第100話 贈る言葉
最近体調が悪いと思っていた。それがあっという間に寝付いてこのざまだ。
げほ、と嫌な
うつらない病気であることがせめてもの救いだった。
自分が死んだ後、
「ねえ、小玉」
「なに、
呼びかけると、すぐ返答が帰ってきた。
「義姉さん、無理しないで」
彼女が背中をさすってくれる。それが心地いい。
咳が少しおさまると、また寝台に横たえられた。
胸がひゅうひゅうという音を立てる。
「ああ……」
「義姉さん、胸のところ、少し楽にするよ」
「うん……」
肌ざわりのいい寝巻の胸元が少しからげられる。少し呼吸が楽になった。
「落ち着いた?」
「ええ……小玉。昔、道端でお婆さんに水をあげた日のこと、覚えている?」
すると、小玉は顔をしかめた。
「いやだ、義姉さん。この状況で思い出話なんて不吉」
「いいから……覚えている?」
言を重ねると、小玉は何かを思い出す時特有の表情で、少し黙った。
「……ううん。そんなこと、あった?」
「そう、覚えてないの。一緒に星が落ちるのを見た日のことは?」
「ああ、覚えてる。たくさん落ちたよね」
「覚えているのね……」
なら、言うべきなのだろうか。彼女に警告を発するべきなのだろうか。
「義姉さん……水飲む?」
「いいえ」
そう答え、一度起こした体をまた横たえた。その動作に手を添えて手伝う小玉は、家にいる間、ずっと自分の看病をしてくれている。
「小玉、寝ないの?」
「うん……」
掛布を少し持ち上げて、言ってみた。
「ね、子どもの頃みたいに、一緒に寝てみない?」
「え?」
「懐かしいと思って。ちょっとでいいから」
「うーん」
小玉は少しだけ悩む素振りを見せたが、のそのそと寝台に入ってきた。余命いくばくもない自分の望みをかなえてやろうとしているのだろう。
懐かしいというのは口実のはずだった。少しでも彼女を休ませたいという理由で誘ったのだったが、いざ彼女が自分の隣に横たわると、一気に昔に戻ったような気がした。
「こんなこと、何回もやったね」
「うん」
お互いの家にしょっちゅう転がりこんでは、同じ布団で寝た。薄い掛布に潜りこんで、こそこそと内緒話をした。
遠い昔の話だ。そして、小玉にとっては、自分の死によってその過去はさらに遠のく。もう彼女には昔話をする相手がいなくなるのだ。
でも……。
ぎゅっと右手を握って、三娘は言った。
「小玉」
「なに?」
「
「……分かった」
小玉が、寝台からするりと抜け出した。やがて、彼女が息子を連れてきて、二人きりにしてもらった。
「丙。お母さんは言い残したいことがある」
舌が回らなくなる前に、やらなくてはならないことだった。
丙は唇をきゅっと
「うん」
「お母さんがいなくなった後、
「うん」
「そしていつか、叔母ちゃんに恩返しをして。お前がここにいるのは、全部叔母ちゃんのおかげだから」
「うん」
「お母さんは色々と話せなかったことがあるの。それは叔母ちゃんに聞いてちょうだい。いっぱいお話しするのよ」
「うん」
「ご先祖様を大切にして、そして時々お父さんとお母さんとおばあちゃんのこと、思い出して」
「……うん」
息子が顔をくしゃっとさせた。
「それと……」
周文林を近づけるな。
そう言うべきか悩んだ。
息子にそれができるかどうかわからないからというわけではない。そもそも周文林が老婆の予言の人間だと決まった訳でない。
結局のところ、周囲があがいても、「そうなる」と決まったことは必ず「そうなる」。ここに至り、三娘はそう思ったのだ。
だが、同時に思った……思い出したことがある。
遠い昔、小玉と一緒に眠った夜。明日やることを、彼女はわくわくと語った。
なんでもない、つまらないことなのに、彼女は本当に楽しそうで、自分もそれが楽しみになった。
「幸せになれるかは、あの子次第」
あの老婆はそう言った。
「高き
だから、
「……幸せになるのよ」
最期の言葉は、この場にいない小玉に向けたものでもある。
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