第91話 筋骨隆々とした彼氏

「村長!」

 村の外れから一人の若者が駆けてきた。


「あの、よそから客が来ました!」

「この時に!?」

 今度全員が思ったことは、同時に声に出た。

 びくっとなった若者に罪はないとしても、あまりにも間が悪かった。

 そしてその「よそから来た客」が姿を見せる。


「え?」

「あっ」

「あら!」

「は?」

 同時に響いた声である。


 疑問形になっていない声は小玉しょうぎょくせいの、疑問形になっている声は来客の……文林ぶんりん明慧めいけいの声である。


 なんで二人がここにいるのか。

 そんなことよりも小玉と清喜が同時に思ったことがある。二人は目を見交わし、お互いが同じことを思っていることを認識し、そして行動に移った。


 すなわち、

「会いたかった!」

 小玉が、馬から飛び降り、叫んで抱きついたのである。


 もちろん、明慧に。


 小玉と清喜が思ったこと……それは、明慧を小玉の恋人に仕立て、この場を乗り切ることだった。

 文林を恋人に仕立てるなどというしんぴょうせいのない嘘は、つくことすら考えられなかった。


 もちろん、明慧とは全く打ち合わせをしていない。

 突発的な事態なのは、明慧たちも同様のはずだった。いきなり訪ねてきた相手(しかも相手は小玉である)に抱きつかれたら、普通は動転するところだ。


 ところが、ここがこの人の大人物たるゆえんだが、さすが明慧は動じなかった。「はっはっはっ、いきなりどうしたんだい」と磊落らいらくに笑い、小玉を抱きしめ返した。


「…………」

 明慧の隣にいる文林は一見無表情、だがわかる人間には動転しきっていることがわかる表情で言葉も発さない。


 だが、それはそれでいい。


「話合わせて、話合わせて」

 彼の方に向かってささやく。聞こえないだろうが、唇の形でなんとなく意味をよみとったらしい彼の表情が少し変わる。

 耳元でささやかれたため、こちらは直に聞き取ったのであろう明慧の腕に少し力がこもる。


 さすが、話が早い。小玉はにんまりと笑った。

 その表情は隠さない。うれしそうに見せることが今は必要だから。


 その表情のまま、振り返って言い放った。

「この人、あたしの恋人なの」

「よろしく」

 明慧が白い歯をきらりと光らせて、村人に笑いかけた。


 さて、ここで明慧の外見をおさらいしてみよう。

 おそらく、小玉の腰回りくらいはある腕といい、筋骨隆々とした肉体は、大抵の男性兵士よりも鍛え抜かれている。

 えい最強と言われているのが、見た目だけで納得できる人物だ。


 しかも女性である以上胸はあるが、それは乳房というより、大胸筋と言った方が正しい。それほど筋骨隆々としている。


 そんな彼女は「武威衛どころか軍内ぶっちぎりで嫁に行けそうにない女」部門において一位を常に所持しており、同時に「武威衛どころか軍内ぶっちぎりで嫁をもらえそうなおとこ」部門も常に一位を記録している人物である。


 もう、見た目とか雰囲気とかからもうかがえるほど、色々な意味で元許婚がかなう相手ではない。



 かくして、こうなった。



 元許婚いいなずけは、周囲の者たちが代わる代わる肩に手を置き、あきらめろと説得。

 それでもごねる元許婚は数人の男に抱きかかえられ、どこかにつれていかれた。


 小玉は小玉でなぜか村長に「出て行け!」と怒鳴られ、言われなくても出て行きますよと言わんばかりにこれ幸いと村を後にした。


 もちろん明慧と文林も一緒に。

 つまり彼らは事情もわからないままに、来たばっかりの村を去ることになったわけである。



 余談だが、ここで小玉を追い出したかたちになってしまったため、この村は、小玉が皇后となった後に皇后生誕の地として、租税免除等のさまざまな恩典を受けられなくなってしまった。

 そのせいで特に村長一家はやたらと肩身の狭い思いをするが、それはまた別の話である。

 さらに、皇后を追い出してしまったことを恥として、そのことを隠し続けたあげく、三代後にはその事実がすっかり忘れ去られて、かん皇后の出生地は永久に不明となってしまった。おかげで伝説に神秘性が増したのはいいものの、歴史学者が頭を抱え続けることになるのもまた別の話なのである。

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