第48話 武官である理由

 内容的には充実していたものの、飲み会というのは、仕事とは別のところで疲れる。ぶんりんは首を回しながらため息をついた。ごきっと硬い音が響く。これはそうとうこっている。


 ――さっさと帰ろう。


 そう思って、馬の足を速めた。

 宮城からさほど遠くないところに文林の家はある。つまりは一等地である。

 とはいっても、文林の家は貴族だとか高官だとかいうわけではない。いわゆる商人というやつだ。ただし、かなりの豪商だった。

「お帰りなさいませ、坊ちゃま」

 門番に頭を下げられながら家の敷地に足を踏み入れると、すかさず人が集まってくる。文林は馬からひらりと降り、手綱を手渡した。


 屋敷に入ると、家令がうやうやしく頭を下げながら呼びかけてきた。

「坊ちゃま……」

 文林はうんざりとした表情を顔に浮かべた。

「おさまがお呼びなら、忙しいと伝えてくれ」

 出征することが決まって以来、事あるごとに呼びつけて「行くな」と言ってきて、戻ってきてからは「もう武官をやめろ」と言ってくる祖母に、文林はうんざりしていた。


 今日も祖母からの呼び出しだと思っていた文林だったが、家令の言葉は予想に反したものだった。

「……いえ、大旦那さまがお呼びでございます」

「なに?」

 文林は家令をいちべつした。

「……そうか、今日お戻りになる予定だったな」

「はい」

 文林の祖父は商談のため長く家を留守にすることが多い。

「わかった。すぐ行く」

 その言葉に、家令は再びうやうやしく頭を下げた。


 祖父の部屋に向かうと、彼は文林の顔を見てほっとしたような表情になる。

「無事に、戻ってきたのだな」

「はい」

 そのやりとりのあとは言葉が続かず、文林と祖父の間に沈黙が寝そべる。


 ややあって、その状況を壊したのは祖父のほうだった。

「文林。お前は……」

「なんでしょうか」

 文林の問いかけに、祖父は目を伏せてため息をついた。

「お前は、なぜ、軍人になった」

 今更というべき言葉だった。

「それは、もっと早くにお聞きになるべきでしたね」

「わかっている……」

 苦悩の色をその顔ににじませる祖父を、文林は無表情を保ったまま見つめた。

「お前がなにを望んでいるのかが、私にはわからない」

 再びの沈黙のあと、祖父はつぶやくように言った。

「簡単なことですよ。私の望みは、自分が食い物にされないための力を身につけることです」

 それは、文林が自分の出自を知ったときから抱く願いだ。

「私の跡を継ぐことでは、それは成せないのか」

「……成せません」

 理由を述べようとして、文林はやめた。おそらく、祖父を打ちのめすであろう言葉だったからだ。


「お話は以上でしょうか」

「ああ」

「それでは失礼いたします」

 文林はそう言うと、祖父の部屋から退出した。胸にもやもやとした思いがわだかまる。


 文林は祖父も祖母も嫌いではなかった。だが、好きと言い切れないくらいには、二人との関係は複雑なものだった。祖父母のほうもそうだろう。だからこそ、会話には常にぎくしゃくしたものが漂う。


 これは、原因を取り除かない限りどうしようもないことだ。だが、それは時を遡らない限り不可能なことだった。

 ただ……もう一つ、もやもやとすることがあった。

 自分の言ったことに違和感を覚えたのだ。

 確かに自分は力が欲しくて武官になった。だが、今はその理由だけで武官をやっているわけではない……そういう気がするのだ。その理由がどこにあるのか、文林はよくわかっていない。

 ただ、しょうぎょくが絡んでいる気がする。そう思ったし、それを素直に認めている自分に嫌な気持ちを抱いてはいなかった。

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