第99話 周文林という男

 しゅう文林ぶんりんという男は、頻繁にこの家にやってくる。副官だからとのことだが、それだけでこんなに私的な部分まで踏み込んでくるのだろうか。

 最近では、さんじょうの息子であるへいの勉強の面倒も、厳しく見ている。


 先日は小玉しょうぎょくが買い与えたそろばんを足にくくりつけて遊んでいた息子を、井戸に逆さりにしたくらいだ。

 もちろん、この場合は道具を大切にしなかった丙が悪いのだが、要するに、彼はこの家に対して遠慮ない立ち位置にいるのだ。


 それはなぜなのか。副官というものがすべてそういうものなのかは、軍に明るくない三娘にはわからない。

 ただ……年ごろの男と女にしては、確かに小玉と周文林は近すぎると思う。


 小玉が周文林のことを、特に異性として意識していないことは言動からわかる。

 長らく離れて暮らしていたとはいえ、なぜかわかる。そこはおさなとしての感覚だとか、女の勘が教えてくれているのだろうか。


 だが、周文林の方はどうだろう?


 小玉曰く、彼は大層頭が良いのだという。そういう人間が、こんなに近い関係を保つことについて、特に何も考えていないということがあるだろうか。

 きっと何かを考えている。

 そしてそれは、小玉への好意に類する感情ではないだろうか。


 系統立てて思考できたわけではない。だが、とりとめもない思考の中、三娘のぼんやりとした終着点はそのようなものだった。



 三娘はじっくりと周文林を観察してみた。



 真っ黒だと思った。

 三娘には、彼が小玉に好意を持っているようにしか見えなかった。

 あの老婆が言ったことを再度反芻はんすうする。四人と言ったはずだった。

 だが、五人だったのか? 聞き間違ったのか?


 あるいは、小玉のかつての恋人の中に、小玉を好いていない男がいたのだろうか。

 そうならば、恋人だから人数に入れられるとは限らないのか。


 悩んでも、わからないことはわからない。

 確かなのは、目の前に小玉への好意を持つ者がいる。そしてそいつが、小玉を不幸にするかもしれないということだ。


 でも、引きはなし方がわからない。

 彼は小玉と仕事上の付き合いを持っている人間だ。おいそれと失礼な態度は取れない。


 とりあえず、彼に対する隔意を小玉にだけは見せてみた。

 すると、小玉は周文林を家に呼ぶのをやめた。どう言いわけしたのかはわからない。

 小玉に気をつかわせたとは思うが、他にやりようはない。とりあえずは、「家」という場において、周文林を拒むことを続けようと思った。



 それがこんなことになろうとは。

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