第84話 小玉からの手紙
目付役こと
当たり前である。彼らにとってみれば、若干遠巻きにしていた事情持ちの女を追いかけてよそからきた少年だ。
こうやって事項を羅列しただけでも怪しすぎる。
だが、彼は如才なかった。あの巨大布包みから、土産を取り出して近所に配布。さらに積極的に交流を持ち、あっという間に地域に溶け込んだ。
「すごーい」
紙と筆を前にしてのほほんと
「誰の真似だと思っているんですか」
「誰だろうねー」
いや、文脈から小玉のことを指していることはわかるし、納得もできる。
多分、今の自分なら、器量の上では故郷の連中との関係修復はできただろうなとも、小玉は思う。
だが、現状を特に困ったものとみなしていないために、力を注ぐつもりにすらならなかった。
だって仕事でもないのに、そこまで頑張れない。
「閣下って、実はけっこう仕事人間ですよね」
「それ以外のなにに見えるの」
「そうでしたね。それ以外の何者でもないですね」
そう。この小玉の発言、自分のことを理解していない故の過剰な自己評価などではなく、そのまんま真実である。
なんといっても、給料は仕送りか貯蓄しかしていなかった小玉である。
読み書きができるようになっても、実は兵法書とか、歴史書しか読んでいない小玉である。
趣味らしいものは、せいぜい食堂のおばちゃんの包丁研ぎの手伝いくらい……といったら、多分「趣味」という言葉が泣く小玉である。
要するに、人生の大半を仕事に
それに不満を持っていないのは、生い立ちによるものだろう。
なんといっても元農業従事者。朝から夜まで生活のために働くのが当然だったため、現在のありようはその延長線上にすぎない。
実をいうと、
裕福な家に生まれたため、教養もしっかり身につけている文林は、余暇を詩とか書画に費やしているらしい。
こちらも幼少期からそうなので、違和感はないらしい。住む世界が本当に違うし、変に同居したら両方とも痛手を負いそうだ。
あたしはこっちで、あんたはあっちで、それぞれ幸せにやっていこうという立ち位置でいるのが、お互いにとって幸せなことなんだろう。
「僕、閣下と隊正って合うと思うんですけどね」
最近よく言われるし、実際息は合っていると思うが、仕事上のそれは私生活のそれと合うとは限らない。
あと、今は母の服喪中で、本当に私生活に男を組み込むことが考えられない。
――あ、嫌なこと思い出した。
過日からさりげなく言いよってくる元
まず、事情を知った清喜は、明らかに気分を害した様子だった。
いや、なんであんたがそんなに
「それは……災難でしたね。お見舞い申しあげます」
「そこまで
ただひたすらにうっとうしいのだ。たとえれば、暗い部屋の中でずっと飛び回っている蚊の羽音のような感じだった。
しかし、そんな
「わかりました!」
今ので、なにが、どうやってわかったというのだろう。
小玉はうろんな目を清喜に向けた。彼は自信満々に胸を張る。
「これからはその迷惑な方、僕が応対します」
それはそれで迷惑である。
「別に大丈夫よ。自分でなんとかするわよ」
「そんなこと言って、閣下。めんどくさいからって、そのうち半端に放置することになりませんか?」
「……うーん、まあ」
はっきりとは否定できなかった。
「だから、僕が撃退しますよ。これも従卒の役目です」
「ううん、違う」
これははっきりと否定できた。
自分の経験からいっても、間違いなく違う。
この少年にとって、「従卒」とはどういう存在なのだろうか。
彼の中にある「従卒」像の万能感がすごすぎて、そのうち本気で訂正する必要がありそうである。
それをいつにしよう。悩みどころだ。
でも先に解決するべき悩みがある。
だからさっきから、紙と筆の前で悩んでいるのだ。
「それはともかく、閣下はさっさと都に手紙書いてくださいよ。みなさん本当に心配してますから」
と、清喜にごり押しされたせいで。
「うーん、そうだね……」
だが、本当に書くことがない。大根の葉っぱが三寸伸びたことは、どの時代においても熱い話題にはならないであろう……そうか。
ふと思いつく。
――元許婚のことを書けばいいか。
さて、ここで小玉は思った。みんな忙しいから、一々全員に手紙書かなくてもいいわよね、と。
母への香典へのお礼は全員分、気合と心を込めて書いたが、それとは事情が違うはずだ。なにより、自分が面倒くさい。
ここで手紙を出す代表人物として副官である文林を選定したことに、裏も何もない。
そして、多忙な人物に出すのだからと、簡潔な記述ですませたことにも、なんの裏もない。
ただ、その文面を見て、人がどう思うかまでは、考えが足りなかった。
「前略 元気? なんかね、最近元許婚に迫られて嫌。かしこ」
これは「なに書いてもいいんです!」と言った清喜のせいとするにはあまりに酷だ。また、いい年した女の手紙を、清喜が添削することもないのだから、それは小玉のみに帰すべき責任であろう。
とにかく、この文は小玉が書いたとおりのままで、文林の手元に届くことになったのである。
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