第72話 自警団、下る
しかし、自警団の連中側は忘れていなかった。
土木工事にいそしんでいる
そして、彼らは理不尽に激怒した。
「なんだあの女!」
釣り目の男が石を蹴り上げた。心の中で妥協すれば、美丈夫といえなくもないくらいの顔立ちだ。
見る側が両目を薄く開いていれば、なんとか美青年といえなくもない男がそれをたしなめる。
「落ちつくんだ」
だが「妥協美丈夫」は聞き入れず、「薄目美青年」にくってかかった。
「これが落ちついていられるか! 俺たちは
なお彼の言い分ではもちろん、騙したのは小玉で、騙されたのは彼らである。だがこの点については、小玉は誰も騙していない。
「なんかさあ、お仕置きが必要だよねえ」
間延びした声で言うのは、博愛主義者であれば魅力的ともいえなくもない少年。その他の面々も「博愛美少年」に
……などと、自警団の陰謀が
しかも、最初だけでも小玉を心身ともにわずらわせたのであるならまだしも、彼らはあっさりと屈した。
あまりにもくだらない経過なので若干
しかし、そのころには小玉が彼らの親御さんたちをすっかり抱き込んでいたため、それらは不発に終わった。
抱き込むというと聞こえは悪いが、
「いやもう、本当うちの息子がねえ……」
「大変ですねえ」
「もうね、小玉ちゃん、うちの馬鹿息子があんたんとこに迷惑かけてるんだったら、一発しばいていいから」
「いやあ、そんなあ」
「さすがに、うちの父ちゃん、あの馬鹿を甘やかしすぎなんだよね」
「男親って、息子のそういうところ、かわいいですもんね」
「そうそう」
……と、奥様方の話し相手になっていたのだ。
家の覇権を真の意味で握る彼女たちの信望を得れば、もう小玉に怖いものはない。
かくして、「あんたなにやってるの、この馬鹿」と各方面で色々と言われた彼らは、しょぼくれ……中でも短気だった「妥協美丈夫」がこともあろうか往来で、小玉に剣で勝負を挑んだ。
で、負けたのである。それはもう見事に。
文字どおり腕っ節で負けた。
驚いたのは負けたほうではなく、小玉のほうである。地に伏した自警団を見下ろし、小玉は、
「弱っ!」
……とは、さすがに口には出さなかった。表情には見事に出ているが。
しかしそんな彼女を見て、麺屋の店主あたりはそっと感涙をぬぐうであろう。そう、口に出さないだけでも偉大な一歩である。
実をいうと自警団の連中は、実戦経験(戦争どころかいざこざでさえ)なかった。それどころか正式に師匠について学んだことはないという、木の枝持ってえいこらやってる少年に毛が生えたような人間である。
そんな連中、小玉の前には束になっても
束になるという表現は誇張ではない、本当に一斉にかかってみてそれだった。
小玉にしてみれば、「剣持っててその程度しか使えないのか!」とか、「自警団どころか、自分の身を守るのも難しいだろうねそれ!」と思うくらいの弱さだった。
実際、剣を抜くとき手をちょっと切った奴もいたくらいなので、小玉の感想は間違いなく正しい。
もちろん、小玉が標準よりは強かったのは確かだろう。だが、実は彼女はそこまでは強くはない。
一時期、戦いの天才のようにもてはやされたことはあったが、それは小玉が武術を始めた年齢が遅かったのに対して、あまりにも急激に成長しすぎたからである。
最終的に彼女の技量は「上の下」程度で打ち止めになる。そして打ち止めとなったころから、彼女の指揮官としての名声が高まっていくのだった。
このころの小玉は、ちょうどその過渡期におり、中途半端な状況ではあった。
ともあれ、地元の奥さまたちから無職の青年たちを更正させてもいい……むしろ更正させてくれと言われているのであれば、善良な軍人さんとしては否やはない。
武官に斬りかかった罪で彼らをしょっぴいてしばらく拘留したあと、小玉は彼らに便所掃除と灌漑事業の下働きをさせることにした。
もちろん
その結果、お母様方は心の底から喜び、家庭内の平和がこれによってもたらされた。そして
それで終われば、なにもかもうまくいったであろう。
しかし、どんなことでもそうだが、すべてのものは時とともに流れる。「そのままみんな幸せに暮らしました」とはならないものだ。
ただ、その知らせが一月遅ければ、小玉は、ちょっと幸せになれただろう。実家に帰省できたという意味で。
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