだったと思います」


 ここは、人工島と言っても、本土と橋で繋がっている。

 その橋があるのが、この遊園エリアだった。

 大吾はこの人工島のことをニュースでチラッと知っているだけで、詳しいことはわからない。

 入口に近いといっても、どちらに行けばそこにたどり着けるのかわからない。

が、優の言葉を聞いて、入口に向かうことを決意する。

 入口にたどり着ければ、もしかしたら脱出することもできるかもしれない。

 そう考えたのだ。


 それがどれだけ浅はかな考えのなのか、大吾はその身を以て知る事になる。


 無言で歩き始めた大吾の後を、慌てたように優がついてくる。

 どちらに進めばいいのかわからないが、とりあえず動かなければ話は始まらない。


 そこに、ピロリンという軽い電子音が響いた。

 音の出処は、時刻しか確認できなかったスマホ。

 しかも、大吾と優の両方から音が出ていた。


『ゲーム開始は0時からでーす! これから七日間頑張ってください!』


 スマホの画面には、そんなメールが届いていた。

 時刻を見ればちょうど0時。

 ゲームがスタートした。






 ゲームがスタートしてから15分ほど。

 大吾と優は何事もなく入口の近くまでたどり着いていた。

 遊園地らしく、園内の地図がそこかしこに設置してあったため、入口の場所は簡単に分かった。


 お土産屋となるのであろう、いくつもの建物が並ぶ通路を大吾は無言で歩いていく。

 その後を、優がちょこちょことついて行く。

 優は空気を読んでいるのか、大吾に話しかけない。

 大吾も自分から話しかけることはない。


 大吾の目に、園の入口である門が見えてきた。

 駅の改札口のような門は、その見た目通り駅の改札口も担っている。

 人工島と本土を繋ぐ橋には、車用の道路の他に、直通の電車の線路が設置されている。

 門の半分が車で来た来客者用で、もう半分が電車で来た来客者用の出入り口となっている。

 電車のチケットは、そのまま入園チケットにもなる仕組みとなっている。


「よし! 行こう!」


 爽やかな掛け声は、もちろん大吾のものではない。

 門の近くに、一組のカップルがいた。

 仲が良さそうに手を繋ぎ、門に向かって走っている。


 随分打ち解けているように見えるが、ゲームのパートナーはランダムで選ばれているはず。

 出会って間もないのに、まるで恋人のように仲が良さそうに見える二人を、大吾は信じられない思いで見ていた。

 あれが、リア充というものだろうか?

 だとすれば、リア充は爆発するのか。


 そんな馬鹿らしい思考がよぎった瞬間、その二人は本当に爆発した。


「は?」


 間抜けな声が大吾の口から漏れた。

 二人がいた場所には火炎がほとばしり、映画でしか見られないような地獄の光景が広がっている。

 そして、それを眺める狼の着ぐるみ。

 それは、羊を狩る狼の姿。

 その手には、見たこともない大型の重火器がある。

 いや、見たことならある。

 ピエロに見せられた武器の中に、それはあった。

 長い円筒形の、ガトリング銃のような形。

 その中に、弾と思われるものが等間隔で設置されている。

 その数はパッと見ではいくつあるのかわからない。

 わからないが、さっきの爆発がその弾一発で引き起こされたのだとしたら、あの武器一つでここいら一帯を更地にできる。

 それだけの量の弾があった。


「っ!」


 大吾はこの瞬間、理解した。

 このゲームは、冗談なんかじゃないということを。


 そして、優の手を取って走り出す。

 門とは正反対に。

 その背を狼にロックされたのを感じながら。


 ゲームは、こうして幕を開けた。

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