第101話 丙と二人で

 兄嫁のさんじょうが死んだ。

 これで小玉しょうぎょくは、数少ない家族をまた一人失った。


 帝都では冬に悪い風邪が流行はやる。

 小玉は兄嫁と甥がそれにかからないようにと色々気を配った。

 そしてその気づかいはきちんと成就したが、別の病が彼女の命を奪った。


 本当にあっという間のことだった。


 日に日に弱る兄嫁の世話をしながら、まるで伏兵に横っ腹を突かれたようだわ、と小玉はぼんやりと思った。

 どうしようもなかったと、なじみの医者は言った。彼が言うなら、きっとそうなのだろう。


 わかっているのに食ってかかる……そういうことをしないくらいに、三娘の死は誰の責任でもないことが明確だった。

 そしてこういうふうに不意に誰かが死ぬことなんて、あまりにもありふれている。戦場だろうが、そうでなかろうが、人は死ぬ。

 そういうご時世だ。


 わかっているからといって、悲しみが目減りすることはないものの。


 とはいえ悲しみに浸りきるには、小玉は他にしなければならないことがあった。

 へいの世話だ。

 母が死んでふさぎこむ彼の心を慰撫いぶしなければならないのはもちろん、それまで兄嫁が行っていた彼の身のまわりのことを誰かに頼まねばならなかった。


 日中、小玉はもちろんせいも不在であるし、ご近所に頼むには限界もある以上、誰かを雇わざるをえない。

 三娘が寝ついたころから家事を頼んでいる老夫婦が、幸いそのまま住みこみで働いてくれるということになった。

 この夫婦は文林ぶんりんが紹介してくれた人たちで、夫のほうはかつて彼の実家で執事をしていたのだという。


「だから身元はしっかりしている」と告げた文林には、頭があがらない。

 兄嫁のことで頭がいっぱいで、余計な懸念を抱えたくない小玉に対し、彼は最大限の配慮をしてくれたのだ。



「ありがとう。本当にいい人たちを紹介してくれた。感謝してる」

 兄嫁の葬儀を終えてはじめて出勤した小玉は、文林にそう礼を言った。


 小玉の執務室には、今小玉と文林しかいない。他の者はまだ出てきていないか、今日は休みかのどちらかだった。


 文林の実家は帝都でも有数の豪商だ。

 その家を取り仕切っていたということは、今は武官としてそこそこの地位を持っているとはいえ、本来、小玉のような生まれの者の家で働いてくれるような人たちではない。

 また小玉の家は、彼らが手腕を発揮するにはあまりにもごたえがなさすぎるはずだ。

 けれども夫妻はちっとも腐らずに、小玉の家のことを取り仕切ってくれている。


「それはよかった……丙も落ち着いているんだな?」

「うん。すごくよくしてくれてる」

 丙も彼らに懐いており、彼らと過ごしている間は落ち着いているようだった。


「ならいい」

 文林は明らかにほっとしたようだった。


 彼は最近感情をよく見せるようになった。もしかしたら自分が彼の感情を読みとりやすくなったのかもしれない。

 喪が明けて帝都に戻ってから、文林についてこれまで知らなかったこと、あるいは思いこんでいたのとは違うことを、小玉は知るようになった。


 少なくとも、彼が子どもをかわいがるような人間だとは思っていなかった。

 けれども文林は小玉の甥である丙の面倒を積極的に見てくれているし、自主的に気にかけてもくれている。


 数年前、彼がいい父親になれると考えなかった自分を、小玉は少し恥じていた。小玉は自分の目で見たことを信じる人間だ。

 けれどもそういう人間として生きるならば、自分の目で見ているもののすべてが正しいとは限らないということを、もっとよくわきまえていなければならなかった。


「ありがとう」

 小玉はもう一度礼を述べる。文林は「いいさ」とつぶやいた。


 執務室の入り口のほうから人の声が聞こえた。そちらのほうを向くと、明慧めいけい復卿ふくけいが連れだって入室しようとしていた。

 明慧が小玉の姿を認めて、「ああ」と声をあげる。

「小玉、今日から出てきたんだね」

「うん。葬儀のときはありがとう」

 明慧に礼を述べる小玉の前に、復卿がそっと進み出る。

 彼は兄嫁の葬儀のころは帝都の外に出ていたため、参列はできなかった。だからこれが兄嫁の死以来、初めての顔合わせになる。


「お察し申しあげる……」

 彼はそんなふうに神妙に挨拶あいさつをした。普段は誰よりも不謹慎の極みみたいな彼であるが、こういうときの彼は不謹慎とは対極の態度になる。


 清喜にとっては、彼のそういうところが気に入ったのかもしれないな……と小玉は思った。

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