第98話 老婆の予言・小玉

 翌日。

「なあ、お前の兄嫁に、やけににらまれてるんだが」

「なんか……ごめん。あたしが悪いんだと思う」

 小玉しょうぎょくたちがそんな会話をしているのをよそに、さんじょうは陰から二人を見つめていた。頭の中には、あの言葉――昔老婆に告げられた言葉が、ぐるぐると渦巻いていた。


 ――もう一人の子、あの子は複雑だねえ。あんな相、聞いたことはあったけど見たことなかった。


「高きくらい……」

 三娘はぼそりとつぶやいた。

 初めて聞いた時、まるで意味がわからなかった言葉だ。

 今はわかる。ただし、それが何をさしているのかわからない。



 あの日、占い師の老婆はこう言った。

「あの娘の相は貴相だ。高き御位にのぼるだろう。だが、それは幸運と同義ではない。彼女は四人の男によって不運へと進む。彼らは皆、彼女を愛している男だ」

「はっ……ええと」

 三娘は目を白黒させた。

 田舎の十歳児には難しすぎる内容だった。

 老婆はははっと口を開けて笑った。歯はほとんどなかった。


「要するに、とても偉くなるけど、男で苦労するってことさ。しかも、れられている男に。まあ、その中で幸せになれるかどうかは、あの子次第だね」

「はあ……」

 なんとなくわかったが、なぜそれを自分に言うのか。


「よかったらあんたが教えてやっておくれよ」

「ええ?」

「言うか、言わないか、決めておくれってことさ」

 なんで私が。そう思った三娘は間違いなく正しい。


「あたしからは、とても言えない……おそれおおすぎて」

 最後のつぶやきがどういうことなのか、三娘にはまったくわからなかった。


「言うだけなら、別にいいですが……」

 釈然としないながらも、三娘はあっさりうなずいた。老婆は、その様子に、片眉をピンと上げた。


「お嬢ちゃん、無理もないが、あんまり信じてないね」

「え? あっ、いや……」

 図星である。


 老婆はあごに手をやり少し考えると、こう言った。

「手っ取り早く予言をしよう。明後日あさっての夜、星が降るよ」

「星が……降る? 雨とか、雪みたいに?」

「そう。と言っても、実際にあたしたちのいるところに落ちてくるわけじゃない。あれさ、星が流れるのを、見たことあるだろ? あれが何百何千も同時に流れるんだよ」

 とても三娘の想像の及ぶところではなかった。


「ええっ?」

 情景をうまく想像できなかったが、それでも、その予言の真偽を確認してから小玉に言おうかと、なんとなく思った。


 その日のその後の記憶はなぜかない。

 おそらく小玉が水を持って帰って来たのだろうが、まったく思い出せない。代わりに、二日後のことはよく覚えている。


 小玉を誘ってこっそり抜け出した夜中、それを見た。

 それはまさしく、「星が降る」夜だった。


 恐ろしかった。その威容に圧倒された。

 そして同時に、あの予言が頭をよぎった。


 その横で小玉はれいだとはしゃいでいた。横でその様子を見て、信じられないと思った。こんなに恐ろしいのに。



 その時、思ったのだ。彼女は、自分とは違うと。



 うまくは言えない。だが、自分たち……村の誰もがおそれるようなものを、彼女は敬意や好意を持ちつつも、突き放して見ている。そのことがなによりも、老婆の予言にしんぴょうせいを与えた。


 ――貴相。高き御位。


 それを彼女に……誰にも言わなかったのは、口に出すことで真実に近づくことが恐ろしかったからだ。

 三娘は、言葉の力を心から信じていた。当たる可能性の高さを、さらに高めたくなかった。

 自分が何も言わないことで、部分的にでも、成就しなくなるのではないか。

 祈るような気持ちで、そう思った。そして意図的に忘れようと心がけた。



 それでも、小玉が許婚いいなずけに捨てられ、軍に入った時に、あの老婆の予言が始まったと思った。



 小玉を捨てる時まではどうだかわからなかったが、小玉の元許婚は、本当に彼女のことを好きだったから。

 そして、自分の夫が若くして死んだ時、老婆の予言は生きているとしみじみ思った。


 軍で小玉がどんな生き方をしたのか、三娘は今でもよくわかっていない。

 彼女はあまり語ろうとしなかったから。きっと、余人には想像しがたいものなのだろうと思っている。


 ただ、救いらしきものを感じたことはある。小玉が一度帰って来た時に、彼女の恋愛遍歴を聞いた。軍で三人の男と付き合ったのだという。


 元許婚と合わせて、これで四人。予言が終わったのだと思った。


 それなりに辛い別れをしたのだというが、それも予言通りだ。

 そして、彼女がいまはもうふっきれているようだったから、なにも問題はなかった。


 軍で「閣下」と呼ばれるくらいの地位にもついた。これも予言通りだが、彼女はなんやかんやでうまくやっているようだった。


 あとは、彼女が戦死しないように、日々祈るだけだと思っていた。

 なのに、「彼」はいったいなんなのだろう。


 しゅう文林ぶんりんという五人目の男が現れたことに、三娘は言い知れぬ不安を覚えた。

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