第95話 星降る日の出来事

 さんじょうには、大人になって子どもを産んでもなお忘れられないことがある。

 時々夢に見ることさえある。


「星が落ちたよ、三娘!」

 二人で夜空を見上げたあの夜。はしゃぐおさなじみに対して、自分の顔は青ざめていたはずだ。

 それは、その日の昼に起こったことによるものだった。



 三娘にとって、夫の妹である小玉しょうぎょくは、幼馴染である。

 それどころか、父方の従姉妹いとこでもある。

 彼女の母が三娘の父の妹だった。文字通り、生まれた時からの仲だ。

 特に幼少時はいつも一緒に野山を駆け巡った。

 少し大きくなると、活発な小玉と、それよりおとなしい三娘の行動範囲は少し重ならなくなったが、それでもなにかあれば一緒に行動した。



 だから、その日も、何かが原因で二人で連れだったのだ。



 山道を歩いていると、一人の老婆に出会った。道端の石に腰掛けている姿は、見るからに怪しそうだった。

 内心びくびくしながら、すれ違おうとすると、声をかけられた。


「なんですか、大人たいじん

 びっくりして声も出ない三娘に対し、小玉は人懐っこく一礼して返答する。

 目上の人には礼儀をつくせと言われているが、こんな怪しげな老婆に対して必要だろうか。


「嬢ちゃんたち、水をくれんかねえ」

 目を見合わせる。持っていない。小玉が再び口を開く。


「ええと、今持っていません。でも、この先に湧き水が出ているところがあります。一緒にいきませんか」

「もしんできてくれたらうれしいんだがねえ」

 なにこの人、厚かましい。そう思ったのは、三娘だけだった。小玉はうん? と首をかしげ、老婆を頭の天辺から足の爪先まで眺めてから口を開いた。


「大人、足が痛いんですか?」

「ああ、よくわかったねえ」

 三娘にはまったくわからなかった。


「水だけでいいんですか? 人は呼ばなくていいんですか?」

「そこまでは必要ないよ、ありがとう」

「……三娘、これ見てて」

 小玉が背負っていた荷物を下ろし、手ぬぐいを握りしめて走りだした。水のあるところに行くのだ。


「嬢ちゃんたち、ありがとうねえ」

「いいえ……あたしはなにもしてないから」

 少し、うしろめたかった。


「そんなことはないさ」

 老婆はそう言って、少ししてから「お礼をしなきゃねえ」とつぶやいた。

「そんなのはいりません。あたしたちはそう思ってくれるだけで、十分嬉しい」


 それに、自分も、小玉も、困っている人には親切にしなさいと教えられているから、帰って両親に報告したら、「よいことをしたね」とほめてもらえるはずだ。

 それが一番嬉しいと思えるほど、二人ともまだ子どもだった。


「……嬢ちゃんは、自分がどうなるか、興味はあるかい?」

 唐突な問いに小首をかしげるが、素直に「はい」と答える。


「じゃあ、それを教えてあげよう」

「大人は、占いができるんですか?」

 声がはずむ。ここよりもっと都会には、そういう人たちがいると聞いたことがある。すごいなあと思っていたが、まさか実際に会えるだなんて。



「そうさ。あんたは……」



 その時聞いたことを、三娘は一言一句たがわず覚えているという自信がある。そして、そのことを誰にも言ったことはない。

 もはや、顔すらも覚えていない老婆はなぜ、それを三娘に教えてくれたのか、ときどき考えることがある。


 ――あんたはね、今好きな人がいるだろう? その人と結婚することができるよ。

 その後に彼女が言ったこと。

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