第90話 畏れ多くも関閣下

「無礼な!」

「なっ……!」

 その勢いに村人たちが圧倒される。たった今来た村長(超近所)も、状況をわかっていないくせに気圧けおされている。


「この方は、本来ならばお前たちなど手の届かないほどのお方だぞ。宮中での位階は上から数えた方が早い」

 ――事実です。ただし、同じ階級の人自体たくさんいます。


「さらに天子さまに直接お目通りがかなうほどの方だ」

 ――事実です。でも、可能なだけで実行したことはありません。


「この村に徴兵に来る木っ端士官などあごでこきつかえるのだぞ」

 ――事実です。というか、小玉しょうぎょくを連れて行ったおっさんは、現在部下です。頑張っているので木っ端とか言うと申し訳ない気持ちになります。


 ……などなど。

 せいの口上に対する補足という名の突っ込みは全て心の中でのみつぶやき、小玉はきりっとした顔であさっての方向を見つめる。


 なぜなら、これら一連の流れ、全て演出だからである。


 普通に出ていっても、絶対止められるだろうから、圧倒させてうやむやのうちに出て行こうと。

 そうでなければ小玉は、清喜だけを歩かせて馬に乗るはずがない。というか、馬の負担は最低限ですませたいので、村を出たらすぐ小玉は馬から降りる予定だった。行軍には慣れているし。


 しかしまあ、と思う。

 さっきから清喜が言っていることが、はったりでもなんでもなく事実というのがすごい。自分、随分遠くまで来たもんだなーと小玉はしみじみと思った。

 あ、あそこの木の実熟してる。


 ――どうする?

 ――行かせちゃう?

 ――そうだね、なんか引き止めたらまずそう。


 村人たちがそんな感じでさざめきあう。権威に弱いが、それが正しい処世というもの。彼らは悪くない。特に今の小玉たちの状況にとっては。

 どうやら、小玉たちの思惑通りになりそうな雰囲気の中、それをぶち壊すようなある人間が乱入した。


「そ、そんなの関係あるかあああ!」

 ――空気読め。


 その場にいる誰もに同じことを思わせたのは誰あろう、他の誰でもない。

 元許婚いいなずけである。


 間髪をいれず清喜がつぶやいた。

「構いません、馬にけとばさせましょう」

「いやそれはいくらなんでも」

 実行したら死ぬし、そしたらこいつではなく遺児が気の毒だ。

 あとこの馬も。

 しん閣下からいただいた馬に、そんな重荷を負わせたくない。家財という重荷を負わせてる身ではあるが。


 そんなやりとりをしている間に、元許婚は小玉の乗っている馬の脚にしがみついた。

 おい、農作業従事者。馬、牛のひづめは危ないってわかってるはずだろ。


 馬はなんだか困ったように……というか、嫌そうに元許婚を見下ろす。さすが沈閣下からいただいた馬、取り乱す様子を見せない。


 ――えー……。


 先に進みたい小玉たちと、元許婚に協力している建前上止めようとしなければならない村人たちが硬直したわずかな間のことだった。

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