第83話 お目付役

 家に入った小玉しょうぎょくに、料理する手を止めて声をかけたのはさんじょう……ではなかった。

「あっ、お帰りなさーい! あと、ご無沙汰ぶさたしております!」


「あっ……えっ!?」

 もう、びっくりしたというものではなかった。


 家に戻った小玉が目にした人物は、まさかの小玉の従卒・ようせいだった。


 へいの反応も頷ける。彼はあいきょうはあるが、確かにきれいと表現できるような人間ではない。

「とりあえずあんた、こっち来て」

「はい、閣下」

 まずは話を聞かないことには、なにも始まらない。

 小玉が手招きすると、清喜は素直に従った。

 なぜか彼は、小玉が「閣下」と呼ばれない立場になっても、閣下呼びをつづけている。

 あだ名みたいなもんですよ! とか言っているが、上官をあだ名で呼ぶのはいかがなものか。


 しかし、「閣下」というのが敬称なものだから、なんとなく周囲も改めさせることはなく、現在に至ってしまっている。

 周囲を謎の納得に導く能力を持つそんな少年は、お客さまだというのにそこらへんに座って待っているどころか、なぜか三娘と共に夕食の支度をしていたのである。


 なべを揺すっている三娘の困惑した顔から、こうなった経緯が小玉にはよくわかった。清喜がごり押しして、それこそ謎の納得に導かせたのだろう。


「なんでここに来たの?」

「従者たるもの、お仕えする方のお側に常にはべらなくてはなりませんから。光あるところ影あるように」

「それ違うから」

 従卒時代の小玉も似たことを思ったことはあったが、そこまで無駄にかっこいいことは思っていない。


「あんたさ……仕事は?」

 かなりの不安感が小玉に問いかけさせる。小玉は服喪の最中で休みだが、清喜はなんの最中でもない。

「長期の休みを取りました」

 さすがに無断でここに来たわけではなかった。

 清喜の返事に、小玉は内心、「あーよかった!」と叫ぶ。

 無断で持ち場を離れると、軍の場合、脱走兵ということになり、草の根分けての捜索、そして下手すりゃ処刑となる。

 下っ端でもたたき込まれているおきてであるから、よほどのことがない限りそれはやらかさないとは思っていたが、さすがに清喜は、そこまで馬鹿ではなかった。


「でも、どんな理由で休んだの?」

 現在、軍は慢性的な人材不足であるため、今回小玉が休みをとったような理由でなければ、休みを取るのはかなり難しい。


「最初、閣下のご母堂がご逝去されたことを理由にしたのですが、却下されて……」

「当たり前だよ」


 死んだのは小玉の母親であって、清喜の母親ではない。

 受理されたら、そっちのほうが驚きである。

 そしてさすがお役所、清喜によって謎の納得に導かれはしないようだ。

 この国に、まともなところを見いだして、小玉はちょっと安心した。


「というか、そんな理由で実際に本気で休み申請したの?」

「え? はい」

 清喜はとまどっている。

 なにかおかしいところでもありますかというような態度に、なんだか自分のほうが間違っているような気持ちにさえなる。


 だが清喜のそんな様子にすでに何回かだまされている小玉は、そこで時間を無駄にせず、話を元に戻す。

「で、却下されたあと、どうやってなんとかしたの?」

「ですから、しゅうたいせいに頼んだら、なんとかしてくれました!」

「ふーん」

 小玉は相づちをひとつうって、更に詳しい説明を待った。

 しかし、清喜は、言い尽くした! とでも言わんばかりの顔で……まさかこれで説明が終わりだというのか。

「……え? なんとかって、どうやって?」

「わかりません! 結果の方が過程より大事なので、聞こうともしませんでした!」

「えー……」

 小玉は頭を押さえた。清喜に対するあきれ……というのはあるが、それよりも胸を占めていた思いは次のようなものだった。


 ――あいつ、そこまで仕事できんのか。あたしももっと早く、あいつに休暇たのんでもぎ取ればよかった!

 誰から見ても、「今考えるべきことはそれじゃない」と突っこみが入れられるところである。


「そういうわけなので、閣下の服喪が明けるまでお世話になります。夜は家の隅に転がしてくだされば結構ですから」

「いやそんな訳には……待て」

 小玉は思い出した。こいつ「長期の休み」取ったとか言わなかったか。


 まさかこいつは、喪が明けるまでここにいるというのか。


 聞くまでもなく、部屋の隅に押し込まれたやけにでっかい荷物が無言で答えを発信しているような気がする。

 でも念のため本人にも聞いてみた。

「はい」

 こともなげに答えられた。

「うわぁ」

 思わずうめくと、清喜は殊勝な面持ちで言って来た。

「……家の隅が駄目なら、家の横で寝ますが」

「いや、そんなことじゃないよ。というか、遠慮するところが違う」


 とはいえ、追い返すこともできないのはわかっている。

義姉ねえさん、いいかな……」

 なんだか捨て犬を飼ってもいいかお伺いをするような気持ちで、三娘に了承を取る。捨て犬の場合と違うのは、相手がこころよくうなずいてくれたという点である。

「いいわよ。少し賑やかになりそうだし。ね、丙」

「うん……叔母おばちゃん、すげーのな! 『かっか』だって!」

「ねー。おばあちゃんが叔母ちゃんのことを『偉くなった』って言ってたけど、本当だったねー」


 なんだかおやで盛り上がっている。

 今厳密には「閣下」じゃないんだが……まあ、それは置いておこう。


「そういうわけだから、あんた、ここにいていいわよ。ただ、働いてもらうことになるから」

「もちろんです」


「嫌になったら、休暇終わるまで実家で親孝行してなさい」

「それは心配ないです」

 言ってもう荷ほどきを始める清喜は、やはりいい性格をしていた。


 しかし清喜の手がぴたりと止まる。

「そういえば閣下」

「なに?」

 彼はちょっと怒ったような口調で言う。

「出したお手紙にはきちんと返事書いてください。ここ一月、全然返事こなくて、僕たち心配したんですからね」


 いきなりそんなことを言われ、小玉は目をぱちくりと見開いた。


「だって、個人的なことしか書くことないし」

 左遷されていた時は、仕事がらみのあれこれがあったので、日常的に話題があったのだが、今は職務返上しているので仕事がらみで何も書けない。

「別になに書いてもいいんです! 閣下が全然連絡くれないから、周隊正が心配して、こちらに僕をよこす手伝いしてくれたんですよ」


「えっ、どういうことよそれ」

「つまり、お目付役ということです!」

 胸を張って言うことではない。

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