第103話 衝撃の告白

「さあ、もういい加減観念しなさい!」

 と、食堂の入り口で詰め寄ったのは、せいにもてあそばれた女性たち……ではなく、男女の縁を結びたいご婦人たちである。

 悪い言い方をすれば、清喜をもてあそびたい女性たち。

 それらが徒党を組んで、しかも人前で迫られた清喜をさすがに救おうかと席から立ち上がりかける小玉しょうぎょくを、斜め向かいに座っていた復卿ふくけいがやめとけと押しとどめる。

 えー、と復卿に不満を口にしようとしたところで、視界の隅に映る清喜が「わかりました」と神妙にうなずいた。


 おやと思い、小玉は座りなおした。清喜も同意しているのであれば、小玉が出る幕はない。


 小玉は復卿の顔を見る。復卿はこうなることをわかって、自分を止めたのだろうかと思ったのだが、なんだか彼は微妙な顔をしていた。清喜がこう返事すると知ってて止めたわけではないらしい。

 清喜の色よい返事を聞き、ご婦人方は我先にと声をあげる。


「あっ、じゃありんさんとこの二番目の娘さんとね……」

「待って待って、それよりちんさんの妹さんの……」


 目的は同じはずなのに、持ってきている話はそれぞれ違った話だったらしい。いきなり内輪めが始まった。

 そんなご婦人方に対し、清喜は申し訳なさそうに「違うんです」と頭を下げた。


 最も年かさの女性が、代表して問いかける。

「違う?」

「縁談お受けするってことじゃなくて、今お付きあいしている人がいるってことをお伝えしたくて」


 ご婦人方はお互い顔を見合わせてしばらく沈黙すると、ぐりっという勢いで清喜を見て華やいだ声を上げた。

「誰よ誰よ!」

「待って、当ててみる! ぎょく鈐衛けんえい佩珠はいしゅちゃんじゃない!?」

「そりゃあ、あの子もいい子だけど~、へいの小間使いに最近入った、ていって子かも!」


 明慧めいけいが「そんな子いるの?」と問いかけてくる。

 小玉は首を左右に振った。いないという意味ではなく、知らないという意味である。


 前者は小玉にとっての古巣にいる兵卒らしいが、一度も聞いたことのない名前だ。おそらく最近入ったのだろう。

 あそこはなんだかんだでまだ入れ替わりが激しい。


 それなのに一人ひとりの名前を把握しているご婦人方の能力には目を見張るものがある。

 つい先日まで小玉が左遷されていた小寧のおばちゃんたちもそうだったから、自分も彼女たちの年ごろになったらああいう能力が身につくのかもしれないなと、小玉は未来の自分にちょっとだけ期待した。


 それにしても持ってきた縁談が無駄になるようなことを言われたわけなのだが、ご婦人方に不満の気配はまるで感じられない。恋愛話は恋愛話で好物なようだ。


 小玉は復卿の隣、つまり小玉の真向かいに座る明慧に問いかける。

「にしても清喜って、付き合ってる人いるんだ。明慧知ってる?」

「こいつのほうが知ってるだろ」

 明慧はこともなげに言って、復卿を指差す。

 なるほど、復卿が女遊び教えたもんな~と納得する小玉のまえで、復卿がいきなりきこみはじめた。

 今、なにも口に入れてないのに。


「大丈夫? 息吸うとこ間違った?」

「あれ苦しいよなあ」

 しかも人前でそうなるとやたらと目立つし、それなのに中々止まらないから焦るし。


 同情的な目を向ける小玉と明慧に、復卿はなんとか返事をしようとする。

「いやっ! ふっ、違っ! うぇっ!」

 必死に咳きこみを抑えようとするあまり、復卿の声の緩急がやたらと激しくなる。

 明慧が腕を伸ばして背中をでてやりはじめたが、しばらく止まりそうもない。

 清喜に集中していた食堂の目が、ぱらぱらとこちらに向きはじめた。


 あっちで特殊な修羅場、こっちで咳きこむ女装男という事態。

 どう考えてもお食事中の皆さまの邪魔である。


 しかも両方とも小玉の部下ときては、小玉にはいっさい責任のないことであるが、どうにかしたいという気持ちがわいてくる。

「悪目立ちするからちょっと出ようか」

「そうだねえ」

「わりぃ、っふ!」

 清喜はともかく復卿はすぐに隔離できるので、三人して立ちあがる。

 食器は明慧が三人分片づけることにし、小玉は復卿と一緒に食堂からこっそり出ようとした……清喜が詰めよられているすぐ横の出入り口から。

 かえって悪目立ちしそうであるが、一瞬のことだから仕方がない。


 小玉が先に出て、それに復卿が続く……というかたちであったが、小玉が戸口をくぐった瞬間、背後から清喜の声が響いた。


「僕、今この方とお付き合いしてます!」


 さすがの小玉も一瞬で野次やじうま根性が刺激されて、ばっと振りむく。

 とはいえこの瞬間の小玉は、まさかまだ数の少ない女性武官の一人をひっかけたんだろうかくらいしか思わなかった。


 だから、清喜が復卿の腕をつかんでいるという光景が目に飛びこんできたとき、なにがどうつながってこうなっているのかわからなかった。


 顔面にきょうがくの表情を貼りつけた復卿から、血の気が一瞬で引く。

「なんで言うんだ馬鹿かお前!」

 復卿は清喜を怒鳴りつける。なぜか咳きこみが一瞬で消えたらしい。


 復卿の言っている内容は、二人の関係を完全に肯定したものであって、小玉はそれで一連の事情と復卿の不審な挙動を頭の中で結びつけることができてしまった。


 食器を下げながら、どういうこと? みたいな顔をしている明慧がちょっとうらやましい。彼女に比べると、自分のほうが数倍くらい下世話だ。


 一方ご婦人方のほうはというと、再び顔を見あわせていた。さっきよりはちょっと長い時間が経つ。ややあって彼女たちは神妙な面持ちで口を開いた。


 復卿に向かって。

「もしかしてこうさん、心も女になってたのかい?」

「いや、違う。『俺』とか言ってるだろ」

「それは悪いことしたねえ!」

「聞いてください」

 復卿は言下に否定するが、おばさんたちは自分の中にある答えしか見つめていない。復卿に質問した意味はあるんだろうか。


「安心してちょうだい。あたしたちは、相手のいる人に斡旋あっせんしたりなんかしないからね。早く言ってくれたらよかったのに」

 そして「おめでとう」、「おめでとう」と口々に言いながら拍手をしはじめる。

 いま呆然ぼうぜんとする者がほとんどの食堂の中で、もっとも理解が早くて、理解があるのはこの人たちだった。


 人の話聞かないけど。


 おばさんたちに祝福されている清喜はなんだか照れくさそうにしているが、復卿は完全に涙目である。


「……おい、小玉」

 これまた呆然と状況を見守る小玉の耳に呼びかけが届く。


 のろのろと声のほうを向く小玉の目に飛びこんだのは、不審げな目をした文林ぶんりんである。彼は遅めの昼食をとりに食堂に来たようだった。


「これはどういう状況なんだ?」

「どういう状況なんだろう……」

 文林のまことにもっともな質問に、小玉は上手に答えられなかった。


 期せずして食堂の中が一斉にざわめきだす。呆然としていたご昼食中の皆さまが、今度は騒然としはじめたのだ。

 食堂の中をのぞきこんだ文林は、小玉がまったく事態の解決に役立たないと判断したのか、即座にきびすを返し、すぐにべいちゅうろうしょうを呼んできた。

 彼の一喝によって食堂の騒ぎは、一瞬で収まったのだった。

 とりあえずのことではあったが。

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