第53話 小玉の存在

 某日、呼びあつめられた文林ぶんりんたちは、緊張の面持ちの小玉しょうぎょくに話を切りだされた。

 その内容は、彼女の緊張の度合いにふさわしいものだった。


「馬鹿?」

 冷たい声でぼそっとつぶやいた復卿ふくけいの言葉が、その場にいる人間の心情を表現していた。


「言っとくけど、あたしがなんかしたわけじゃないからね」

「知ってますよ、あんたに言ったわけじゃないです」

 今回の件、小玉になんの問題もないことは、文林もわかっていた。

 悪いのは皇帝である。そして、それが顔も見たことがないが自分の兄だと思うと、途方もなく腹が立つうえに、恥ずかしくて仕方がない。


 小玉がいなくなる……それは、文林が思いもよらなかったほどの衝撃だった。指の先がすっと冷えたような気がした。これは……不安感だ。

 彼女がいなくなったあと、この隊はどうなるのだろう。それがまるで見えない。

 自分はいつのまにここまで小玉に頼っていたのだろうか。


「でもまあ、こうなった以上は仕方がないね。これからのことを考えるべきだろう」

 難しい顔で明慧めいけいが言う。

「そう、明慧。そのことであんたに頼みたいことがある」

「わかってる」

「明慧……」

 明慧は重々しく頷いた。


「……あたしが玉鈐ぎょくけんについていけばいいんだね!」

「違うよ!?」

「なにっ!?」

 この上なく予想外だという態度で目を見開く明慧。

 いや、いくらなんでもそれはないだろう。彼女の性別的にはありだが、外見的に駄目だ……と文林は失礼なことを考える。


「じゃあ、俺が……」

 今度は外見はともかく、性別的に駄目な復卿が手をあげる。

「ばかたれ!」

 小玉の一喝に、確かにたわけだと、文林は内心で同意した。



 気を取りなおし、小玉が真剣な声で語りはじめる。

「あたしが頼みたいことっていうのは、あたしがいない間、部隊のことを任せたいってこと」

「あんたの代わりに誰か他のこうが来るってわけじゃないのかい?」

 明慧の問いに、小玉は「来ない」とはっきり答える。

「今後この部隊は米中郎将預かりになって、実務は明慧と文林に任せることになる。この部隊が出兵する際は、玉鈐からあたしが来て、指揮することになる」


 他の上官は来ない……その言葉は、文林に不安ではなく、安心感を与えた。

 他の誰かがこの部隊にやってきても、小玉以上にうまく動かせると、文林には思えなかった。それは、全員に共通した思いだろう。


「あたしはここに戻ってくるつもりだから。だから……その間のこと、お願いします」

 小玉は一人ひとりの手をとって頭を下げた。

 その手は熱くて、文林の冷えた指先を少しだけ温めた。


        ※


「あー……本日は、お日柄もよく……ちょっとあんたたち、大丈夫?」

 小玉が去る日だった。

 最後に挨拶あいさつをということで、部隊の前に立つ小玉に、むくつけき男どもが、涙を流しながら別れを惜しむ。


 文林は文字どおり、一歩引いた。彼らの気持ちはちょっとわかるが、同類と思われたくなかった。

「まあ、あの、訓練さぼんないで、頑張って。たまに顔出すから」

「校尉……!」

かん校尉、お元気で……!」

「あんたがいないと、俺らは……!」

 おうおうと泣き伏す者が出てきた。


 小玉は困った顔で、ぽりぽりと頬をかき、視線をさまよわせたあと、言った。

「あー……あっちのほう、女の子多いから、あんたたちのことそのうち紹介できるかもよ」

 絶対にそれ、今思いついた適当な考えだろということを。

 しかしそれを聞いた瞬間、身内の通夜のような様子が一変する。


「まじっすか!」

「頼みますよ、関校尉!」

「俺、今年こそ結婚したいんです!」


 しゃっきりと顔をあげた男たちに、小玉があきれた声をあげる。

「露骨だなあんたら!」

 しかし彼らはそんな、まことにごもっともな言葉をまったく聞いていない。

「よーし、みんな、関校尉の前途を祝して、胴上げだ!」

「待てこら、いらん!」


 もちろん、そんな言葉も彼らは聞いていなかったが、胴上げは自主的に取りやめた。仮にも女性が相手だということで自粛したのだ。

 けれどもなにかやりたいという気持ちを抑えることもできなかったので、折衷案として野郎どもは小玉を囲んで踊りはじめた。


 どう見ても、怪しい儀式だった。

 中心にいる人間が生贄いけにえにされる系の。

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