第106話 予想外の難関

 とはいえ伝えられたことは、一般的な部隊運用の心得などであって、小玉しょうぎょくがあっと驚くようなことがあるわけではない。

 これなら大丈夫か……と小玉が思ったところで、ぎょうせいは妙に声を潜める。


「お前はこれから、はん将軍の下で大変だと思う」

「やっぱり……ですか」

 彼につられて、小玉も声を潜める。


「なにか聞いてるのか? おう将軍からか」

「嫌みったらしいとかなんとか……」

 ただ、暁生がそこまで深刻な顔をするほどだとは思わなかった……が。


「ああ、それ……それはわりとどうでもいい」

 ――どうでもいいんだ。

 実際、それで深刻な顔になったわけではないようだった。


「班将軍。お前にすごく気をつかってくるはず」

 そして、暁生が告げたことも、そこまで深刻な顔になるほどではないんじゃないかと思うようなことだった。


「それは……大変なことなんですか?」

 小玉の率直な疑問に、暁生は「いやな……」と、なぜか遠い目をする。


「ほら、ほくって女の兵士いないじゃないか」

「そうですね」

 だから文林ぶんりんなん禁軍にやってきたんである。

「だから将軍は、女の部下の扱いに慣れてないんだって」

「はあ」

「どこまでが仕事の範囲で言っていいのかわからないんだと」

「はあ」

 小玉はいまいちぴんとこない。


 それって、たいへんなのは班将軍のほうであって、小玉のほうではないのではないかとすら思う。

 こっちも気をつかって差しあげなくちゃなあと思う点では、小玉も大変である。


「それで夫人にご相談したんだと」

「仲いいんですね」

 感心して頷く小玉に、暁生は「らしいな……」とため息をついた。小玉は「しまった……」と内心でうめいた。そういえば彼、康の国境付近の守備に従事している間に、妻に逃げられていたんだった。

「ええと……なんだったか……そう、夫人な! 夫人がやけにお前のことを気になさったらしくて」

「なんでですか? もしかして誘惑されることを心配して!?」

「いや違う。まったくそうじゃない」

 そこまであっさり否定されることに、小玉は喜んでいいんだか嘆けばいいんだかわからない。


「婚期も逃して軍で働いている娘さんに対して、なにかしてやりたいと」

「あっ……」



 ちょっと話が見えてきた。



「平たく言えばお前、近々班将軍のご自宅にご招待されると思う」

「嘘でしょう!?」

 小玉は思わず声をあげた。

 上官のお宅訪問が嫌だというわけではない。王将軍の家も、べいちゅうろうしょうの家も何度か足を運んでいる。

 しかし今回のお相手は、これまでとはちょっとわけが違う。



 代々続く名門のご自宅……王将軍の家も将門として名高いが、それに比べても格が二つ三つ上くらいの家である。

 そして奥方は皇族出身……しかも話の流れから、奥方とご歓談しなくてはならない。正直、自分が楽しく会話できる自信はないし、それよりもっと大事な奥方を楽しませる会話をできる自信もない。


「つ、付いてきてくれるんですよね!」

 命綱とばかりに暁生にすがりつく小玉の手を、彼はそっとではあるが無情にも引きがし、重々しく告げてくる。


「すまんな。俺は昨日、妻と挨拶あいさつしに行ってしまった」

「妻って……再婚したんですか! いつ!?」


「十日前。妻とは向こうで知りあってな、急に帝都に戻ることが決まったから、さっさと式だけ挙げてしまった」

「おめでとうございます!?」


 特に聞いていないなれそめまで教えられた小玉は、とりあえず祝福した。

 語尾がなぜか疑問形になってしまったが、小玉にとってはあまりの急展開なのだから、それくらいは許されてもいいだろう。

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