第45話 戦が終わって

        ※


「いやもう、すごかったぜ! いきなり、どっかの隊が前にずずって出たと思ったら、敵がばらばらーって散って……。あれ、なんていうんだ? ええと、なんとかを散らす……いいや、手に持った小豆を地面にぶちまけたみたいな感じでな、あとはもう、片っ端からばしばしやっつけるだけになったんだ!」

 ――擬音過多なうえにが下手氏(仮名)の証言


「今回の戦いは、かん校尉に対する評価を変えるだろう。これまでの関校尉に対する評価は、武勇に対するものが極めて大きかった。(中略)彼女は自分の隊を突出させた。それは、各個撃破のいい獲物であるにもかかわらず、そうはならず、(中略)軍隊には結節点というものがあり、それを突くことで散らすことができる。今回、関校尉はそれを成し遂げたわけであるが、それが容易いことではないのは、言うまでもない。しかし、今回の場合は(中略)とはいうものの、今後、彼女は用兵家としての名を高めていくであろう。我々はその一歩を目にする機会を得たわけで、そのような意味では、記念すべき(残り全部略)」

 ――もっと簡潔によろしく氏(仮名)の証言


「ああ、すごかったな。うまく、敵の隙をついて、軍隊を解体する……しかも、自分の隊の統率もしっかりととれていた。あれは、見事だったよ、うん。関校尉のことは、多少色物みたいに思っていたし、そう思っていた奴は他にもいただろうけど、今後はそういう見方は変わるだろうね、劇的に」

 ――一番わかりやすい説明氏(仮名)の証言


        ※


 今回のしょうぎょくの働きについては、様々な下馬評が飛び交った

 彼女は、今回も階級が上がるだろうと、大抵の人間は思っていた。そしてそのとおりに……。

「なんでならないんだ……」

 ぶんりんがくぜんと呟いた。


 そう、ならなかったのだ。

 しかし、当の本人はそれでいいらしい。


「あたしとしては、これ以上面倒ごと増えなくてうれしいけど」

 文林の言葉に、小玉は、真顔で言った。

「命令違反ぎりぎりだったからねえ」

 めいけい以下他の同僚については、肩をすくめて苦笑している。

 今回の出征では、勝利の立役者となった小玉であるが、論功行賞で一切評価されなかった。一応それらしい理由はある。


 小玉とその部下たちに与えられた命令は、「敵の攻勢を食い止めろ」というものであり、「敵に突撃せよ」というものではなかった。また、隊を突出させたことで、防備が一部薄くなり、その結果味方を危機にさらしたというものだ。


「だが! 戦況を一変させたのは確かだろう!」

 まあ、その一言に尽きるのだが。


 たいがまじめくさった顔で言った。

「上の皆さんが、少し危機感を抱いたのかもしれませんね。あまり劇的に出世されると、自分たちの立場を揺るがしかねないわけですし」

「じゃあ、もしかしたら命令違反を口実に、処罰されてたかもしれないかな」

 おう将軍がかばってくれたのかもと呟き、小玉は酒をあおった。


 現在、小玉主催の「色々とお疲れさま会」の最中である。


 今彼らがいるのは、帝都にある小料理屋である。なんでも、小玉の友人の夫が経営しているとかで、おかげで個室に通された。人目がないからこそ、上に対する文句も堂々と言えるというものである。

「目に見える実績があったなら別だったかもしれないね。敵将の首とか……」

「いやあその場合、上の連中、明慧さんだけ出世させて、うちの人間関係にひび入れようとするだけですよ」

「それもそうか」

 首を取り損ねたことが今でも悔しいらしい明慧に、隣に座る同僚がその肩をぽんぽんたたいて慰めらしき言葉を発する。


「あたしは、それはそれで一向に構わないんだけど。ていうか明慧、功績の割に出世遅いと思うんだ」

「あたしは今の状態が一番居心地いいんだよ。小玉みたいに若いうちに異様に出世しまくって苦労するより」

 はっはっはと笑いながら、小玉にとって一番痛いところを突く明慧。


「うーわー……。今の……ちょっと来たわ……」

 小玉ががっくりと肩を落とす。一見脳天気に過ごしているようで彼女も、それなりに苦労しているらしい……いや、苦労していないわけがない。


 文林は自らの思考にはっとした。自分は、小玉の表層だけを見て、その評価を下しているということを、改めて自覚したのだ。小玉の態度に気を取られるあまり、彼女の長所を見なかったことにしていたのは、自分の了見の狭さの表れだ。


 今回、小玉が打ち立てた武功が、文林にそのことを気づかせた。


 文林はひそかに自らを恥じた。今後、彼女に対する態度を改めようと思った。まあ、勤務態度については、今後もどんどん苦言を呈するつもりだ。それはそれ、これはこれというやつである。


「でもまあ、こういうのもなんだけど、今回の戦はましな結果だったと思う」

 不意に小玉が表情を引き締めた。

「命令無視したわりに処罰受けなかったし……なにより、被害をかなり小規模におさえられた」

「そうっすね、人が死ぬのが少ない。それが一番ですよ」

 大皿を自分の前に引き寄せ、鯉の煮付けをもりもりと食べているふくけいが同調する。戦自体がなければ誰も死なないのだが、それは言わずもがなのこと。


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