第54話 少女、帝姫

 ――ねえ。

 ――本当かしら。

 ――間違いないわ。

 ――ええ。聞いたわ。

 ――信じられないけど……。


 女たちがさざめきあう。隠しきれない興奮を含んで。



 異動早々、こんな試練があるとは思わなかった。

 小玉しょうぎょくは右手をぎゅっとにぎりしめて、首を横に振った。

「なんというか、本当無理なんです。無理」

 そのこぶしからは、ひもがはみでている。現在の小玉の位を示す「じゅ」というものだ。それと同じく位を示す「印」を渡せと言われている。


 別に解雇されるわけではない。

 つまり、降格か昇進。もちろん後者である。


 今回、あたしなんにもしてないよ!

 というのが、小玉の言い分である。

 こういう場合の彼女の言い分はたいてい正しく、そしてたいてい聞き入れてもらえない。


 現在、小玉の位はこうである。そして、今回与えられる位は郎将ろうしょう。いきなり二つか三つくらい階級が上がってしまう。


 そんな彼女に向かって、手の平を上にして突き出す男が一人。

「気持ちはわかるのだが、ていはくを付けるためだ。我慢しろ」

「えー……」

 そんな理由ならば、逆らえない。

 観念した小玉は、綬と、印を渡した。


 初の女性将官なるかとささやかれていた小玉は、華々しさのかけらもなく将官になった。いや、別に華々しさとか求めてないんだけどさというのは、彼女の負け惜しみではない。一点の曇りもなく本音である。

 さて、校尉あらため、右郎将になった小玉は新たなる部下のもとに顔合わせに行った。

 そこにいたのは、沢山の女たち。そして、その先頭には、


「あ、お久しぶりで……」

「ご無沙汰ぶさたしております『閣下』」


 相手が小玉の挨拶をさえぎる。

 その目は「格下に敬語を使うんじゃありません」と語っている。馬鹿にしているわけではなく、真剣にたしなめているまなし。


 そんなもの、無視できるわけがない。


「あー、元気にしていた……だろうか、柳隊正りゅうたいせい

「おかげさまをもちまして」

 無理に言葉を堅苦しく作る小玉に、柳隊正こと、柳銀葉ぎんよう、さらにいえば、小玉の最初の上司はふふっと笑った。


 小玉は今も彼女に頭があがらない。でも、あげないと多分怒られそうだ。


「我ら一同、閣下のことをお待ちしておりましたのよ」

「はあ、それはそれは」

 としか返しようがない。というか、さらっと流してしまっていたが、閣下とか呼ばれる自分って、相当似合わない。


「これからご指導、ご鞭撻べんたつのほどよろしくお願いいたします」

 一斉に頭を下げる女性たち(半数以上が年上)に、小玉はちょっと引いた。



 それでもなんとか引き継ぎや、打ち合わせを終えたあと、小玉はついに、新たに仕える主人と面会した。 


「おまえがかん小玉ね」


 許しを得て、下げていた顔を上げると、そこにはお人形のような少女がいた。

 これが小玉の異動の原因となった張本人である帝姫だが、そういった事情はさておき、とにかく美しい女の子だった。


 小玉は、思わず感嘆の声をあげそうになってしまった。

 ――わあ、かわいい。


 小玉は少し拍子抜けした。お転婆だと聞いたから、快活そうな少女を想像していたのだが、予想とかなり違う。

 神経質そうで、しかも華奢きゃしゃだ。

 こんなほっそい体でどんなお転婆が働けるのだろうと、小玉は真剣に悩んだ。


 ちなみに、小玉基準のお転婆はこうである。

 一、近隣の少年たちが作った秘密基地に攻城戦をしかける。

 二、悪童をわな(文字どおりの意味)にかけて、木に逆さづりにする。

 三、井戸に……(後略)


 仮にも深窓の姫君のお転婆をお前基準で考えるなと突っこめる者が、小玉の脳内に存在するわけはない。

 この方はなにをやって「お転婆」と言われているのだろう……と真剣に悩む小玉は、多分帝姫の行状を知れば、「なーんだ」とつぶやくことだろう。

 そんな帝姫は形のよい鼻をふんと鳴らして言い放った。

「わたくしは別に、お前のようなせんの身の者に仕えてもらう必要などないわ」

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