第93話 新しい家

 さて、けっこうかっこつけたことを思ったわりに、小玉しょうぎょくは「初めて帰った」家を前にしてぽかんと口をあけた。


 兄嫁とおいと暮らすにあたり、さすがに宿舎で同居するわけにはいかない。

 だから文林ぶんりんに頼んで家を用立ててもらった(もちろん金は小玉が出している)。


 彼にとっては簡単な仕事だろうし、欠陥住宅をつかんでくるとは思ってもいなかったが、まさかこうなるとも思ってもいなかった。


「わあ、大きい家!」

 へいがご近所迷惑なほど声をあげる。

 それをさんじょうがたしなめなかったのは、彼女も驚いていたからだ。ぽかんと口をあけている彼女。

 その横でやはりぽかんと口を開けている自分……いや待て、自分まで驚いているわけにはいかない。


 小玉はとりあえず、口をがちんと閉じた。そしてこの家を手配してくれた文林のほうを見る。

「え、ねえ文林、大きすぎない」


 彼はまったく動じていないどころか、あきれ顔になった。

「お前、自分の地位考えろ。まだ小さすぎるくらいだ」


 ついでにせいがはつらつと言う。

「そうですよ。閣下はもはや軍の要人ともいえる方なんですから」

「え、うそ」

「ああまあ、それは若干うそだな」

「うそじゃありませんよう。僕がそう思ってるんですから」

「それ根拠になるんだ?」

「なるわけないだろ」

 文林が心底あきれたというようなまなしを送ってきた。


 そんな掛け合いに、明慧めいけいが口を挟む。

「荷物入れていいかい?」

「あっ、うん!」

 彼女の言動が一番現実的である。

 

 小玉、兄嫁、甥の引越しはあっという間にすんだ。

 家財はすでに家に入っていたので、自分たちが故郷から持ってきた少ない荷物を入れるだけだった。

 それも明慧が一緒なのだから、かかった時間たるや瞬時と表現しても過言ではない。


「空気悪いわねえ、風入れるわ。文林手伝ってよ」

「ああ」

 腰を上げる小玉と文林に、兄嫁もそっと立ちあがる。

「じゃあ、あたし、お茶いれてるわね」

 そして清喜も。

「僕、お手伝いしますよ。ついでに井戸の場所とか、お台所確認しましょう」

「そうね」

「おれも行く!」


 和気藹々あいあいと家の探検に繰りだそうとする三人に、文林が心底不思議そうな顔になる。

「……なあ、なんでごく自然に清喜が同居する流れになってるんだ、小玉」

「うん……なんでだろうね」

 その問いに対して、小玉は遠い目をするしかない。


「だってほら、僕従卒ですし」

「それ根拠になるんだ?」

「なるわけないだろう」

 今度は明慧が呆れた声をあげた。


「それを言うなら、あたしだって小玉の部下だから同居してもいい理屈になるだろうに」

「あっ、そうですね! 明慧さんも一緒にどうですか?」

 清喜の提案? に、明慧はふと考えこんだ。


「悪くないね」

「えー、住んじゃう? 明慧も住んじゃう?」

 小玉がはしゃぐと、文林は「やめろお前ら」と、うんざりした声をあげた。それはいいのだが、その次に発した言葉がいただけなかった。


「こんな狭い家に、五人も住めるもんじゃない」

 全員が文林に冷たい目を向けた。


 これだから金持ちは。

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