第117話 遺品整理
班将軍はいい上司だし、いい人である。
だが問題をうやむやにして、処分をなかったことにするような、生ぬるい人間ではない……だからこそ、いい上司でいい人なのであるが。
彼は帝都に戻ってからすぐ、泰を呼びだして事情の聞きとりを始めた。
面談の際に、「では行ってきますね」と真面目な顔で手を振った泰に、小玉も不安な気持ちを抑えながら手を振りかえしたものだ。
なお文林は、泰がでっちあげた事情に全力で乗っかって、祖父の先祖の故郷まで本当に行くことにした。
そしてまだ戻ってきていない。
取るものも取りあえずで戦場まで来た文林は、路銀が足りなくて小玉から金を借りることになった。事情が事情とはいえ、こいつに金を貸すなんて事態、二度と来ないだろうなと小玉は思った。
しかし最初は、貸すのではなくあげようと思ったのだ。文林には家の手配のような私的なことまでお世話になっているし、小玉が単純に金銭の貸借を嫌っているせいでもある。小玉は金を貸すくらいなら、あげたうえで、以後の縁を切るほうがいいと考えるたちであった。
けれども文林の猛反発を食らって、結局借金について、小玉側に都合のいい内容の証文を作る羽目になった。戦地でずっと保管するのは、非常に面倒くさかった。紙と
片手を顔に当てて、大きくため息をつく小玉に、清喜が気づかわしげに声をかける。
「閣下、お疲れでしたら明日の件は……」
「気にしないで。あたしが行きたいんだし」
それに確かに疲れてはいるが、肉体的なものというよりは気疲れといったほうが正しかった。
明日は、復卿の遺品整理をしにいく。
復卿は、小玉に遺書を預けていた。これは復卿がとりわけしっかりしていたからではなく、かなりの部下たちも同様のことをしている。明慧もその一人で、家族と縁が薄い者が主だった。
とはいえ、戦場においては自分の証文を保管するのも面倒くさいくらいなのだから、そんなところまで部下の遺書(しかも複数)を、ほいほいと持ちだせるわけがない。
他人の遺書に気を取られてうっかり命を落とし、自分の遺書が活躍することになったら、歴史に名を残すことになりそうだ。笑いものとして。
なにより預かった遺書を抱えたまま小玉が戦死したら、所在について混乱が発生するのは想像に難くない。
だから部下たちの遺書は、宮城の執務室に保管してある。彼らに万一のことがあった場合、戻ってから開封するのだ。部下たちもその段階で読まれることがわかっているので、内容はもっぱら、家財や遺品の整理を託す事務的な内容だった。
今回は復卿のみならず、数名分の遺書を取り出すことになった。
中には「遺品整理は
時機が一致しすぎているような感もあるが、復卿が自分の死を予期していたからではなく、清喜との関係が深いものになったのをきっかけに書きかえた直後、こうなってしまった……というほうが正しいのだろう。
復卿は相当前に、実家とのつながりを絶っている。そりゃ女装男だしな……と考えるのは、単なる邪推だ。
小玉と会うよりも前、復卿は両親の死をきっかけに弟一家とは疎遠になったと聞いたことがある。だからこの件に女装は多分関係ない。ただ……もしかしたら、生前ついぞ復縁しなかった理由ではあるかもしれないが。
翌日、小玉は清喜と一緒に復卿の家に向かった。荷車を引いて。
人が長くいなかった家の中は寒く、
「窓開けましょうか」
「そうね」
まずは二人、開けられるところはすべて開けて、空気を通す。
二間ほどしかない家はさほど広くなく、また清喜にとっては勝手どころではなく知ったる恋人の家なので、片づけはすぐに終わった。
そもそも、すでに家主によって片づけられていた。
あいつらしいなと、小玉は復卿の人となりを思いかえす。
こういうところで律儀な面を見ると、彼が小玉の部下になる前の醜聞は、やはり仕組まれたものだったのではと思う。
あの件の犯人は誰だったんだろう……と今にして小玉は思う。
当時の小玉は周囲へ干渉する力量も人脈もそれほどなかったし、その後復卿に危害を加えようとする人間も現れなかったし、なにより復卿が追及するそぶりを見せなかった。
だからなんとなくうやむやになっていた。もしかしたら犯人なんていうのはいなくて、色んな巡りあわせで復卿があんな目にあったのかもしれないけれど。
だとしたら天罰なんだろうな、と小玉は思う。あのころの復卿は、それはもうひどい素行だったから。
小玉の部下になったあとは、それはそれでまたひどい素行であったが。
けれども生き方を一変させるくらい、あの醜聞が復卿にとって辛いものであったのは間違いない。
慈善などではなく使える人材が欲しかったという思惑は確かにあったものの、その窮地から小玉は彼を救い、そして今彼を死なせた。
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