第56話 少女の取り扱い
「
「閣下」
気遣わしげな声に、小玉はちらりと笑った。
「席を外す。あとを頼んでも?」
「あ、はい。それはもう……」
「小玉!」
彼女の言葉
響きから、だんだん
「はいはい、こっちにいますよ帝姫さま」
小玉は、お気楽な声で
声のするほうへ向かうと、そこには肩をいからせた帝姫と側仕えの女官が数名。
「もう、どこにいたの!? わたくしが呼んだらすぐ来なくてはいけないのよ!」
「はい、すみませんねえ」
小玉の姿を認めると、彼女は突進してきた。
女官が申しわけなさそうな顔で見てくるのに、目で「いいですから」と伝える。多分伝わったはずである。
帝姫に懐かれた。そんな状態である。
小玉の聞いた帝姫のお転婆は、
「あー、かわいらしいこと」
この一言につきる。
むやみに馬に乗りたがったり、お忍びで外に出かけたがったり。
ただ、付きあう者の心労が並大抵のものではないということはわかる。実際、小玉もそれに付きあう立場になったのだから。
そして、帝姫本人を観察してわかったこともある。
この少女は、本当にそれらのことをしたいのではなく、ただ自分の日常から離れたことをしたいのだと。
だから、小玉は提言した。
「こういうのは、適度に発散させてあげりゃいいんですよ」
で、子どものころ、小玉がしていた遊びを教えたのである。
こま回しとか、笛作りとか……これが大当たりした。
おかげで帝姫の行動半径は狭くなり、女官たちに感謝される今日このごろである。ついでに、小玉は帝姫の扱い方も上手なので、異様に頼りにされるようになった。
また、帝姫がなにをやっても興味を示すから、教える側としてもやりがいはある。
おかげで妙に張りきった結果、小玉は今、帝姫と一緒に皮をなめしている。
「…………」
ふと小玉は、なんかこれっておかしいんじゃないかと思ってしまった。もはやこれ、遊びとは全然関係ない。
しかしそんな小玉の横では、帝姫が大まじめな顔をしている。
丸く成形された石で皮をごりごりやっている彼女は、現状にまるで疑問を持っていないようだった。
非常に熱心にやっている帝姫は、物珍しさもあるのだろうが案外こういうことに向いているのかもしれない。
これまでも特に無心にやるなにかを好んでいて、作ったもので遊ぶよりも作る過程自体を楽しんでいるようだった。女官
「ねえ小玉、これは終わったらどうするの?」
不意に顔をあげた帝姫の額には、ほのかに汗が浮いている。
「それでおしまいですよ」
「ええ? これを使ってなにか作ったりしないの?」
帝姫は不本意そうな声をあげる。このあとなにかに加工すると思っていたらしい。しかもちょっと期待もしていたようだ。
小玉は内心、少し焦った。ちょっとこれは予想外の展開だ。
だって、二人がなめしているのは皮は皮でも竹の皮なのである。
獣の皮ではなく竹の皮を使ったのは、獣の皮だと作業が色々と大変だからである。
特に皮から肉と脂肪を
したがって竹なのである。
実際帝姫は、竹の皮ですら大汗をかいている。
そんななんちゃって皮なめしであるが、小玉が住んでいた地方ではよく使っていた。
特に小玉の家は兄の足が悪く、狩りの獲物があまり捕れないためこのなめした竹の皮を編んで靴などを作っていた。
しかし、それはちょっと難しい……帝姫さまにそんなものを履かせられないというのではなく、靴を作るための量を確保する前に帝姫が力尽きるであろうという点で。
しかし、帝姫の期待を裏切るのも……と思った小玉は、「包みましょう」と提案した。
「包む?」
「ええ。竹の皮は元々頑丈ですし、なめしてとてもしなやかになったので、この前作ったこまや、笛を包んでしまいます」
正直、包むんだったら他のものでも構わないのであるが、帝姫は小玉の提案を気に入ったようだった。
「……そうね! だったら……もう一枚なめす必要があるわね!」
これまでなめした皮を数えた帝姫は、もう一枚の皮に手を伸ばしたが、宙でぴたりと止める。
「ちょっと疲れたから、休憩してからにするわ」
やっぱり疲れたらしい。
そう言って帝姫は石を置くと、小玉に偉そうに命じる。
「ねえ、おまえが戦場に行ったときのことを話しなさい。初陣はこの前聞いたわね……その次は、どこでどういう戦いをしたの?」
帝姫は、小玉本人にも元々興味を持っていたようで、しきりに話を聞きたがる。今のように。
正直、聞いて楽しい話はできていないと思うのだが、帝姫には興味深いようだった。
なんでなんだろうなと疑問を口にしたら、元上官の
華々しい戦歴、出世……あなたは年若い活動的な少女たちにとっては
そんなものなのだろうか。
「ご本人にとっては不本意なことでしょうが」
などと添えるあたり、元上官はさすがに小玉のことをよく知っている。
疑問に満ちた日々を過ごしてはいるが、別に今の職場に不満があるわけではない。
なんといっても、帝姫のような性格の人間は嫌いではない。旧来の友人の一人もそのような人間である。
彼との付きあいの中で学んだことによって、帝姫の扱いが楽になったのだから、彼のいる方向に手を合わせたくなる。
そういえば彼は元気だろうか。相手の結婚以来会っていないので、そのうち会いに行こうなどと思う。いい酒でも持って。
悩みがあるとすれば一つ。
楽して給料もらっていて、これでいいのか。
だから、その話が出たとき「ああ、やっぱりな」と思った。
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