第47話 おかみ・李阿蓮

 しょうぎょくめいけいと今後の課題を宣言したところで、なぜかその場にいる全員が自分の抱負を述べることになった。そこに誰も疑問を投げかけないあたり、全員がほどよく酔っ払っていることが見て取れる。


 だが、

「騎射の腕を磨く」

「俺、新しい武器に挑戦してみたい」

 このあたりは、意欲や闘志があふれているが、

かっちゅうの新調」

「今年こそ結婚」

 後半あたりは、なにやら間違っている。


 意欲や闘志はあるのだが、それに欲望という不純物が大いに混じっている。


「あたしも実家には帰りたいな」

「お前もか」

 ぶんりんは突っ込んだ。


「だってもう、五年も実家に帰ってないよ。おいっ子一回も顔見てないのに、もうすぐ五歳だよぉ」

「べつに甥の顔を見なくても、死ぬわけじゃないだろうに」

「今絶対可愛いさかりだよ。今逃したら死んでも見られないぃ」

 小玉は、うええんと泣き真似をする。

「ああ、それはそうですねえ。五歳かあ、いいですね、可愛いですね」

 と、たいが顔をとろけさせる。彼は三児の父である。そうとう子煩悩でもあり、他人のことでも子どもの話をするだけで、食いついてくる。

「母ちゃんと兄ちゃん夫婦にも会いたいし、父ちゃんの墓参りもしたいし……」

 小玉は指を折りながら、実家に帰ってやりたいことを並べていく。


「あと、給料についても説明したいし」

「なんだそれ」

「いやさ、実家に仕送りしてるんだけど、うちの家族、あたしが出世したこと納得してなくて。無理して金送ってるんじゃないのかーって、服とか食べ物とか大量に送ってよこすんだ」

「意味ないねえ」

「そんなに大金を送ってるのか?」

 文林の疑問に、小玉は片方のまゆを上げて、「まさか」と言う。

「あんまり大金送ると、家長の兄ちゃんの顔つぶしちゃうから、ほどほどな金額だよ」

「ちゃんと手紙で説明……はしてもそうなんですね、その口ぶりだと」

「そ。だから、直接説明したいんだよね。泰、そういうことだから、お休みとれない?」

「無理です」

 常ののんびりとした口調が嘘のように、きっぱりと切り捨てられ、小玉が肩を落とした。それを見た文林は、不思議な気持ちになった。


 文林は生い立ちもあって肉親に対する情が薄い。仮にもっとも近しい祖父母が死んだとしても、儀礼的にしか泣かないだろうという確信がある。

 相手も自分に対して同程度に情が薄いだろう。だが、それを問題とは思わなかった。

 だが、小玉という女は、家族を愛し、そして愛されている。べつに、他人が家族を愛しているからといって、今更自分の生き方を変えようとも思わない。

 だが、小玉という文林にとってとらえようのない人間を愛し、愛されている存在がいることに、なにかもやもやとしたものを感じた。

「おーい、酒持ってきたぜー!」

 それは形になる前に、ふくけいののんきな声によって散らされた。

「ちょっ、酒!? あんた、料理追加しにいったんじゃ……!」

「あ、お酌しますよー、うふふ」

 気持ち悪くしなを作る復卿。その頭をはたきながら、小玉が顔を引きつらせる。今回、彼女は懐に痛恨打を食らうのだろうと文林は思った。


 だが、

「それは、うちからのおごりよ」

 ひょこっと顔を出した店のおかみさんによって、その予想は覆された。


れん、素敵……太っ腹!」

 小玉は胸の前で手を組んで、目を輝かす。今彼女にとって、おかみさんは女神にでも見えているのだろう。

「ま、今は実際太い腹だからね!」

 ぽんと自分の腹をたたくおかみさんの腹は大きく膨らんでいる。

「今回はおまけするから、今度からもっと食べに来てちょうだい。この子が生まれるお祝いにね」

「もちろん来るよ!」

「ほんとー? ここしばらくお見限りだったから、寂しかったわ」

 そう言いながらおかみさんは身をくねらせ、小玉にしなだれかかる。

「やだもうそんな、あたしには阿蓮だけなのに……」

 相手の言葉に乗った小玉は、そっと相手の手を取る。ちょっとした愁嘆場劇場に、場は大いに盛り上がった。文林もたまらず噴き出した。笑いながら、小玉を見る。


 まあ、いいかと思った。


 今はまだ捉えようのない人間でも、いつかはその端を捉えることができるだろう。どうせ、先は長いのだ。

 自分と彼女の付きあいが、ずっと続くことを文林は確信していた。

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