第118話 最後の恋人
「どれだかわかる?」
清喜に問いかけると、彼は「もちろんですよ」と言って、いくつか箱が収納してある場所から、一つを手にとった。
「弟さんに送るのはこれです」
「もしかして、前々から聞いてた?」
「はい。そりゃあ僕……恋人でしたから、えへへ」
清喜が顔を赤らめて、両手で頬を押さえる。年相応の青年らしい反応であるが、仕草自体はそんなに似合わない。
「なにいきなり照れてるの、あんた」
今、もうちょっとしんみりとした……落ちついた話になる雰囲気だったはずなのだが、なんで急に浮ついた感じになったんだろう。
「すごく不謹慎なこと言っていいですか?」
「駄目です」
言下に却下した小玉だったのだが、清喜は平然と言葉を続けた。
「僕、あの人の最後の恋人になったんだなと思って」
「いや、さあ……」
──駄目だって言ったじゃん……。
小玉はげんなりしたが、彼自身吐露したいことがあるのだろうと察して、小玉は聞いてやることにした。
わざわざ許可とろうとした意味ある? とは思いはしたが。
従卒に対してこんなに優しい上官、ほかにいないと小玉は自画自賛する。弱腰ともいえるけれど。
「いろんな恋の経験をしている人だったので、今後僕以外の人と付きあうことも想定してたようなんですよね。僕がほかの人と付きあうことも」
「うん」
まあそうだろうなと、小玉は思う。二人ともまだ若い……片方は「若かった」と過去形になるが。
清喜はなにやら、夢みるような眼差しになる。
「でも復卿さんに関しては、もうそんなことがないので、あとは僕がほかの人を好きにならないだけだなって思って」
青いな……と思いはしたが、それを直接言うのもはばかられる。
上官の却下を一蹴するようなこの清喜に、言葉を飾らずにものを言っても、多分気にも留めないだろうが、小玉は優しい上官なのでこう言うだけにとどめる。
「……あんたまだ、先は長いんだから」
「そうですね~。自分で言うのもなんですけど、僕ものすごく長生きしそうな気がするんですよね。性格的に」
「正しいけど、自分で言っちゃう、それ?」
言っちゃうからこそ、長生きしそうではあるものの。
その後、形見分けするものの分別と掃除がすべて終わったところで日が暮れたので、二人は帰路についた。荷車は清喜が引き、小玉が後ろから押す。
「明日は家具の持ち出しですね~」
「そうね~。あっけないものだわ」
二人とも声をやや張る。なにせ荷車の前方と後方に別れているうえに、車輪は音を立てて進むものだから、小声だと相手に聞こえない。
明日は人足を連れて、家財を引きはらう。家財を売った金は、復卿と親しくしていた妓女たちに渡すという。
「あんたは服だけでよかったの?」
「ええ! 女性には着られないですし、男性は着ないですし!」
清喜が形見として引きとることになったのは、復卿の衣服であった。女物の。
服の構造上、多少大きかろうが着ることはできるが、さすがに復卿が着ていたものは大きすぎる。彼は着痩せするたちではあったが、仮にも武官であり、相応に体格がよかったから、小玉が着ると全体的にだぼついた感じになってしまう。
もっとも大きさについては、直せばいいだけの話だ。単純に、小玉の好みではなかったのである。
派手な顔立ちをしていた復卿は、派手な色を好んでいた。これがまた似合っていたのだが、自分が着たいか着たくないかでいえば後者である。
「どうせあたしになんてこんな服、似合わないから……」なんて気後れしているわけではなく、本当に好みの問題だった。多分、軍にいる女性の知人たちも二の足を踏むだろう。
あとはもう復卿のなじみの妓女たちにあげる道しか残ってないが、清喜が「おねえさんたちにあげるくらいだったら、僕がもらうので!」と言いだしたので、衣服一式は彼のものになることが決まった。
金はよくても、服はだめらしい。
なお小玉は、復卿が使っていた鏡をもらうことにした。清喜が力説したのである。
「鏡には不思議な力がやどると言います。復卿さんの鏡だったら、きっと閣下を守ってくれますよ!」
それ、考えようによってはなかなか怖い言いぶんである。復卿の執念が鏡に残ってるような気がして、おろそかには扱えない。仮にそんな気がしなくても、おろそかに扱うつもりはないけれど。
「閣下」
「な~に~」
間のびした声になってしまったのは、傾斜がきつくて荷車を押す体全体に力が入っているからだ。
「あまり僕のこと気にしないでくださいね。僕、復卿さんがいなくなっても、悲しくはないので……うわ」
「わ……っ!」
あまりにも突拍子のないことを言われて力が抜けた小玉は、荷車ごと三歩ぶん後退してしまった。
「危ないですよ、気をつけて!」
「気をつけてほしいなら、時と場所を考えてものを言って!」
小玉は慌てて力を入れ直す。
「あんた悲しくないの?」
「悲しくはないですね」
きっぱりと言う清喜は、こう続けた。
「だから復卿さんは僕を選んだんです」
今、自分は壮大にのろけられたのではないかという気がひしひしとして、なにやら釈然としなかった。
帰宅して、丙と清喜と住みこみの老夫婦とともに夕食をとった小玉は、汗を拭ってから自室で鏡を眺めた。
小さいこと以外なんの変哲もない鏡であるが、よく磨かれている。持ち主が大事に手入れしていたことがうかがえ、胸がつまるような気持ちになった。
大事にしよう、と思った。
兄嫁が残してくれた、あの餞別の小銭入れのように。
そのために、箱を作ろうと思った。
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