第114話 嵐の前の
桶に水を入れ終えると、明慧は最後に鉢にきれいな水を入れて立ちあがった。来た道を戻る途中、ちらと横を見ると小玉がこちらに向かっているのが目に入った。
目的地は自分と同じだ。
ざっざっざっと、一定の速度の早足かつ無表情で突きすすむ彼女の様子には、ただならぬものが感じとれる。
実際今はただならぬ事態であると明慧は知っている。問題はそれが他者に察されては困るというものだが、今は復卿が死んだ直後。多少様子が常と違っても、余人は怪しむまい。
色物として扱われることが多く、事実色物ではあったが
それが失われたことに、小玉に好意的な者は残念がり、敵対的な者は喜ぶに違いない。
明慧が立ち止まると、察した小玉がいささか速度を上げて接近する。
「明慧」
「小玉、一緒に行くかい」
「ええ」
言って小玉は、手を差しだす。片方持つよという意図を察して、明慧は鉢を出した。
受けとりつつも、小玉が軽く
「誰か喉渇いてんの?」
「白粉溶くんだって」
「ああ……なるほど」
鉢の水の用途を察し、小玉は頷いた。
「事情、聞いたかい?」
「聞いた。明慧はもう?」
二人、並んで歩きながら会話を続ける。小玉は先ほどと同じくちょっと早足で、明慧はいつもどおりの速度で。二人は歩幅が違うから、それでちょうど速度が揃う。
「まあ、大まかなところは。泰はどこまで聞かせていいか、人によって線引きしてるだろうから」
「慎重なことで」
「そのぶん、『あいつ』のことを許せないだろうなあ」
明慧の言葉を、小玉は否定しなかった。
「あの二人、わりと相性よかったからあたしは安心してたんだけどね」
「それとこれとは話は別さ。自分のやったことに、責任はとらなきゃいけないんだから」
「そうね……」
小玉が軽くため息をついた。
復卿の遺体は、奥まったところにある天幕に安置されている。特別に設けられたものではなく、物品置きに使っていた場所の一部を、小玉の裁量で使えるようにした。破格、といっていい待遇である。
それどころか小玉本人は自分の天幕に寝かせることをいとわないだろうが、さすがにそこまですると、他の者たちに示しがつかない。
「入るよ」
小玉が一声かけて足を踏みいれる。明慧もそれに続く。
さすがに彼は、依然立ちつくしているわけではなかった。復卿の頭のほうに屈みこみ、髪を整えている。
小玉が清喜に鉢を渡す。
「ありがとうございます、閣下」
「あたしたちは話をするけど、あんたはそのまま続けてて」
「はい」
小玉は文林の方を向くと、声を発した。
「あんた、えらいことしてくれたわね、文林」
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