第70話 恋人からの手紙

 さて、以降は小玉しょうぎょく文林ぶんりんの往復書簡である。



 ――復卿ふくけいから小玉への手紙

 手紙の書き方とかについて、お前文林から習ってないの? 格式ばれってことじゃなくて、情報の伝達について考えているのかってことだ。いきなり、「彼氏になって」とか書いて、前後に説明ないのって頭おかしいんじゃねえの。

 顔つきあわせて話してるわけじゃねえんだぞ。あとで説明のやりとりを手紙でするにしたって、よけいな時間かかるわけだから、いっぺんに済ませてくださいよ。

 さて、事情はわかるにはわかった。虫除けが欲しいってことだろ。俺の読解力に感謝しろよ。でも、俺知ってるんだけど。お前さん、明慧めいけい通じて文林の似顔絵取り寄せてるんだろ。それ見せびらかして、「これあたしの恋人」とかやればいいだろ。なんでわざわざ俺なんだよ。



 ――小玉から復卿への手紙

 あんた馬鹿? あんな顔の奴が、あたしの彼氏だって主張して、誰が信じてくれるっての。顔割れてるからかえって無理なんだってば。あんたも顔は悪くないけど、それは相手にはわかんないし。そんなわけで、女に宛てるような手紙、適当にちょちょいと書いてよ。得意でしょあんた。



 ――復卿から小玉への手紙

 わかった。二枚目に書いてみたけど、こんなふうですか、姉御。


 あなたが私の元から離れ、幾日が経ったのか。あなたとの夜を思い返し、胸が焦がれる思いです。別れる最後の日、あなたの肌の(自主規制)で私が(自主規制)し、(自主規制)だったのを、あなたはよもやお忘れではないでしょう。(自主規制)が(自主規制)の(自主規制)をしたのを、(以下全部自主規制)



 ――小玉から復卿への手紙

 お兄さん、違うわ。

 なんだかもう、性的嫌がらせの領域にまで入ってるんですけど。正直あたし、今あんたがいきなり死んでも悲しまない自信がある。

 誰が読むのかわかってるの、ねえ。田舎のおじちゃんおばちゃんたちだよ。最初の一行で卒倒しちまうわ。書き直してください。



 ――復卿から小玉への手紙

 俺が女に手紙出すって、この前出したようなやつしかないんだけど。

 そんならこれでどうだ。


 日に日に暑くなってきたが、貴女あなたが変わりなく勤めに励んでいると知り、うれしく思っている。こちらも日々変わりなく暮らしているから、気にしないよう。

 先ごろ、貴女からの手紙が届き大変嬉しく思ったのだが、そのとき、いつも親しくしている職場の同僚から聞いたことに驚いた。

 あのような話を、貴女の耳に届けたのはいったいどこの誰だろうか。私にはそのような話に覚えはない。

 私が貴女への想いを忘れて、他へ気を許せるわけがない。

 どうかそのことを忘れないでくれ。


 ――小玉から復卿への手紙

 いつもおねえさまに性的嫌がらせな手紙出してんのとか、この手紙の中であたしとあんたの関係ってどういう設定になってんのかとか、走り書きふうの筆跡は演出なのかとか、色々気になるけど、一番突っこませてほしいことを書きます。

 これ文林が代筆してるでしょ。どういういきさつでそんなことになったの。


        ※


「どうしろってのこれ……」

 小玉は苦々しい思いで、復卿から来た最新の書簡の二枚目を眺めていた。

 筆跡は復卿のものだったが、文体を見ればわかる。これは文林が作ったものだ。わかってしまった自分がなんだか嫌だった。

 だが、学問の成果が出ているということでもあるので、自分で自分をちょっとだけ褒めてやることにする。


 復卿への手紙には、「あんな顔は彼氏に無理」としか書けなかったし、実際その理由で彼に代行を頼めなかったというのはある。だがそんなことを置いたとしても、文林に頼めるわけもなかった。だから小玉は、最初から候補には入れていなかった。


 それはもちろん、異動前に起こったいわゆる「一夜のあやまち」というやつのせいである。そんなことを起こした相手にこんな頼みをするのは、色々ときわどすぎる。

 だからさらっと回避したはずなのに、どうしてぐるっと回って一回転したようなかたちで、文林の手紙が直撃してくることになったのだろうか。


 小玉は少し痛む頭を押さえつつ思う。

 ――あたしたち、ろくでもない縁で結ばれてるんじゃないだろうか。


 その後の歴史からかんがみれば、二人の縁はまさしく死が分かつまで切れないものであったのだが、このときの彼女は知るよしもない。



「なにかあったんですか?」

 そんな彼女に、部屋のごみを回収しに来たせいが声をかけた。

「ちょっとね……」

「恋人さんとけんかしたんですか?」

「……なんで?」


 小玉としてはまだ彼氏代行を手配しなくては……と画策している最中なのに、なんでもういること前提の話になるのやら。


「ほら、最近帝都との手紙のやりとり、すごく多いじゃないですか! だからみんな噂してますよ。なんかいざこざあったんじゃないかなって」

「『みんな』? 『噂』?」


 小玉は、目をぱちぱちとしばたたかせながら聞き返した。清喜の言葉にはひっかかるところしかない。清喜一人の推論ではなく、ここ全体の共通見解になっているというのか。


「……みんな、こういう話、好きなのね?」

「娯楽ない所ですから!」


 清喜は溌剌はつらつと答えた。確かに事実なのだろうが、今の回答にそんな溌剌さは別に必要ないなと、小玉は思った。


 しかし、この状況は好都合だ。すでに恋人がいるという前提の部下たち。しかも手元にある手紙の内容は非常にできがよい。

 有効に使うにこしたことはないではないか。


「……清喜、読む?」

「ええっ、ありがとうございます! いいんですか!?」


 遠慮するそぶりを後回しにしながら手紙を受けとる清喜。こいつはちょっと扱いがめんどくさいぞということを、小玉はようやく学びはじめていた。


 しかし意外なことに、清喜は読んだ手紙の内容を言いふらしはしなかった。彼が噂を広めるだろうと思って手紙を見せた小玉としては、いささか期待外れである。

 しかしそれとは別に、清喜という人物が信頼できるということがわかったので、別の収穫があったといえる。

 だから小玉は、恋人関連の噂を広めるのを他の人間に任せることにした。


 まかないのおばちゃんたちである。

 話が瞬時に広まったのは言うまでもない。


 手紙を一部分だけ見せただけなのに、翌日には大体の人間が知っていたのには、小玉も驚いた。

 彼女たちの驚異的な情報伝達能力を知ることができたのも、もしかしたら収穫なのかもしれない。今回以外活用できなそうであるが。


 ともあれ、目的は達成した。そのおかげで部下たちからは、なんだかにやにやと「恋人」のことをからかわれたりもしているが、それぐらいは覚悟のうえなので従容と受け入れることにする。

 なにより彼らはこれから忙しくなるため、それどころではなくなるはずだった。


 ――今こそ機が熟した。

 小玉は部下たちを集めて、事業を始めることを重々しく宣言した。

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