第62話 ある日の朝、小玉は

「うそぉ……」

 小玉しょうぎょくは我と我が身を省みた。

 そうすることでなにか変わってほしいと思ったわけではなかったが、もしそれで事態が変わってくれれば、泣くほど喜んだだろう。


 窓からは明るく日の光が差し込んでいて、ちちちちちちとか鳴いている小鳥の声が耳に飛び込んでくる。


 ――わあ、いい天気。今日は洗濯しましょう。


 そんなふうに思うことで日常に回帰したい。しかし、それを許さない物体が側にいる。

 自分の部下。なぜか裸。自分も裸。そして寝台の上。


 容赦なく突きつけられる現実。


 状況から考えて、どう考えても情事直後である。記憶にないが。

 というか、状況証拠うんぬん以前に、やっちゃったことがわかるから、誤解ということはありえない。

 ……なんで記憶にないのにわかるのかは、ほら、まあ、あれである。



 とりあえず小玉は深呼吸して、状況を整理してみることにした。



 さて、一か月前のことである――正直さかのぼりすぎであるが、そのことに気づかないくらい混乱している――小玉は左遷されることが決まった。理由は、新帝が父親に甘やかされた妹姫を苦々しく思って、嫁に出すことにしたからだ。


 その結果、彼女の側近くに仕えていた小玉は、彼女が嫁に出されるのと同時に任を解かれ、へきに赴任することが決まった。降格つきで。

 はっきり言って左遷であるが、異動は異動だ。



 小玉はあちこちにあいさつ回りに行った。それが昨日のことである。おおむね「元気で」という無難な言葉をもらったのだが、一人にだけなぜか怒られた。

「なんだそれは!」

「いや、あたしに怒られても」

 子どもができても全然変わらない、ちんしゅくあんである。


 せっかくいい酒を持ってきてやったのに、それを受けとりもせずにぷんすかしている。

「お前の今度の左遷って、多分兵部の……ぐうっ!?」

「それ以上は言わないの」

 小玉は叔安の口を手でふさいだ。


 勢いあまって、若干殴る感じになってしまったが、なにも問題ないはずだ。だって彼の後ろで奥さんが、気にしないでいいのよという顔で笑っているから。


「まあ、そいつの下にこうが付いてる以上ね、遅かれ早かれにらまれてたとは思うし、仕方ないよ」

「光か……」

 叔安が苦々しい顔をする。以前小玉から手柄を奪った光は、高官に取りいったのもあって、とんとん拍子に出世していた。


「あいつもまさか、お前がそんなに出世するとは思ってなかったから、手柄を奪ったんだろうに」

「文字どおり目の上のたんこぶだねえ。でもま、あたしがいなくなったら光の奴もほっとして、こっちにちょっかいかけないだろうし」

「そうかあ……? 俺はそう思わないぞ」

 叔安は疑わしげなまなしを向けてきた。


「心配してくれるのはうれしいけど。光のこと探らなくてもいいからね。奥さんと子ども大事に」

 なにより小玉は、なにかを「探る」ということは、叔安には絶対的に不向きだと思っている。

 不承不承うなずく叔安。そんな彼に、小玉は酒を押しつけた。



 そして小玉は文林ぶんりんと落ち合い、れんの店で飲みはじめたのだ。

 当然だが、こちらも心温まる話にはならなかった。



 文林は小玉の左遷について、まるで納得していない様子だった。

「完全にあおりを食らったかたちじゃないか、それ」

 と、彼が言ったところは覚えている。よしよし、この調子で思い出せ。なんでこうなるに至ったかの原因を! と自らを励ます。


 そして文林は酒をあおったのだった。ただ、小玉は今回の処分に対して、あまり悲観していない。

 階級が下がるのは当然である。元々ていの側に仕えるために特別な措置として昇格したのだから、その任を解かれたら元に戻るのは当然だ。


 そして左遷されたことについてだが……実は、少し嬉しい。実家が近いから。

 うまくいけば、帰省だってできるはずだ。それもけっこうな頻度で。


 文林の手前、にやける面を隠すために自分も酒をあおったのだが……それ以上のことが思い出せない。自分の脳みそに役立たず! と自らにののしりを浴びせる。


 しかし、だ。


 横で眠っている文林の下手をすればあどけないとさえいえる寝顔を見て、小玉は思った。

 自分かこいつ、どちらが手を出したかといえば、間違いなく自分だろう……と。


 近ごろ男日照りの女と、童……失礼、恋愛に慎重な男。


 二人っきりのとき、どちらが相手に手を出すだろうか。

 というか、文林の性格的に、自分に手を出すなどありえないだろう……と小玉は思った。あくまで主観ではあるが。自分が文林の上に乗っかったという説のほうがはるかに信憑しんぴょう性がある。


 では、問題はこれからどうするか、だ。

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