第46話 小玉の課題
「あと……あたしはあたしで、自分の課題見つけたし」
「課題?」
誰かが疑問の声をあげた。
「ちょっと……今回、自分の限界を感じたとこがあって……こういうのなんていうのかな、言葉の種類? 使える言葉の多さ?」
「ああ、『
ぴんと来た
「それも含めて、勉強が足りないってこと、改めて思ったのよ。こう……自分の中では、敵がどう動いているのか、自分たちがどう動けば撃退できるのかがなんとなくわかるの。でも、それを……うまく言葉にできない。いや、違うね。言葉にできるんだけど、説得力を持った言葉にできない。これまで、
「そうかな?」
小首をかしげる
「あたしは今回の突撃のときに、『あそこに突っ込む』ってことしか言わなかった。それは、詳しく説明する時間がなかったからだけど、それ以上に詳しく説明するだけの……ええと、語彙か。それを持ってなかったから。それだと、いつか説明を求められたときに、うまく答えられないし、そんな態度だと、不安を持つ部下が必ず出てくる。そんなのは駄目よ」
文林は、ふと思い出した。小玉の命令による突撃のときの、なにがなんだかわからない不安。そして、小玉のせいで死ぬのではないかという怒り。
「それに、軍議のときも、上に対してうまく意見を言えるようになりたいのよ。今回、それができてたら、作戦を変更できて、被害ももうとおさえられたんじゃないかと思うんだよね……」
「いや、無理じゃないすか?」
沈んだ表情を作った小玉に、
「今回前線指揮してたのは、あんたのことあまりよく思ってないじいさんだったから、あんたがどんだけ心に響く名演説したとしても、作戦変えなかったと思いますよ」
「いやまあ、そうなんだけどさあ!」
身も
「まあ、今後はあたしの意見を聞いてくれる人の下につく可能性だってあるわけだし……要するに、指揮する人間は、脳みそが筋肉だけじゃ駄目ってことを自覚したってことです。なもんで、関小玉は、勉強しようと思います!」
「どうやって?」
文林は、力強く宣言した小玉にすかさず突っ込んだ。すると、小玉は思案顔になった。
「そこが問題なんだよね。これまでも、うちの宿舎で読み書きできる人捕まえて、ちょこちょこやってたんだけど、なんかいまいち……効率が悪くって」
「俺が教えようか?」
反射的に言ったのは、死にそうになったことを小玉のせいにしようとしたことに対するうしろめたさによるものだったが、言ったあとで我ながらいい考えだと思った。
だが、
「えー駄目」
即答である。
「なぜだ」
好意を無下にされてかちんときた文林だったが、小玉は真顔で答えた。
「だってさ、あんた外通いの人間で、あたし宿舎暮らしってことは、顔合わせるのほとんど職場だけでしょ。勤務時間中で個人的な勉強とか、しかも部下を使うのは駄目よ、絶対に」
「……そうだな」
意外にまっとうな意見だった。
どうしよっかなーと悩む風情の小玉に助け船を出したのは、
「公的なものにしてしまえばいいんじゃないですか?」
「どういうこと?」
きょとんとする小玉。
「上に、勤務中に勉強する時間くださいってお願いすればいいんですよ」
「あんたそれは……」
「これまでも、有能な指揮官育成のために、学のない人に勉強する時間を与えるということはありましたし」
「あ、そうなの?」
「まあ、文林さんが教える役になるかどうかまでは保証できませんが、どのみち教師をつけることは可能だと思います」
「それはいいよ。べつに文林じゃないと駄目ってもんじゃないから」
「そのとおりだが、なんだかその言い方腹立つな」
「あ、ごめん」
小玉は、文林に軽く謝った。
「じゃあ、明日あたり……
「ああ、米中郎将だったら、確実ですね」
泰が妙にしみじみと頷いた。過去になにかあったのだろうか。
「しっかし、こういう展開になったってことは、今回階級上がらなくてよかったんじゃないっすか」
復卿が、骨だけになった鯉が載っている皿を横にどかしながら、言った。
「ああ、上がってたら忙しくなって、勉強する時間取るのに苦労しそうだよね……ところであんた、一人で食べ過ぎじゃないか」
明慧が、なんともいえない嫌そうな目で復卿と皿を見つめた。
「すんません、うまかったもんで。もう一皿頼んできますよ」
頭をかきながら立ち上がろうとする復卿を、こちらは完全に嫌そうな目をした小玉が止める。
「待てこら、なに自然に追加注文しようとしてんの。今回の支払い、誰持ちだと思ってる」
復卿は、輝かんばかりの笑みを浮かべた。
「ごちそうになります」
だが、次の小玉の言葉に、表情を一変させた。
「追加分は自分で払え」
「ええ? けちぃ」
――あ、気持ち悪い。
唇を
追加注文のついでに下げてこいと、空いた皿をしこたま持たせて復卿を部屋から追い出すと、明慧は手酌で酒を杯に注ぎながら言った。
「小玉が課題を見つけたことだし……あたしももうちょっと精進するよ。今回、敵将に特攻したってのに、情けない結果に終わったからね」
あれ、情けなさってなんだろう。
文林は、脳裏に先日の激闘を浮かべて思った。あれを情けないというのならば、自分はなんなのだ。周囲を見回せば、全員同じことを思っているらしく、微妙な顔をしている。
だが、明慧の心境もなんとなくわかる。あの突撃の際、彼女は矛を持つ敵将と直接対決することを考え、自身の長柄武器を手放さなかったのだという。
たとえ剣の腕がよくても、敵が長い武器を扱っていれば遅れを取ることがある。だから明慧は全員が騎射しているときに、弓を手に取らなかったのだが、にもかかわらず、相手の首を取れなかったのが悔しかったのだろう。
「次こそは、奴の首を一撃で落とせるようにしてみせるとも」
「明慧……あんたどこまで強くなるのさ」
鍛錬を積んで劇的に技量が上がるものならば、誰も苦労はしない。だが、明慧は、そのような常識を超越していそうな人間だった。そのあたりが、小玉の片腕と言わしめる由縁なのかもしれない。
明慧の称号が、「武威衛最強」から、「十六衛最強」になる日もそう遠くはないかもしれないと、文林は思った……ちょっと遠い目で。
なお周囲も、似たような目をしていた。現場にいなかった泰を除いて。
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