第75話 文林と少女の出逢い
逆だ――思い出したかったからだ。
自慢するつもりはなくても自慢になるが、文林は記憶力がいい。ごく幼いころのこともよく覚えている。
そんな自分が覚えていないことがあるのは、ちょっと許せなかった。
女と寝ることで、あの夜のことを思い出せるのではないかと思ったのだが……全然思い出せなかった。
ただ、なんとなく「違うな」と思った。
その「違う」を追及すれば、思い出せるような気がして、文林は妓楼に通うようになったのだ。
しかし妓女を抱いても「違うな」という気持ちが強くなりはしても、忘れたことを思い出すことはなかった。
元々覚えていなかったのでは、と考えもしたが、それならばそもそも「違う」と感じることすらないはずだ。
だから文林は女を抱くことを止めなかった。
その日文林は、なじみになりかけた妓女の置屋を出て、家に戻ろうとしていた。その
「……悪いが、もう間にあっている」
他の妓女が誘いをかけているのかと思った文林は、掴んだ相手のほうを見ずに、手をふりほどいた。さすがに一晩で何人も相手にできるような強者ではない。
「違うの、お兄さん」
だがかけられた声に、文林はけげんに思った。いくらなんでも幼すぎる。
振り向くとそこにいたのは、声のとおり幼い少女だった。文林自身妓楼に通う身ではあるが、こんな少女でさえ客をとるのかと思うと、胸の中でほんのりと罪悪感に似た気持ちが思う。
「何歳だ?」
「十歳……」
「金ならやるから、客をとるな」
少なくとも今日は。
文林はため息まじりに吐き捨て、懐に手を伸ばす。やろうとしていることは偽善であるが、それで自分の罪悪感に似た気持ちが消えるのならば、少なくとも自分にとってはよいことだと思った。
しかし少女は、ちょっと腹を立てたように言う。
「だから違うの」
「……なにか用があるのか?」
「お兄さん、武官だって聞いたわ。『
知ってるもなにもな名字を持ち出され、文林はどきりとした。だが関という名字の人間は少なくない。一応確認をしておく。
「下の名前は?」
「知らない。でも女の人で関って武官は多くないでしょ?」
多くないどころか一人しかいない。
「関小玉か」
「小玉……小玉っていう名前なんだ」
なぜか少女は
「あの、わたし、関って武官のこと、すごく憧れてて……とても頑張っている人なんでしょう。いっぱい活躍してる噂、聞いてたんだけど、最近聞かなくて……元気にしているのかなって」
真っ直ぐに見つめてくる少女の顔をなぜか直視できなくて、文林は目をそらしながら、それでも一言答えた。
「元気だな」
「今も、頑張ってる……?」
「…………」
沈黙したのは、答える言葉がなかったからではない。
用意できる答えが「多分」だとか「そうらしい」とか、推量や推定のものしかなかったのが、無性に嫌だったからだ。
確定の答えを用意するためには、彼女の側にいるのがもっとも確実な方法だ。なのに……、
なのになぜ、自分はここにいるのだろう。
少女と語り終えた文林は、最後に名を聞いた。少女は一瞬
「……
彼女との出会いは文林の人生を変えなかったが、彼女のほうの人生を変え、そしてこの時期の文林の妓楼通いを止めるきっかけの一つにはなった。
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