第五部
第112話 不穏の波紋
「教えて」と呼びかけつつも、実を言うと
けれども今、小玉が奇襲を受けた直後に文林が来たことに、なんらかの関連性を見いださずにはいられなかった。
「期待」といってもいいかもしれない。
この不条理きわまりない状況に、てっとり早く答えを得たい。それは今の小玉にとって、もっとも強い欲求だったから。
けれども小玉自身はそんなことを、きちん、きちんと思考の中で筋道立てて整理したうえで問いかけてなんかいなかった。小玉本人の感覚では、半ば条件反射といっていい問いかけだった。
だから小玉の問いに文林が即答せず、振りかえった小玉の目を避けるように、さっと横を向いたというのは、多少なりとも小玉を驚かせた。
小玉は立ちあがり、文林の方を向く。
ある種の
小玉は長旅の後の文林を見たことがあるが、そのときとはまったく違う。
文林はようやく息が整ったばかりだった。髪は乱れ、服装は平服で手荷物もほとんどなく、取るものも取りあえずといった様子であった。最低限の武器を持っているのが、むしろ浮いて見えるほど。けれどもそれさえ無ければ、道中野盗に襲われていたかもしれない。
「どうしたの、文林」
小玉が再度発した呼びかけは、文林のそういった奇異な風体に対するものでもあった。
常の彼なら、小玉の呼びかけが内包する意味まで理解できただろう、多分。けれども今の彼は、そこまでの余裕はなさそうだった。
「俺のせいだ……」
小玉の問いへの答えでもなく、独りごちた、という風情の言葉だった。
しかし聞く者にとっては、ただただ不穏さしか感じられない独り言であった。
絞りだすような文林の声に、小玉は背後で清喜の動きが止まったのを感じた。
復卿の死は、親しい者にとっては大事である。しかしこの戦場において彼は一介の士官で、戦局の大勢を左右したわけでもない。だから彼は、他の戦死者と同様にこの戦地で葬るしかない。
だがその前にせめて、身を清めてあげたいという清喜の望みを断る言葉を、小玉は持ちあわせていなかった。
文林の「俺のせいだ」という発言を耳にした清喜の心中で、一瞬にしてどのような憶測が駆け巡り、どのような感情が渦巻いたか。
小玉は完全には理解できない。けれども想像はたやすい。なぜなら小玉自身、清喜と同じ類の憶測と感情に、心を揺さぶられていたからだ。
小玉も清喜も、文林の一言だけで激高して抜剣するほど短絡的ではない。それでも文林に対する不信感が膨れあがるのは、無理なからぬことだった。
そもそも、今この場に服喪中の文林が現れたこと自体が異常であり、その事実も小玉たちの不穏な憶測に、より現実味を持たせた。
清喜のいる場で話を続けるべきではないか、と小玉は思いはした。だが中途半端に与えられた情報は、
――――けど、正しい遺恨だったなら……。
文林の話を聞いたうえで、仲裁をするか、あるいは自身も文林を糾弾するかを決めようと小玉は考えた。文林との間にこれまで培った信頼関係というものが、ほとんど感じられない思考だ。
だが仲間の死というのはそれほどに重く、また文林の発言はそれほどにうかつであった。
「『俺のせい』っていうのは、あんたが復卿を殺したってこと? あんたが原因で殺されたってこと?」
そう、そこで大きな違いが生じる。
「――伝令だよ!
小玉の言葉の次に響いたのは、文林の答えではなく、明慧の呼びだしだった。
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