第68話 献身的な少年、清喜
数日後、
街の有力者を呼んだり訪問したりと
それは生存率を引き上げる。戦場でも処世でも。
対面した感触は、はっきりいって悪い。
そうでないほうがおかしいので、特に気にはしない。なにせこれまでが悪かったうえに、新しく出てきた責任者が小娘ときた。これで
もちろん収穫もあった。わかりやすい反応をとられるという点で、彼らの人間性も見えてくる。誰かを懐柔するために、相手の内面をつかまずに行動できるわけがない。
基本は正直、でも排他的で頑固。
それはそれでやりにくいところもあるが、手のうちようはある。
挨拶回りがひととおり終わると、小玉は部下たちを呼び会議を開いた。これからやること、そのうえで得られるであろう効果、仮にそれが予想を下回ったとしても地域に与える利点。
まがりなりにも部下を率いる立場になってから、小玉が痛感したのは情報を下に伝えることの重要性である。部下たちの納得なくしてよい結果を得られない。
むろん、上官の強権を発動することも、時には必要である。それも事実だ。
だがよほどのことがない限り、部下たちが納得したことによってなめらかに仕事が進むという道を選んだほうがお得であるし、世の中たいていの場合はよほどのことではない。
……なおこれは、部下として、なにも知らされずに振り回されたことのある恨みからも来ている経験則だ。
よく部下にはなにも知らせず、独自に動いて
誰あろう、元上司の
あれは一つの才能だろう。若干遠い立場の部下ならば素直に尊敬できる。だが、正直言って、直属に近い立場の部下になるとあれは本当にいただけない。各方面との調節が本当に困難なのだ。
だから長年王将軍の副官をやっている
彼によると「あの人はあれでいいんだ」とのことである。小玉もそれは
そういうわけで小玉は、自分のやることについて部下たちへの伝達や相談を怠ったことはない。
もちろん即断を求められるような事態ではない限り、ではあるが。
実をいうと小玉は本来、王将軍とまったく同じ型の人間だったが、他者を困らせる面ではほどよい反面教師を得たせいで、自らの才能を伸ばすことができたといえる。
ともあれ、現在の部下たちとの打ち合わせが終わったあと、小玉は率いる軍の管轄地域を視察しはじめた。田舎なのでほぼ毎日が山歩きである。
手元にある地図と照らし合わせ、差がある場合は修正し、「ある所」については書き込みを入れる。合間に書類を整理し、練兵の指揮を執る。
はっきりいって激務だ。
そう、激務……のはずなのに、帝都より楽とか感じるのはなぜだろう。
一日二食食べられるし、毎晩きちんと寝られるのである。
帝都にいたころの、特に先帝が亡くなったときに比べると、「まだまだいけるよ!」とか意味もなく叫びたくなってくる。
赴任当初こそ文林などの戦力が恋しかったが、現在は特に必要ないなとか思いはじめていた。もちろん、いてくれたらそれはそれで嬉しいのだが。
でも、この駐屯地の誰よりも働いているというこの状況。
自分って真面目だったんだなーと、元部下が聞けば真顔で否定するであろう考えが小玉の頭をよぎる今日このごろである。
不満を抱くような状況かもしれないが、小玉は今はこのままでいいと思う。相手をひれ伏させるためには、自分のほうがすごいという点を見せつける必要がある。
今、現部下たちと付きあいはじめてから日が浅い昨今、相手が感嘆しているという状況は有利に働いていた。
そんななか、小玉についてくるくると動いている少年がいる。
毎朝小玉より早く起きるのにやや失敗しつつも、彼女の朝食を整え、一日中付き従って、夜は小玉より遅く寝る。
なにより率直な尊敬の
でも時々、自分の従卒時代を思い出して「うわああああ」と叫びたくなる。自分もあんな感じで率直に「好きです!」という感情を
そんな個人的な事情はともあれ、彼がついたことで小玉の仕事がますます楽になったことは否めない。
従卒である清喜と小玉は性別の違いがあるので、身の回りの世話の中でできないことはあるが、小玉としてはそれぐらいでちょうどいい。
なんでもかんでも人にやられるのは性に合わない。申しわけないとかではなく、体がむずむずするのだ。
おおむねうまくやっている二人。髪を切った一見少年にも見える女と本物の少年がてくてく一緒に歩いている姿は、なんとなく余人の笑みを誘う。
小玉のあずかり知らぬところであるが、清喜と一緒にいることで他者の感情が好意的になっていた。
さて、小玉が健康的に山歩きをしている最中、例の自警団連中がどうなっていたのかというと、当然小玉が宣言したとおり放置である。
……といいたいところだが、実は半端にかかわっている。不本意ながら。
実は私服で街を歩いている最中、小玉は彼らと何度かすれちがっていた。そしてやけに声をかけられていた。
別に、いちゃもんをつけられているというわけではない。そもそも彼らは小玉の素性を知らない。というか、言っても聞いていない。
きっと彼らには、駐留軍の新しい指揮官が女であるということなど、思いもよらないのであろう。
ではなぜ、声をかけられているのかというと、いわゆる軟派である
自分自身をそう指すのもむなしいが、小玉は美人ではない。だが、先日まで帝都で暮らしているということもあり、そこそこ洗練されている。
そのような状態に行きつくまでには、本人ではなく、主に
田舎ではあるまじきこととされている断髪も、権威や因習に反発している彼らには好ましいものに見えているのか、なんの問題もないようだった。
現在ここでもてはやされている自警団が、おそらく帝都にいけば
――めんどくさっ!
小玉の率直な感想である。いや、本当、絶対に面倒くさい事態になるだろう、この展開はあとで軍装の小玉と会ったとき、「なんで素性を言わなかった!」とか「俺たちのことを
うるさい、何回も言ったわ! と今から声を大にして言ってやりたい。
最初に軍人として連中に顔合わせをしておけばよかったか、と頭を抱える日々である。といっても、今からそれをやるには、他の都合との兼ね合いでちょっとまずい。
連中のことは最後に回すことになった。小玉だって、下手を打つ場合はある。
かくして私的な用で出かけることについては、自粛している小玉である。
従卒の清喜がそれなりに色々と世話をしてくれるので、それほど不便を感じないが、困ったことが一つ発生した。
小玉が口説かれているのを知った部下たちが、ちょっと浮き足立ちはじめたのである。小玉が適齢期を超えているものの、若い女性であることに気づいたのか、なんだか若いのから微妙な主張を受けている。
そう、白菜を三十個くれるとか。
小玉はそういうもので喜ぶ人間だが、さすがに彼女と清喜とで消費するには多すぎる。仕方がないので、忙しいのに二人で一生懸命漬物をこしらえるはめになった。
さらに、ご年配の男性からは、見合いのような話をほのめかされている。どいつもこいつも頭に花が満開なのか。
この点については、小玉に対する好感が最近増したことが裏目に出たといえる。
ここまでくると、自警団の妨害工作ではないかとすら思えてしまう。もちろん、そんなことないのはわかっているが。連中、馬鹿だから。馬鹿の無意識、恐るべし。
かなり図太い小玉も、最近実害を感じはじめてきた。
問題は、誰を候補に選ぶかということだった。なおこの場合、「候補」と書いて「いけにえ」と読む。
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