紅霞後宮物語 第零幕／雪村花菜

第67話 最上級を見なれております

　初めての非番の日、私服を着て買い物に出た小玉（しょうぎょく）は、妙な一団に出会った。帯剣して徒党を組んで歩いている若者たち。ごろつきにしては身なりがいい。

「なんですかあれ」

　道ばたで栗を売っているおばちゃんに問いかけると、自警団だよと教えてくれた。

「うちの街の治安を守ってくれるのさ」

「あれ、軍隊は？」

「あんなよそ者、頼りにできるかい」

「あー……すんません」

「なんだい？」

「あとで、騙（だま）したな！　とか言われるのも腹立つんで、今言っちゃいますが、実はあたし、軍の関係者です」

「……そうかい」

「……ええ」

　こういうときの気まずさって、なんとも言えない。

　ともあれ、その自警団とやらは、地元でそれなりに金を持っている連中の息子たちがなんとなく群れていて、ついでに格好つけて剣を扱いたかった結果発生したものらしい。

　なお、地元では花形と扱われていて、美形揃いで女の子にももてて、本人たちもかなり調子に乗っている様子。そりゃあ、やめられるわけがない。

　なお、おばちゃんがそこまで身も蓋（ふた）もないことを言ったわけではなく、小玉のまとめ方が雑なだけだ。でも多分事実だ。

　とはいえ、軍を馬鹿にしているとか以前に、剣を持っている連中が横行しているのは危険な状態ではある。

　観察次第では、強権を発動するべきだと小玉は考え……しばらくの期間、様子をうかがっていた小玉は、次のような結論を出した。

「よし、放置！」

　決して、面倒くさいからではない。

　しかし、当然のことといえば当然のことかもしれないが、何人かの部下が抗議しにやって来た。

「なぜですか!?」

　彼らは前任の指揮官の室内秘境を片付けたような手腕を期待していたらしい。いや、放置してきたあんたたちに言われても……というか自分で挑戦してみればよかったじゃんとか思ったが、その本音はおくびにも出さず、小玉は言った。

「連中、無害だから」

　確かに連中は調子に乗っていた。しかし、親の力を振りかざして、無体を働くという感じではなく、それなりに真面目に治安は維持していた。

　周囲で生暖かく見守る大人たちに上手に持ち上げられていると言ってもいい。

　ならば……当面は任せてもいい。なにしろ、やることは山ほどある。これも地元との協力体制の一つだと思えばいい。

　小玉は都での衛の一つ、金（きん）吾（ご）衛（えい）を想起していた。主に街の中の警備を担当するところで、軍の花形だ。あれの劣化版だと考えればいい。

　もちろん、彼らが軍の評判をおとしめていることについては、対策を講じる必要がある。

　というか、これからこなす「やるべきこと」を済ませれば、おのずと地元民からの信頼を得ることができる公算だった。

　……ということを説明して、お引きとりいただいた。ほとんどは納得したようだったが、ごく一部の連中が、小玉が自警団の顔に惑わされたのではと噂しはじめ、それはそれでちょっと困った。

　だが、こういう場合、口でなにを言っても、噂をあおり立てるだけだとわかっている。

　したがって小玉は、明慧（めいけい）経由であるものを取り寄せた。そしてそれを執務室の扉に貼って、さらにその下に墨で書いた。

『私はこの顔と毎日仕事してました』

　言わずと知れた文林（ぶんりん）の絵姿である。これで噂はぱったりと止まった。ここで働いている連中も基本的に田舎出身の者ばかりだったため、素直なのが功を奏した。

　正直言って、小玉は自警団の面（メン）子（ツ）を美形だとは思えない。

　文林の顔すら日常に完全に埋没しているほど見ているというのもあるが、単純に、彼らはそこまで美形ではないのである。ここら一帯では上の上なのだが、都基準だと、すごく好意的にみても中の上くらいである。

　だからむしろ小玉は、自警団の若者（といっても同年代だが）をかわいそうに思っている。

　本人たちは多分、自分が都に出ても通じるくらいだと思っているが、実際は「うーん……」と思うしかない程度なのだから。

　しかも、彼らは自警団として色々やっているが、自分で金を稼いでいない。親の金で生活して、余暇を自警団に使っているというかたちなのだ。

　ほとんどが次男、三男で、手に職なし。

　家が代替わりしたら、確実に厄介者扱いされるはず。おそらく嫁も来ないだろう。今きゃあきゃあ騒いでいる娘たちも、実際に結婚するとなると生活力を持つ男を選ぶだろう。

　どう考えても彼らには明るい未来がない。それどころか、将来本当に街に寄生するごろつきになりかねない。

　だから、小玉は彼らのためにも、なるべく早期に自警団を解体する気ではあった。