第58話 文林の変化
退却の最中、
指示をしていた彼女が浮かない顔をしていたのを、文林は気にしていた。しかし、
「あんたには前で指揮しててほしいのよ」
そう言われて、部隊の前方に追いやられた。
本人は
今この場で指揮権を握っているのは、副官である文林だ。戦場で彼女とここまで離れたことはなかった。いつも側にいた。
「任されるなんて、お前もだいぶ信用されるようになったんだな」
気が
別に、小玉の身に危険が降りかかるのを恐れているわけではない。この職業、そしてこの状況だ。危険ではないことのほうが少ない。
ただ、彼女がそうなるときに自分が側にいないことが嫌だ。この感情をなんと呼ぶのだろうか。不思議で仕方がなかった。
そんな思いに駆られる文林は、皇帝……自分の異母兄が死んだことは、かなりどうでもよかった。
これまで下されたろくでもない命令、絶妙な状況での死などについては苦言を呈したいが、それはどこか客観的で、評価や感想に近い。
以前の自分ならば、きっと違っただろう。もっと複雑で生々しい、どろどろとした思いを抱いていただろう。少なくとも、先帝である自分の父が死んだときはそうだった。
「変わった」
最近、よく言われる。自分でもそう思う。
それがよい変化なのか、悪い変化なのか、自分ではわからない。そのくせ困ったことに、今の自分が嫌いではないと思うようになっている。
そして、自分を嫌いではないと思うようになってから初めて、以前の自分が嫌いだったのだと知った。
少なくとも、以前の自分には戻りたくない。だから、この変化を受け入れようと思っていた。
「文林」
「なんだ」
復卿の突然の呼びかけに、間髪を
「後ろから早馬だ」
確かに
「申し上げます」
「ああ」
「『もう危険地帯抜けたから、もう少ししたらあたし合流するよ!』……だそうです!」
――いや、報告に声まねまでは必要ないだろ。
「……そうか」
報告を受けた文林は、心底言いたいことをぐっとこらえて
なぜなら、相手が大まじめな顔をしていたからだ。
多分、「言ったとおりに伝えて」と言われたことを、言葉どおりに受けとってしまったのだろう。
たまにいる。こういう真面目すぎて空転する人間。
一礼した伝令が去っていくのを見送る文林の隣で、なぜか復卿が目頭を押さえていた。
「お前……本当に変わったな」
「どういう意味だ」
「いや、以前ならずばっと突っこんで、相手をしょんぼりさせていただろうなって思うと……」
人間の感情の機微をつかめるようになったんだなあとしみじみ呟く彼に、いらっとする。確かに以前ならば言っただろうが。
「……というか、今のはよく考えれば、突っこんでやったほうがよかった気がする」
「え、そう?」
でないと、彼は一生ああいう感じで報告することになるのではないかということに、文林は今気がついた。
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